クレイ3. 少年兵の秘密

「………つ、疲れた…」

 風呂から上がったクレイは、小さなベッドに座り、そう呟いた。


 ラシェッドが借りた部屋は、宿の二階にあった。部屋の大きさも小さく、ひびの入った小さな机と粗末な椅子、そしてベッドが一つあるだけだった。クレイを信用しているのか、それとも何か対策があるのか、机にはラシェッドの持っていた銃が置かれていた。それも一つだけではなく、隠し持っていたらしきものがもう二丁増えている。


 現地の言葉が解からないクレイは、ラシェッドと宿主の女性が何を話しているのか分からなかったが、お風呂とベッドがある部屋を借りることができただけでもありがたかった。ちなみに今、ラシェッドは入浴中である。


 ――そういえば、ラシェッドはどうしてあんなに英語が上手なんだろう。


 考えてみると不思議なことだった。今日、滞りなく会話を進めることができたのは、ひとえにラシェッドの語学力のおかげである。この国に来てから英語が喋れる人はというと、片言の通訳士ぐらいだったので、学校などの教育機関で学んだとは思えない。


 ――誰に教えてもらったのかな……。


 悶々と考えているうちにラシェッドがお風呂から上がってきた。兵隊服ではなく、大き目の黒いカーゴパンツに履き替えている。胴体にはがっちりとさらしがまかれているだけで、戦闘で使う筋肉が最低限ついたような、細く浅黒い腕がむき出しになっていた。

 ………胸に、さらし?


「…って、き、君ッ、女の子だったの⁉」

 凹凸と表現するにはあまりにもさびしい、しかし少年のものとは明らかに異なる体躯——それを目の当たりにして慌てふためく。

「あ? ああ」

 対するラシェッドはあっさりしたもので、そんなことかと言わんばかりに湿気を含んだボサボサ頭を乱暴に掻いた。


「なっ、なんでそんな格好してたの⁉」

「ここじゃ女だといろいろ損なんだ。オレを育てたやつらがうまく隠して男として育ててたんだよ。だから名前もラシェッド。オレも今はその方がいいと思っている。武器で身を守れるしな」

「喋り方だって、全然……」

「悪かったな。むさい男ばっかのところで育ったからこんな喋り方なんだよ。質問はそれだけか? ならさっさと寝ろ。明日くたばってもらっちゃ困るんだよ」

「…………」


 驚きのあまり絶句しているクレイにそれだけ言い放つと、ラシェッドは手に持っていた長袖を着て、机の上に置いてあった銃をいじり始めた。そんな彼、いや彼女をあっけにとられて眺める。そして、クレイは何か納得のいかない様子で小さく唸りながら、もそもそとベッドに横になり、薄いシーツをかぶった。


 ――女の子、だったんだ。


 まあ、中性的な顔立ちではある。身なりを整えたらそれっぽくなるかもしれない。

 しかし雰囲気にまるで少女らしさを感じることができなかった。学校にもラシェッドと同じ肌の女の子は何人かいたが、言葉遣いから何まですべてが違いすぎて、まだ納得できないクレイだった。顔立ちだけで言えば、ラシェッドの方が断然整っていると思うが。


 ぐるぐると考え込んでいると、ゴトッと音がしたのでシーツから顔を出した。もう銃のことはいいのか、それらを机に置いたラシェッドが、ベッドの横まで近づいてきた。


 そしてそのまま、一人寝るのがやっとの狭いベッドに入り込んでくる。


「えっ、な、ちょ…!」

 思わず身を起こし、体を隅へと移動させた。一方ラシェッドは、奇異なものでも見るように眉をひそめた。


「あ? ンだよ」

「え? いや、何っていうか、その、えっと、ふ、二人で寝るの?」


 言葉にするだけで恥ずかしい。しかしラシェッドの方に照れた様子はない。代わりに少し不機嫌そうに眉根を寄せ、唸るような声色で言った。


「…オレに床で寝ろと?」

「い、いや、そうじゃなくて」

「じゃなんだよ、え?」

「だから…、うぅ、なんでも、ない」


 喧嘩腰で迫られたので何も言い返せない。火照った顔をシーツに沈める。何しろ狭いので、ラシェッドの背中がすぐそばにあった。さっきまでは大して意識していなかったのに、少女とわかるとやはり落ち着かない。


 煮え切らない気持ちで目を閉じると、意外にもすぐに睡魔が襲ってきた。相当疲れていたらしい。

眠気に誘われるまま、クレイは心地よいまどろみの中に落ちて行った。

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