第四羽 うさぎのウーサ

湯浅さんからウーサを預かったあの日以降、私の中で何かが変わったようだ。十八時に退社するために仕事の効率化を図ることで、勤務時間こそ少なくなったものの、こなす仕事量、そして集中力は今まで以上になったと思う。これが噂に聞くメリハリか。

帰宅する時間を譲ることが出来ないのだから、どうしても過ぎそうな場合は、高鈴や周りの方に作業をお願いすることになる。今までは作業の全てを残業してでも自身の手で片付けようとしてきたが、協力してもらうためのコミュニケーションをとるようになった。 

それは甘えかも知れないが、もちろんその代わりに他の方の急ぎではない仕事を肩代わりしたり、昼食やコーヒーを奢るということで恩返しをしている。一人じゃない。それは素晴らしいことだ。

(でもまぁ、今だから言えることだが)

正直に言うと、ウーサを預かる際に湯浅さんに十八時に退社しろと言われていたが、二、三日ぐらいは可能だとしてもいつか破綻すると思っていた。だから今の私自身に、私自身も驚いている。

「卯月さん、変わったね」

周りからそう言われ、私は自身の変化を再認識した。


 湯浅さんは、うさぎを飼うということに常に本気だった。今思えば、それはつまり、うさぎを飼うということ以外のことも本気になっているということなのだろう。そうでなければ、うさぎを飼うということに本気で取り組むことが出来ないからだ。

そんな湯浅さんが、私にうさぎを預けるということを選んだ。

その理由はわからないけれど、私は彼女の期待に答えなければならない。



★ うさぎエピソード 焼肉パーティ


 今日は珍しく高鈴が家にやってきている。週末に牛肉の特売があったので、普段仕事を肩代わりしてもらっているお礼として、高鈴に焼肉パーティをプレゼントすることにしたためだ。

「うめぇ、うめぇ」

高鈴は変な声を出しながら食べている。私も焼くのが一段落したときにモグモグ。

「確かにこれは、うめぇ」

だろ? と高鈴は言って、遠慮なく食べさせてもらうぞ! と、どんどん食べていく。その姿は、とても幸せそうに見えた。

こうして冷蔵庫の一角を占有していたお肉は、二人の胃袋の中に収納されたのであった。


 焼肉パーティをしている間は、ウーサに匂いや油が飛ぶと危ないのでいったん小屋ごと玄関に移動してもらっていた。焼肉パーティ

が終わり、清掃・換気が終わったのちに再び小屋を元の位置に戻す。

私と高鈴はまったりとテレビを見ながら、お肉の余韻を味わっている。すると高鈴は、

「ウーサちゃん、触ってもいいかい」

と、言ってくる。

「いいよ。そういえば高鈴がウーサに会うのは今日が初めてだったな。紹介が遅くなった。まぁ湯浅さんの飼いうさぎだけどな」

ウーサの小屋の扉を開ける。そしてお菓子を高鈴に持たせ、柵の中に入って、四つんばいになってもらう。四つんばいになるのは、目線の高さをなるべくウーサと近づけるためだ。

お菓子の匂いを感知したウーサは小屋から飛び出してくる。そして、高鈴の元へ。

「おっほ、元気いいね」

高鈴は飛び出してきたことに驚きながらも、おやつだよーと言いながらウーサにそれを手渡す。ウーサはそれを口にくわえた瞬間、ダッシュで高鈴がいるのと反対側へ移動する。

「誰も取らないから逃げなくていいと思うけど、これはおそらくうさぎの本能だよ」

私は逃げる動きにちょっとショックを受けていた高鈴に説明した。そして、今あげたオヤツを食べ終えたら再び近くにくるということも伝える。

「お、きた」

ウーサはオヤツのおかわりがあるかなと思っているのだろう。再び高鈴の元へやってくる。

「今がチャンスだよ。撫でてあげて」

高鈴はおそるおそる手をウーサの頭に持っていく。そして、サワサワッ。何回か撫でたところで、ウーサはオヤツが無いことがわかったのか、ぷいっと翻り、小屋の中に戻っていった。

