クレイ2. 悲嘆を振り切って
どうしてこんなことに。
身を小さくして助手席に座るクレイは、無言で運転する少年、ラシェッドを盗み見た。
生かしてくれたことは有難いのだが、その後の彼の行動がイマイチ、というか全くつかめない。
――逃げる、とか言ってたけど……僕はどこに連れて行かれるのかな。
先が見えない恐怖がこみ上げ、クレイは震えながら深く息を吐いた。黙っていると、このまま恐怖に押しつぶされてしまいそうだった。
「――あ、あの」
「ん」
話しかけると、小さく返事らしきものが返ってきた。クレイはおそるおそる続ける。
「君は、逃げるって言ってたけど、誰から?」
「オレが入ってた反政府組織」
「そんなこと、できるの?」
「知らね。けど、戻ることもできなくなっちまったからな」
「見つかったら?」
「殺されんじゃねーの。お前は売られる可能性もあるけど」
あまりにもあっさりとした口調で言われるので、クレイは一瞬聞き間違えたかと思った。
「そ、そんな……! どうしたらいいのさ」
「捕まらなきゃなんも問題ねぇ」
「で、でも……やっぱり大人に」
「ダメだね」
ラシェッドはクレイの言葉を遮った。
「まず、オレは政府とは敵だった組織の兵士だ。しかもガキで、そんな奴が助けてって言っても信じると思うか?」
「う、それは」
「それに、お前、自分の身元証明できるモン持ってんのか?」
「……あっ」
財布はポケットに入っているが、パスポートなどはすべて、父に預けたままなのだ。クレイの表情で察したのか、
「分かったかよ、お坊ちゃん。どこの誰かも解からねぇ外人なんてメンドくせぇヤツはなあ、誰だって関わりたくねぇんだ。きっと適当にあしらわれるか、運が悪けりゃヤバいのに捕まって一生てめぇの国に帰れなくなるぜ」
鼻で笑われた。
だがやはり納得いかない。
「で、でも、やっぱり――」
「あのなぁ、お坊ちゃん」
ラシェッドがラックを止めた。前髪の奥の目が、物でも見るよな目でクレイを映している。
「お前さ、結局どうしたいんだよ」
「な、何……」
「答えろ」
尖った視線は、喉にナイフを当てたようにクレイの動きを停止させた。心臓が早鐘を打っている中、クレイはようやく声を紡いだ。
「だ、だって……家族に置いて行かれて、これから、どうすればいいのか……」
「は? オレはンなこと聞いてんじゃねえし、お前がどうするかなんて自分で決めろ」
「そんな……。君は、僕を助けてくれるんじゃないの?」
「お前が生きたいんなら手は貸す。けど、まずお前がどうしたいかなんてのはオレの知ったことじゃねえよ」
「けど、僕は、まだ子供だし」
「オレだって子供だ」
「知らない国で、独りで――」
「だからなんだよ」
漆黒の瞳は、冷水のようにひやりと冷たく光っている。
「だから慰めてほしいのか? だから優しくしてほしいのか? 聞くけど、オレがそうすれば、お前は自分がどうしたいのか分かるのか?」
ラシェッドの言葉に答えきれず、クレイは呆然とするばかりである。そんなクレイに構う様子もなく、ラシェッドが冷めた表情のまま続けた。
「違うだろ? いたわりあって、傷口舐め合ったところで何も変わらない。安心するけど、その分隙ができて、弱くなるだけだ。前むいて考えろよ。お前、死にたいのか?」
クレイはこぶしをきつく握った。死にたいはずがあるものか。
「そんなわけ……ないだろうっ」
ラシェッドの目を見つめ返すと、彼の眼光から鋭い何かが少しだけ抜けたような気がした。
「だったらウダウダ言ってねぇで、生きるしかないぜ」
話は決まったと言わんばかりに、ラシェッドが再びエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。
――そうだ、分からないことだらけでも、生きなくちゃいけないんだ。
