ラシェッド4.イフリート
奥へ進めば進むほど道は細くなり、日光は当たらなくなっていく。そんなセンターシティの裏通りに、ラシェッドは少し嫌な気分になった。
「晴れているのに日が当たらないね。何でだろう」
隣を歩くクレイが、建物の隙間から見える空を仰ぎながら不安そうに呟いた。
「高い建物に挟まれているうえに、ここはセンタータウンのほぼ北側に位置する裏通りだからな。日が当たりづらいんだろ」
「どうして北だと日が当たりづらいの?」
「知るか。これも兵士たちの受け売り…そこじゃねぇよ」
目的地とは反対の方向に曲がろうとしたクレイの外套を引っ張る。昨日も似たようなやり取りをしたような気がして、ラシェッドは少々うんざりした。こちらの心境をクレイが知るはずもなく、「あ」と何かを思い出したように声を上げた。
「そうだ、君が所属していたイフリートってどんな組織なの?」
「ああ、そうだった」
クレイに聞かれて、ラシェッドも思い出した。ああ、そういえば、まだ話していなかったのだ。寄せ集めの情報を脳内で整理しながら、説明をするべく口を開く。
「イフリートっつう集団は、二十年前に結成された非営利で取り組む民間団体だったんだよ」
「民間団体?」
「そのころはちょっと珍しかったみたいだけどな」
「具体的にはどんな活動してたの?」
「オレもあんま詳しく知らねえけどな。ま、一部の金持ちとか外国の会社から支援受けて、特に貧乏な奴らとかに食料を配給したり、孤児院建てたりしてたみたいだな。あとは、失業した人間を雇用したりとか」
「普通の慈善団体じゃないか」
クレイは少なからず驚いているようだった。まあ、ここまで聞けばたいして物騒な組織ではない。
「結成して六、七年はそうだったらしい。だけど、イフリートに所属する人間が増えるにつれて規模も大きくなって、政治にも口出してたんだとよ。いろんなとこでデモが起こって、過激派だか反政府派だかが暴れ出して、今じゃ立派な武装集団ってワケだ。孤児院のガキももちろん兵士として働かされる始末。一般人もイフリート派と政府派で争ってる」
簡潔に述べると、クレイは感心したように、
「君、詳しいんだね。所属してる人はみんな知ってたりするの?」
「いや、知り合いに結成したときからイフリートに深く関わっている古株がいるんだよ。そいつから聞いた。あと、オレに英語教えたのもそいつ」
そう言いながら、ラシェッドは昨日までの生活を振り返った。一日前まで、むこうで殺伐とした生活を送っていたのだ。まだその感覚ははっきりと残っているし、これからも忘れることはないのだろうが、どこか懐かしく感じる。その生活に戻ることは出来ないし、露程も戻りたいとは思っていないが。
「そうなんだ。……あれ、ラシェッド、行き止まりだよ」
クレイが困惑したように言った。
二人の目の前には、左端に粗末な扉が取り付けられているだけの、看板も何もない二階建ての建物が道をふさいでいた。
ラシェッドは小さく息を漏らした。日陰で暗くて小さくて、看板も何もない、ということは。
「無事についてなによりだ」
「え⁉ ここがそうなの⁉」
目を丸くするクレイを無視して、ラシェッドは扉を開ける。どこか歪んでいるのか、ガタッ、と音を立てて扉は勢いよく開いた。二階建てなのに、中には地下へと続く階段しかない。一番下には、そばにかけられているランプのおかげでかろうじて確認できるような、古い扉が見える。
「地下……?」
クレイが呟きながら眉をひそめていた。
「…入るぞ」
ラシェッドは中に入った。背後からおそるおそるついてくる足音が聞こえる。
――あのジジィ苦手なんだよな。
急な階段を下りながら、ラシェッドは無意識に舌打ちをした。
*
地下には通路らしきものがなく、子供である二人がかろうじて収まる程度のスペースしかなかった。斜めに取り付けられた木製のドアが、ランプの灯りにされて暗闇の中で不気味に浮き上がっていた。
ラシェッドは、クレイとともにそのドアの前に立っている。
「…中に入らないの?」
「…」
すぐ後ろからクレイが問いかけてきたが、無視する。入らなければいけないということは解かっているが、あの老人の顔を思い出すと、どうしてもドアノブを握ることができない。
「……中に入らないの?」
「…」
クレイが再び問いかけてきたが、それも無視した。そのかわり、ドアノブを握ってみる。金属のひやりとした感覚が、汗ばんだてのひらに妙にはっきりと伝わった。
ドアノブを握ったはいいものの、ドアを開ける気になれない。自然、眉間にしわが寄った。
「…ねえ、中に」
「わぁかってるよ。…ったく」
クレイの問いかけがいい加減しつこくなり、ラシェッドは半ばやけくそになってドアを押し開けた。
「―――いらぁっしゃい」
中から低い、しかしはっきりと通る声がした。中にいながら声をかけてこなかったということは、おそらくラシェッドが入るのをためらっていることを見抜いていたのだ。
そしてそのうえで面白がっていたのだろう。そうに違いない。絶対そうだ。
「あのクソジジィ………」
思わず声がもれた。
「い、嫌な人なの?」
後ろからクレイが心配そうに言った。ラシェッドは返事をするのも面倒になり、代わりにため息をつく。
――ああ、いやなやつだよ。……かなり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます