ラシェッド1. 遭逢と決意

 寂れた集落に似合わない、物々しい恰好をした兵士たち。

 ラシェッドはソレを、物陰に身を隠しながらアサルトライフルで狙っては仕留めた。


「何人いンだよ……メンドくせえ」


 この集落で、政府が新しい武器を購入するための取引をしているらしい。こんな小さな村でする意味があるのか疑わしいのだが、ラシェッドがそれを気にしたって仕方がない。


 その取引を阻止することが本日の役割というわけなのだが、要はその辺の治安軍と戦っていればいいだけの話で、やっていることはいつもと大して変わらなかった。


「…なんだ、アイツ死んだのか」

 少し離れたところに横たわる少年を見つけた。共にトラックで運ばれて来た少年だ。


 ――ガキはほとんど死んだな、使えねえ。


 自分も子供であることを棚に上げ、そんな予想を立てた。

「おーい、ラシェッドー。こっちの民宿だ!」

 突然、仲間の一人が嬉しそうに手を振ってきた。どうやら目標達成らしい。


「ア? 殺ったんならもういいだろ」

「ばーか、外人がいたんだよ! 見に来い!」

「ダリィ」

「いーから!」


 引く気がなさそうなので、渋々民宿の中に入った。


 これもいつもと変わらず、銃殺された死体が転がる室内は、かすかな硝煙と強烈な血の臭いで満たされていた。


「オレ金髪なんて初めて見たぜ」

「ブタみたいなオヤジはともかく、そっちの女は殺さないでとっとけばよかったのに」

「だな」

「あーコレ全部片付けねぇと後で面倒じゃん」

 人道を外れた会話もまたいつも通り。それを咎める良心を、ラシェッドは当然ながら持ち合わせていない。聞き流して、建物内に生き残りがいないかどうかチェックすることにした。歩くたびに、床に散ったガラス片等がパキパキと音を立てる。


「やってらんねー」

 いくつか部屋を探索しても、誰も出てこなかった。もういい加減帰りたい。ラシェッドは小銃を抱え直して死体を運ぶのを手伝おうとした。


「―――っ」

「あ?」


 背後で、物音ともいえないようなかすかな気配を感じた。振り返ると、そこにはまだ開けていなかったドアがあった。トイレのようである。


 ――面倒くさ。


 息を殺すこともせずに、ドアへ近づく。ドアノブにゆっくり手を添え、念のため最大限の警戒をしながら――。


「動く――な、っと……?」

「ひっ」


 小さく悲鳴を漏らしたのは、自分と同じくらいの子供だった。


狭い室内にうずくまって、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている。しかしそれは見慣れてモノとは少し違っていた。


顔だけ見ると女と見間違えそうだが、たぶん少年だろう。金色の短い髪は高価な絹糸のようであり、健康そうな肌は見たこともないくらい真っ白だ。そして何より、くすんだような青色の瞳が宝石か何かのように涙で光っている。ラシェッドは無意識のうちに動きを停止させた。


――――不公平だ。


綺麗だとか、よくできた顔だとかよりも前に、真っ先にそう思った。


無様に泣きくずれて絶望を表情にたたえていてもなお、ラシェッドはその少年が恵まれてきたのだということを直感することができた。


「た、……たす、けて」


 絞り出すような声にハッとして、ラシェッドは小銃を握る手に力を込めた。自分のすることは、今、ここで、生きているヤツらを始末すること。それが子供でも女でもなんでも関係ない。


「無理、だな。見つけた以上は殺さなくちゃならないもんだからさ」

 相手に解かるよう、英語で話した。


「や、やだよ、僕は、死にたくない……!」

「こっちは殺さなくちゃ生きていけないんでね。オレだって死にたくねぇよ」

「そ……んな」


 死んだらちょっともったいないかな。


 そんなどうでもいいことを頭の隅で考えながら、ラシェッドは引き金に指をかけ、ごく自然に動そうとした、そのとき。


「逃げろ! イヌがまだ残ってやがっ――ぎゃっ!」

 叫び声と発砲音が建物に反響したかと思うと、戦闘の音が瞬く間に激しくなってゆく。


「……クソっ」

 丸腰の少年に構う余裕なんてなかった。ラシェッドはトイレを飛び出し、慎重に出入口のある広間へと向かう。


 広間直前で足を止めた。数人の人の気配。もう仲間は撃たれたのだろうか。誰かが近づいてくる。呼吸を整え、相手が確認する隙もなく銃口を向け、引き金を引いた。


「―――は」

「ぐ……なん、で」


 治安軍じゃなかった。


 どさりと音を立てて崩れ落ちたのは、年の近い、少年兵である。辺りを見ると、治安軍と思われる人間は一人だけで、すでに絶命していた。


「お、お前……!」

 驚愕した声に我に返ると、二人の兵士が顔面蒼白になってこっちを見ていた。


「いや、オレは―――!」

「う、裏切るのか!

 距離を取ろうとする少年兵に手を伸ばそうとした。

「な、違ぇ、だから」

「来るなあっ」


 聞く耳を待たずに、室内から飛び出していった彼らは、外に止めてあったトラックの一つに乗り込んで去ってしまった。


 ――まずい。


 仲間を殺したことは事実。弁解は限りなく不可能だ。このまま上に間違った情報が流れてしまえば、きっと殺されるか、あるいはもっとひどい罰を受けるかだろう。


 ――死にたくない。これからどうやって生きる?


 組織内で過ごすことは無理だ。そうなれば、あとは逃げるしかない。


 しかし、どこへ? いくつか町は知っているものの、当然知り合いはいない。金もない。何より、たった一人で一般人に紛れて生活するなんて自分にできるのか。


 ――クソ、どうする、どうする、どうする!


 思考に意識を集中していたラシェッドは、警戒をほとんど解いた状態だった。だから、すぐそこに迫った気配にも気づかなかった。


「――――危ない!」


反射的に叫び声に反応し、それと同時に発見する。窓の外、少し離れたところで銃を構える姿。治安軍の一人がこっちを狙っている。

「チッ!」

 無理やり銃を構え、撃った。ほとんど賭けだったのだが、運よくこちらの方が相手より早く行動に出たらしく、人影が地面に伏したのを見届け、叫び声の主を見た。


 先ほどおいてきた白人の少年が、背後に立っていた。彼は怯えた様子で肩を震わせながら、


「あ、あの…、大丈夫?」

 と言った。


「何でお前が――」

「はっ、早く! ラシェッドが裏切った!」

「…クソ」


 余計面倒なことになってしまった。複数人の駆けてくる音が聞こえ、ラシェッドは銃を抱え直し、そのまま外へ向かう。

「ど、どこ行くの⁉」

 後ろで慌てた声がしたが、無視して外に出る。


 少年兵たちの一人一人を目で確認するよりも早く、フルオートで発砲する。数メートル先で数人が倒れた。そこでアサルトライフルの弾が切れたことを確認し、地面にほおってポケットから拳銃を取り出す。


運よく当たらなかったものが二人いたが、恐怖で固まっているうちに射殺。倒れた彼らにそっと近づき、生死を確認する。


「う、痛い、助けてよぉ……」

 足元の頭に銃口を向け、射殺。


 数分で片付いた死体を一瞥し、ラシェッドはあたりを見回した。

「……あ、おい待て!」

 少年が二人、離れたところに止めてあったトラックの一つに乗り込むのを捉えた。すかさず撃ったが、当たるわけがない。トラックは走り去ってしまった。


 ――組織に知られるのは確定したな……。


 皆殺しにして自分だけ帰れば、イヌのせいにもできたものだが。しかし過ぎたことを後悔しても仕方がない。何とかして逃げなければならないのだ。


 ――どうするか………。


「う、うわぁっ……!」

 思案を巡らしていると、小さな悲鳴に気づき、彼の存在を思い出した。


 白人の少年は少し離れたところで怯えたように壁に張り付いて立っていた。最初は自分のことを怖がっているのかと思ったが、どうやら少し違うようだ。彼はラシェッドの足元に転がる屍を凝視し、その後拳銃を握ったままのラシェッドを見た。


 ラシェッドは馬鹿にした様子で少年を睨んだ。

「お坊ちゃんは死体見ンの初めてか?」

「いやっ、あの、あの………!」

 オロオロするだけでまともにしゃべる様子もない彼の挙動は、先ほどの叫び声の主とは思えなかった。


「なあ、何で助けたンだよ」


 ふとそんな疑問が口をついて出た。少年は虚を突かれたように目を見開いた。


「……あの、えっと」

「質問に答えろ。なんで、オレを助けた」

「ひぇ、や、あの――」

「お前、今助かるかもしれないチャンスを自分から手放したってこと分かってんのか? オレが死んでたらお前は保護してもらえたハズなのに」


 銃口を向けて質問すると、少年はしどろもどろになって何かを言おうとした。ラシェッドが無言で待っていると、やがて彼は言葉を選ぶようにゆっくりと言った。


「そんな、助かるかもとか、あまり考えていなくて……、ただ、君が撃たれそうになってたからつい、その、気が付いたら叫んでたんだ」

「ハァ? もっとマシな理由付けろよ。どうせ助けた代わりに見逃してほしいとかそんなん考えてたんだろうが」


「ち、違うっ!」


 少年は声を荒げたが、すぐにまた、怯えたような表情に戻った。案外図太いな、とくだらないことを思った。


「へぇ? なにが違う?」

「だから、その……本当に、考えとかがあったわけじゃないんだ」

 必死に弁解しているが、馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。


「訳分かんねえ。なんも考えてねぇで人が助けられるかよ」

「けどっ、事実だよ! 僕にもどうして自分がそうしたのかなんて分かんない。ただ君を助けたかっただけで……気づいたら叫んでいたんだ」

「自分が死ぬかもしれない時に、よく人のこと気にする余裕があるよな」

「…じ、自分が死にそうだからって、人を見捨てていいわけじゃないだろう⁉」


 ――見返りナシ、博愛セイシンってか。


 半ばあきれていたが、一方で羨ましくも思った。自分もこんな暮らしさえしていなければ、彼のように、人のことを考える余裕のある人間になれたのだろうか。


「……フン」

 そんなことを考えている自分に気づき、嘲笑して思考を止めた。下ろした銃を強く握り直し、再び構えようとする。すると目の前の少年は、死を悟ったように目を見開き、恐怖に肩をすくめて後退りをした。ざり、と乾いた地面が音を立てる。銃口を向けられた者は誰しもが見せる反応だ。しかし。


 ――なんで、そんな顔するんだ。


 恐怖に怯え、固まっている少年の目には、後悔の色などなかった。助けなければよかったなどという感情は、微塵も感じられない。ラシェッドはそのことに混乱した。


「お前、後悔しないのか?」

「ひっ! あの、どうして」

「オレ助けたせいで、お前生きるチャンス自分で手放したことわかってねぇの?」

「し、知ってるさ。でも……僕が間違っていたなんて、お、思わないから」


 怯えがちにそう言う少年には、やはり嘘をついているようには見えない。銃を支える腕から力が抜けた。善行は報われて初めて、自分自身も満足できるものとなるのだ。ラシェッドは報われないがために破滅した者を知っている。だからこそ、この少年が理解できない。


 こちらの殺気が消えつつあることを感じたのか、少年は肩の力を抜いた。ラシェッドは慌てて銃を強調するように構え直した。


「ふざけてんのかよ、お前。人殺し助けといて、間違ってない? 笑わせるな」

「で、でもっ、殺さなくちゃ、生きていけないんでしょ? 殺してでも生きたいってことでしょ? 死にたくないって思ってる人を助けることは、ま、間違ったことじゃないよ」


 僕だって君の立場なら、そうするかもしれないから。


 遠慮がちに付け加えられた言葉は、ラシェッドの胸にするりと入り込んできた。こんなにも澄んだ瞳の持ち主を、ラシェッドは知らなかった。頭の中で、引き金を引こうとする気持ちとそれをためらう気持ちが絡み合い、わけがわからなくなる。


 ラシェッドは目を伏せた。首筋から胸へと、汗が転がり落ちてゆく。自分はどうしたいのか。どうせ組織には戻れない。なら、精一杯あがいてみるのもいいかもしれない。


 だったら、この少年をどうするべきか。


 ラシェッドは少年をじっと見る。ひ弱そうだが、並の人間くらいには動けるだろう。世間知らずっぽいが、自分よりは世の中を知っているに違いない。馬鹿ではなさそうだし。


 ――まあ、借りってことにしてもいいけどな。


 深く呼吸をして、問いかける。


「なあ」

「――は、はい!」

「お前、生きたいよな?」

「え、あの…」

「答えろ、生きたいか、違うのか」

「そ、そりゃ、できることなら……」


 少年がこちらの機嫌を覗うように言った。その曖昧な返事に苛立ちを覚え、銃口を彼に近づける。

「はっきりしろ。できるできないじゃなくて、オレはお前がどうしたいか聞いてンだよ」

「ひっ!」


 しんとあたりが静まり返り、何も聞こえない。遠い空から、日光だけが皮膚をちりちりと焼く。少年は小さく、しかしはっきりと口にした。


「……い、生きたいよ」

「あ、そ」


 これで決まりだ。ラシェッドは構えていた銃を下ろした。

「お前、名前は?」

「え……」

「な、ま、え。あるだろ?」

「ク、クレイ。……クレイ・スコット」

「ふうん。――オレはラシェッドだ。お前のそのくだらない良心に免じて、殺さないでやるよ」

「……あの」

「かわりに」


クレイの腕を強引につかみ、余っているトラックへと引っ張る。


「オレが逃げるのに付き合え」


 状況を呑み込めていないクレイを強引に軍用トラックに乗せ、ラシェッドも運転席に乗り込んだ。エンジンをかけ、帰路とは別の方向へとトラックを動かした。


 ――生きてやる。こんなところで、終わってたまるかよ。


 二人を乗せたトラックが、埃っぽい土を巻き上げて去って行った。

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