そのために、強くならなくちゃいけない。
いつの間にか傾き始めた夕日に目を細めながら、クレイはそんなことを決意した。
#
クレイとラシェッドが町に到着したころには、すでに辺りは暗くなっていた。月が澄んだ夜空を照らしている。
あまり目立たない町はずれで車を止め、ラシェッドがドアを開けた。
「着いた。車から降りろ」
「トラックはどうするの?」
「ここで捨てる」
「ええ!?」
ラシェッドの言葉にクレイは驚きを隠しきれなかった。
「な、何で⁉ これからどうやって移動するの!? ま、まさか徒歩って……」
「うるせえなあ」
声を大きくするクレイを見て、ラシェッドは面倒くさそうに顔を顰め、ハンドルにもたれた。外から漏れる月光を反射した眼が、どこか狼のような印象を与え、その鋭さにクレイの胸が跳ねた。
「徒歩なわけねぇだろ。考えてみろよ。このトラックはオレんじゃねぇ。オレが入ってた反政府組織、イフリートのものだ」
「イフリートって?」
「後々説明するから黙って聞いてろ。で、遅かれ早かれオレが逃亡したことはバレる、ハズだ。そうなればこのトラックも一緒に紛失してるわけだから、オレがこのトラックで移動しているとあいつらは思う」
「あ、そうか。そしたらこのトラックが目印になって僕らを探しやすくなるんだ!」
「そういうことだよ。まあ、ちょっとした時間稼ぎぐらいしかなんないだろうけど、何も策を打たないよりはマシだろ。車ならその辺のヤツ盗んでいけばいいし、これからは何回かそれを繰り返すつもりだ。理解できたか?」
「え……うん。あはは」
聞いてみれば単純なことだった。そんなことも解からなかった自分が恥ずかしくなり、クレイは顔を赤くして笑顔を取り繕った。しばらくそれを眺めていたラシェッドだったが、やがて小さく息をついてトラックから降りた。
「じゃ、お前もさっさと降りろ」
「き、今日はどうするの? 野宿とか……」
「安心しろよ。ちゃんとお坊ちゃんのお気に召すような宿とってやる」
「は、ははは。ありがと」
促されるままに降りようとしたが、先ほどのラシェッドの言葉に引っ掛かりを覚えて、動きを止めた。
「くっ、車は盗むの!?」
「あァ? 先進国のお坊ちゃんはそんなことして手に入れた車には乗れないってかぁ?」
鋭く凄まれ、自分が間違っているわけでもないのについつい声を小さくしてしまう。
「そ、そういうわけじゃ……」
「じゃ文句言うな。車盗まれたくらいで死ぬわけじゃねえんだし。むしろ盗まなきゃオレたちが危ないっつーの。大げさだけど、それぐらいやってかないと生きていけない。甘いこと言うな」
ラシェッドの言うとおりだ。盗みはいけないことだが、そうするしか生きる道はないのだ。これからは、こんなことを何度も繰り返さなければいけないのだ。ここでぐずっている場合じゃない。
「うん……ごめん。僕が甘かったよ」
クレイの拍子抜けするほど素直な反応に驚いたのか、ラシェッドは面食らった表情をした。
「ん、まあ、仕方ねえよ。……降りるぞ」
外は意外と肌寒く、半袖だったクレイは小さくくしゃみをした。
「他の国がどうかは知らねえが、ここは昼と夜の気温差が激しいんだよ。お前、金は?」
「父さんからもらったのが少し……」
そう言って父からもらっていた数枚の紙幣を差し出す。その金額を見てラシェッドは何故か目を丸くした。
「これを少しっていうのかよ………」
「足りない、かな?」
「……いや、充分。これでお前の服とか少し買おう。オレの分も買わせてもらう」
「うん。構わないよ」
じゃあ行くぞ。そういわれて、クレイはラシェッドの後について行った。
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