高鈴は、可愛いねーと言いながら立ち上がり、柵から出る。

「ありがとう、良い癒し体験になったよ」

高鈴はそう言うと、次は私に癒しのデザートを要求した。注文の多い料理店なやつだ。


デザートのモンブランを食べ終わったあと。

「なぁ卯月。ウーサちゃん、ちょっと太っているのか?」

高鈴にそう言われ、私はウーサを見る。確かにウーサは食っちゃ寝の生活だが、それなりに運動もしているので太っているということはないはず。今見た寝転んでいる姿も、一般的なうさぎの大きさに見える。私が普通だよと言うと、高鈴はウーサの首元を指差す。

「ウーサの首元の周りにお肉がついてるじゃない」

なるほど、高鈴はあれの正体を知らないのか。

「あれは、うさぎ用語でマフマフ。正式名称で言えば肉垂れと言うもので、うさぎの女性には出来るものなんだ。出産するときにはそこの毛を抜いて巣を作るのだよ。人間で言えば胸やお尻のようなもので、うさぎ好きからすれば、立派な肉垂れを持っているうさぎを見るとドキドキしてしまうのさ」

高鈴は、な、なるほど、とちょっと引き気味に返事する。マニアックすぎてついていけなかったようだ。

「とりあえずわかったのは、卯月がもうすっかりうさぎしか愛せない身体になってしまったということだな」

なんでそうなる。


デザートのモンブランの容器を片付けながら、思うこと。

「私たちは、今日でだいぶ太った気がする。やばいな」

高鈴は頷く。そして、

「さすがにお腹がポッチャリしているのを見てドキドキしてくれる人はいないだろうしな」

と、言ってくる。

私は冗談交じりに、

「世界は広いから、わからないぞ」

と言うと、高鈴はウーサを見ながらニヤリと微笑む。

「うさぎなら、マフマフと勘違いしてドキドキしてくれるかもね。ウーサちゃんになら愛されたいなぁ」

私は高鈴のその言葉に、な、なるほど、とちょっと引き気味に返事した。


こうして、焼肉パーティの夜は過ぎていく。



★ うさぎエピソード 眼力


 うさぎは耳が良く聞こえる動物である。だから私たちうさぎの飼い主は細心の注意を払わなければならないことがある。


 ガサガサッ。

 

ウーサのオヤツはチャックのついた袋に入れているのだが、全然関係ないものが入っている袋の音をさせてしまうと、スタタタタ。ウーサは柵のところに張り付き、こちらを見てくるのだ。

「ウーサ、これはオヤツじゃないよ」

私はそう言って、ウーサを見ないようにして作業を続ける。しばらくすると、ウーサは違ったのかと、とぼとぼ戻っていく。その姿を見ると、もう私の方が耐えられない。

「わかったわかった、あげるから」

こうしてウーサはまんまとオヤツをゲットするのであった。


もしかしたらウーサは、オヤツの入った袋ではないと気がついているけれど、こうしたらオヤツが貰えるということがわかっているのではないだろうか。

「さすがにそこまで打算的ではないか」

ウーサを見る。こちらに背中を見せながら、オヤツをゆっくりと口の中でモグモグしていた。


そんなウーサの表情が、一瞬ニヤリとしているように見えたのは、キノセイということにしておこう。



★ うさぎエピソード 暖房


 今日と明日は冷え込みにご注意ください。ニュースはそう私に教えてくれたからコートを着て出社した。執務室に入ってコートを脱ぎ、コートかけを探そうとしたそのときに、私はある事実を思い出してしまった。

『当社は、冬に初めてコートを着て来た人が一階の倉庫からコートかけを運んでくることにする』

そんな実にくだらないルールがあったのだった。私は会社の皆に、特に高鈴にニヤニヤ笑われながらも、一階から階段でコートかけを運んだ。その日は、一日中腕がだるかった。


その話を聞いた湯浅さんは笑っている。

「本当によくわからない決め事だよね」

「本当ですよ。まぁ他の方に感謝されたからいいですが」

これも一種の人助けだよ、と湯浅さんに慰められた。


そういえば。

「という感じでこっちはだいぶ寒くなってきたのですが、ウーサは毛皮を着ているから基本的には暖房なしでも大丈夫ですか?」

私の質問に、湯浅さんはうーんと唸る。

「それでも暖かくしてあげる必要はあるよ。ただ人間がいない間もずっと暖房するといったことまではしないでいいよ」

そう言ったあとに、私の部屋の玄関にある引き出しにうさぎ用のあったかマットがあるのでそれを取ってきて置いてあげて、とも付け加えた。私はあとで取りに行くと答える。そして、

「私はエアコンだと空気が乾燥してしまうので電気ヒーターを使っていたけれど、コードを噛まれてしまう可能性があるし、今年は使わない方がいいな」

と、問いかけ混じりに言った。

もちろんコードカバーというものはあるが、今は万が一のことが起きることが怖い。

「そうだね、エアコンの方がいいね」

そうなると、アレが欲しくなる。

「加湿器を買ってくるかな」

私がそう言うと、湯浅さんは加湿器の購入には反対してくる。

「ウーサに余計な湿気を与えてしまうことになるからね」

そう言われると買えないではないか。

私は困り果てて、湯浅さんに質問する。

「じゃあどうすればいいですか」

湯浅さんは、私の質問にきっぱりと答える。

「我慢しろ」

「ですよね」



★ うさぎエピソード 丸いアレ


 うさぎのうんこには二種類あって、一つは丸くてコロコロしたもの。無臭で乾燥している。もう一つは食糞するもので、これは基本的に放置されるものではないが、何かの理由で放置されることもある。こちらはなかなか臭い。形は想像させて申し訳ないが、人間や犬と似ている感じである。そして柔らかいので、気づかずに踏んでしまうと大惨事になる。

湯浅さんからウーサを預かりたての頃は、私はこの二種類ともを丁寧にティッシュで包んでビニール袋に入れて捨てていた。

だがウーサとの生活に慣れてくると、もう丸い方は素手で気にせず触ることが出来るようになった。これも一種の成長だろうか。

「いや、それでもちゃんとその後に手を洗ってよね」

ですよね。

湯浅さんは続ける。

「食糞を食べないということは、ペレットをあげすぎているか、体調が悪いかのどちらかよ。たまに残してある程度なら問題ないけど、それが続くようならまた教えてね」

私はわかったと言って頷いた。

そして、ウーサを見て、

「ウーサもわかったか?」

と、言った。だがウーサは返事もせず、横になってまったりしているのであった。実にけしからん。



★ うさぎエピソード 男前


 今日も私は十八時に帰るように仕事をこなす。そんな私の横に、普段よりも張り切って仕事をしている高鈴がいる。

「ふんふーん」

鼻歌まで歌って上機嫌だ。

理由を問いかけると、ハイテンションな様子で、

「今日はデートなのだよ。だから俺も今日は十八時に出るぞ」

高鈴はそう宣言した。だから私は高鈴を哀れんだ。私たちの業界では、そういうときこそ色々とトラブルが起きるものだから。

その私の予想は的中し、予定外のミーティングや仕様書側のミスが発覚して戻り作業が発生するなど、自身ではどうしようもないことで貴重な業務時間が消費されていく。

「負けるかよ!」

高鈴はそう言って、普段は汗をかいたりしないのだが、ハンカチ片手に作業をこなしている。

(よっぽどデートが嬉しいのだな)

高鈴に恋人がいるという話を大昔に聞いたことはあるが、普段は全然そういう感じに見えなかった。今日改めて話を聞くと、どうやら遠距離恋愛だったようだ。

「高校時代からの付き合いなんだ。でもお互い遠い大学に行くことになって、それで仕事はお互い近い場所で見つけようとしたんだけど、やっぱりこのご時勢だとそうもいかなくてな」

大学時代からというと、約十年か。それは凄い。


 私はなるべく高鈴に作業を渡さないように、私自身も高鈴に負けじとハンカチ片手に作業に取り組んでいく。それは功を奏し、十八時間際になった頃には作業の大半が終わっていた。

だからこそ、上手くいかないのだ。

十八時になった瞬間。執務室に叫び声が響き渡る。その声の主は、やはり高鈴だった。私は高鈴の元に行く。

「卯月、やってしまった。焦っていたばかりに、今日の作業データを全部消してしまったよ」

そう言う高鈴の声には、焦りと嘆きが混じっているのがわかる。

(しょうがないやつだな)

 私はそんな高鈴に、ニッコリと微笑む。

「そんなことだと思ったよ。絶対何かあると思って、ちゃんと今日は高鈴の作業分も定期的にバックアップを取っておいたから」

私の言葉に、高鈴は、助かったーっ、と息をはく。そして、私にそのバックアップデータはどこにあるのか尋ねてくる。だから私は答える。

「今日は急いでいるのだろ。後はやっておくから、行ってこい」

その言葉が意外だったのか、高鈴はとても驚いている。

「卯月も帰らないといけない時間じゃないか」

私はゆっくりと首を振る。

「私の方はちょっとぐらい遅れても大丈夫だから」

高鈴は、ありがとう! と私の手を取りながら言った。そして、それから五分もしないうちに退社していった。


私は高鈴の姿を見送ってから、再びパソコンに向き直る。

そして、この後の自身の行動をどうするか考えて行く。


  ★


時間は流れ、終電間際の会社。そこに何故か高鈴がやってくる。

そして私の姿を見て驚いている。

「まさかとは思ったけど、やはりここか」

高鈴は、今日のお礼にと私の家に寄ったそうだ。でもしばらく待っても誰も出ないし戻らないから、まさかと思ったとのこと。

「お前、ウーサちゃんはいいのかよ」

 私は高鈴を見て、微笑む。

「食事とWebカメラ起動だけしてきたよ。タクシーで往復して」

本当は遊ばせてあげる必要もあるけど、今日は緊急事態だからということで湯浅さんにも了承を得ている。

高鈴は改めて、ありがとう、と言った。

私はこっちこそいつもありがとな、と言って、それからおまけに。

「で、デートは楽しかったかい。って、聞くまでもないか」

高鈴が不思議そうな表情をして、なんでだよ、と問いかけてくる。

私は、悪そうな笑みを浮かべながら、言った。

「風呂あがりの匂いがしているのだよ。いやらしいやつめ」

 高鈴は私の言葉を受け、はぁ、とため息一つ。

「あのな、バックアップがあるという嘘をついてまでさりげなくデートに行かせてくれたぐらい気を遣ってくれたのだから、そういうデリケートなことにも気を遣って欲しいですな」

「違いない」

私と高鈴は、二人しかいない執務室で笑いあった。


 その後、湯浅さんからメールが届く。

『ウーサお怒り中。ガジガジしているようなので、早く帰宅して遊ばせよ』


 ☆


今日もまた一日が始まる。

「ウーサ、おはよう」

まずはウーサに挨拶。そして、いつも食事を貰えるという期待でソワソワしているウーサのためにも素早く食器に食事を入れる。だが、今朝は様子が少し違っていた。

「ん? 今朝はまだ寝ているのかな」

普段なら食事を入れた瞬間にがっついてくるのだが、今日はまだ小屋の奥にいて眠たそうな表情をしている。

「昨晩、私が寝てからも夜遊びしていたのかい」

うさぎは元来夜行性だ。人間と同じ時間帯に生活をすることで、ある程度人間に近い生活をするようにもなるようだが、ウーサの場合は私が日中は仕事をしていて居ないので、その間に寝て、私が帰ってきてから起きて活動しているという本来通りの夜行生活を送っている。

私はウーサに目が覚めたら食べなよ、と言って、私自身の食事の用意をしていく。

ウーサがすぐに食事をしなかったこと以外はいつも通りの動き。


朝の時間はあっという間に過ぎ、次は会社の時間。

昔とは大きく変わった、今になっては日常。そんな日々を過ごす。

昼休みも、昔の私はすぐに執務室に戻っていたが、今は近くの本屋で時間ぎりぎりまでうさぎの本や雑誌を立ち読みしている。

ちなみに、うさぎの雑誌については湯浅さんが定期購読をしているので、彼女の部屋には家主不在でも毎回届いている。私は湯浅さんの許可を得て、それを読ませてもらっている。

(まぁ、本屋で立ち読みすることの方が多いのですけどね)

そんなこんなで会社の時間も十八時には終わり、十九時に帰宅した。

そして始まる、夜の時間。

「ただいま、ウーサ」

まずは小屋の中にいるウーサに挨拶。ウーサは小屋の奥で丸まっているようだ。次は、夕食をあげるために小屋の入口を少しだけ開ける。ウーサが暴れたい気分だったりするとこの段階で無理やり出てこようとしてきて困るのだ。ウーサを自由に動き回らせるのは、衛生的な意味でも私の食事が終わってからにしているからだ。

だが、今日は出てこようとはしてこなかった。

「朝と同じで、今日は眠いのかい」

そう言った私の言葉にピクっと反応はするも、小屋の奥側から動こうとはしなかった。そして私は片手で入口の扉を持ちつつ、もう片方の手でペレットを入れようとしたところで、食器の中に今朝に入れたペレットとチモシーがほとんど残っていることに気がつく。

「いや、これはほとんどというより、朝のそのままかな」

今日は食欲が無いのだろうか。確かに私も激しい運動をした後は、一時的に食欲が無くなることはある。でも、それでもちゃんと食べた方が身体には良いと思うのだが。

だからと言ってそれをウーサに言葉で伝えることは出来ない。私はそんなことを思いつつ、またあとでウーサが目が覚めたときにいっぱい食べれるようにもう少しだけ盛り付けた。

ちなみに普段のウーサの食事の盛り付けはこうだ。食器の中に一掴みのペレット、そしてその上にチモシーを山盛りに入れる。こうして野菜たっぷりペレッ丼が完成となる。

この段階になってもウーサが起きてこないので、私は少し寂しくなりウーサの大好きオヤツシリーズの乾燥青マンゴーを取り出し、ウーサの前に差し出す。ウーサはそれには反応し、私の手から素早く奪い取って小屋の奥に戻り、もぐもぐした。

うさぎのこのオヤツを受け取ったらその場で食べるわけではなく一定の距離をあけてから一人で食べるという仕草は、食事を奪われないようにするための野生の本能だとはわかってはいるが、ちょっと寂しくもある。うさぎは賢い生き物だ。私のことを認識しているし、体内時計もしっかりしている。お手洗いの場所もちゃんと同じ場所でしている。だから、記憶力は良いのだと思う。

将来的に、いつか私のことを本当に信頼してくれれば、オヤツをその場で食べてくれるようになるかも知れない。

私はそんなことを思いつつも、ウーサのオヤツを食べる可愛い仕草を見て、満足した。


それから小屋の扉を閉め、私自身の夕食の準備を始める。

「おっと、もう一つ大切なことを忘れていた」

私は即席麺を食べるためのお湯の沸き待ちの間に、パソコンの電源を入れる。そして、沸いた頃に立ち上がった画面からWebカメラ機能を立ち上げる。これにより、湯浅さんがウーサの小屋の様子を見ることが出来るようになる。この作業を忘れてしまうと、仕事から帰宅した湯浅さんから怒りのメールがやってくるのだ。

湯浅さんがいる台湾とは時差が一時間ほどで、湯浅さんは食事が終わってから接続してくるので、基本的に私が帰ってからニ、三時間後になる。今日もまだ繋げてくる様子はなかった。


ズルル、ズルルルル。今日の夕食は即席麺。

「健康に気をつけて、野菜も取らないといけないよね」

そうウーサに話しかけながら、私は野菜ジュースを飲んだ。

一人暮らしを始めてからだいぶと長い期間が経っているのだから、そろそろ自炊ぐらい出来るようにならないといけないな。

そんなことを度々思うも、やはり即席の食事に頼ってしまうダメな私。そんな反省の心も、麺と共にズルズルと飲み込んでいく。


 ☆


ピンコーン。Webカメラへの接続音がパソコンのスピーカーから鳴る。湯浅さんだ。

「こんばんは、ウーサちゃんと卯月(うさぎ好き)君」

「何か変換がおかしい気がしますが、私は卯月(うづき)です」

「はいはい」

湯浅さんとのお決まりのやり取り。私が帰宅してから二時間後の接続だから、湯浅さんは台湾であの予定通りに作業が進まないことが予定通りという最終幻想社のプロジェクトに参画していても、十八時ぐらいには帰宅しているのだろう。さすがである。

私は少し溜まっていた洗濯物のアイロン掛けをしながら、湯浅さんと今日あった出来事などの雑談をする。

二人一緒の部屋にはいないけれど、こうして話が出来る関係というのもいいなと思う。


そして、アイロン掛けも終わり、会話も途切れた頃。時計は二十三時を指している。少し疲れたなと思い、横になりながら漫画を読んでいると、湯浅さんが不思議そうな口調で話しかけてくる。

「ねぇ、ウーサの食事がまだそのままな様に見えるけど、今夜二回あげたのかな」

湯浅さんの言葉を受け、漫画から目を離しウーサの食器を見る。今日帰宅したときに作ったペレッ丼がそのまま残っていた。

「いや、今日帰ってきたときに入れたやつがそのまま残っているね。まだ眠いのかな」

私の回答に、湯浅さんはさらに質問を続ける。

「今日帰宅したときには、朝あげた食事は無くなっていたかな」

「いや、ほとんど残っていたかな」

私のこの回答の後すぐに、バタン! スピーカーから何かを叩くような音が聞こえる。そして、

「卯月君、それは一大事です。何を悠長にしているのですか!」

と、湯浅さんの怒鳴り声。その尋常じゃない様子に、私は現状を再認識する。そして、うさぎの飼い方の本に書いてあったあることを思い出す。

「うさぎが食事をしていないということは、とても危険な状態!」

私のその言葉に、湯浅さんは今頃何言っているのと再び怒鳴る。

私は今になって現在のウーサの状況を理解し、焦る。

湯浅さんはまず私にウーサのお腹を調べるように促す。私は小屋の扉を開け、ウーサの元に手を伸ばす。すると、ウーサはぶーぶーと威嚇するような声を出し、これ以上奥には行けないのにも関わらず、さらに奥へと逃げようとする。

「その様子だと、やはり調子が悪いみたいね。あ、無理してウーサに触ろうとしなくて大丈夫。状況は理解したわ」

その言葉を受け、私は手を引っ込める。

私はいったんウーサの小屋から離れ、湯浅さんの部屋から持ってきているうさぎの飼い方の本を取り出し、改めて読む。

その本には、うさぎが食事をしなくなったらすぐに病院に連れていくこと、夜間だからと躊躇うのは良くない、と書かれていた。そのことを湯浅さんに伝えると、まずは落ち着くようにと言われる。

「深呼吸してごらん」

スーハー、スーハー。落ち着いた。

「その本に書いてあることは最もなことだけど、現実的にはその通りに動くことは困難よ。そっちはもう二十三時を過ぎているでしょ。そんな時間に空いている動物病院だと、アニマルカンパニー社の付属病院ぐらいになるし」

アニマルカンパニー社と言えば、電車で三十分以上はかかる。

「そうか、湯浅さんに教えてもらっている近くの動物病院はさすがに今はもう閉まっているか」

私の焦りを他所に、湯浅さんは至って冷静だ。

「いいかしら、心配しているのはもちろん私も同じだけど、今はまず冷静になってね。不安なままでいると、それがウーサにも伝わってしまうから」

そうだった。うさぎはそういうことに敏感な生き物だ。私は改めて深呼吸し、そしてお茶を一杯飲む。お茶の入ったコップを持つ手が震えているのがわかる。落ち着け私。

「教えた野花動物病院の場所は大丈夫だよね。明日の開院時間にあわせてウーサをそこに連れていってもらえるかしら」

私はWebカメラに向かって頷く。

(まてよ)

頷いてから、思い出す。明日は早朝からお客様に納品物を実際にプレイして精査してもらう日だ。今後も案件が来るかどうかが決まる大事なイベントだ。用事があるからと気軽に休めるものではない。

(どうする、卯月よ)

社会人なら仕事を優先すべきじゃないのか。

「卯月君、どうかしたの」

どうやら考え事をしながら固まってしまっていたようだ。湯浅さんが少し不安な声で話しかけてくる。その声を聞き、私は少し冷静になれたようだ。

そう、私は今は一人で仕事をしているわけではない。だから、許せ高鈴。明日はまかせた。私はココロの中で謝る。

そうと決まれば、行動あるのみ。

「湯浅さん、ウーサを連れていく方法は、キャリーでいいんだよね」

キャリー自体は湯浅さんを見送るときにウーサごと受け取っていたので、今は私の部屋の玄関に置いてある。

「うん、今日のうちに準備しておいて。あ、あと私の部屋の玄関にクッションマットが置いてあると思うから、それをケースの中に敷いておいてあげて。今の時期だと、キャリーそのままだと冷えてしまうだろうし」

私は再びWebカメラに向かって頷く。

そうとわかれば善は急げだ。私は急いで外出着に着替える。

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」


その後、私は明日に向けて野花動物病院の場所や開院時間の再確認など、準備を進めていく。

普段は私が寝るときにはパソコンの電源を落とすためにWebカメラを停止させるのだが、今日は湯浅さんの要望もあり、繋げたままにする。私が寝た後も、湯浅さんは起きている間は小屋の様子を見ていたいそうだ。

(そりゃそうだ)

近くでウーサの様子を見ることも元気付けることも出来ない湯浅さんは、今は本当に辛いと思う。それでも冷静になって私を落ち着かせ、対処方法を伝えてくれた。その姿には、私は純粋に凄いなと思う。

そんなことを思いながら、私は早めに眠りについた。


 ☆


 許せ、高鈴。今度昼飯奢るから。

「はい、急で申し訳ないですが家の都合で今日はお休み頂きます」

会社に連絡し、今日のイベントは私の代わりに高鈴にしてもらうようにお願いした。資料は出来ているし事前の打ち合わせも高鈴としていたので彼でも大丈夫と上司には言ったものの、全くの嘘だ。

会社への電話の後、高鈴に個人的に事情を説明する。

「何水臭いこと言っているのだ。俺とウーサはもうオヤツのやり取りをした仲だしな。こっちは俺にまかせて、ウーサを元気にしてやってくれよ」

高鈴は一つ返事で肩代わりしてくれた。

本当に良いやつだ。いつものワンコインの定食屋ではなく、しゃぶしゃぶ屋の二千円ランチコースを奢ってあげよう。そうココロの中で高鈴に感謝しつつ、私は本題に戻る。

そう、ウーサとの長い一日が始まるのだ。


ウーサを野花動物病院に連れていくためには、まずはキャリーに入って貰わなければならない。キャリー自体は昨晩の間にクッションマットを入れて準備万端だ。

私はウーサの小屋に近づく。食器の様子は昨晩から変わっていないことから、昨日から何も食べていないことがわかる。つまり体調は回復していないのだ。

「ウーサ、動物病院で診てもらおう」

そう言いながらウーサに手を近づけるも、小屋の奥でうずくまりながら威嚇するようにぶーぶー言っている。今日ばかりはウーサが嫌がっていても連れていかなければならない。私は強引にウーサをひっぱり出そうと手をウーサの後ろに回そうとしたその瞬間、

バリッ! ぶーぶー!

「痛っ!」

手の甲がウーサに引っかかれる。その攻撃は思いのほか痛く、思わず引っ込めた手を見ると、血が滲んでいた。だが、もちろん怪我したからといって諦めるわけにはいかない。

私はそれでも強引に手を奥に持っていくと、今度はウーサは一気に動き出し、小屋から飛び出す。そして、柵の隅へと移動する。

「おいおい、元気が無いのだから無理するな」

とりあえず小屋から出てもらうことには成功したので、キャリーをウーサの元に持っていく。が、その瞬間再び走り出すウーサ。その目的は、

「小屋に戻る気か、させるかっ!」

私は素早く小屋の扉を閉める。ウーサは行き場を無くし、再びさっき居た部屋の隅へと戻る。私は半ば強引にキャリーをウーサに近づけ、そして後ろに逃げようとするそのお尻を押していき、ウーサをキャリーの中に入れることに成功する。そして、逃げ出せないように、すかさずキャリーの扉を閉める。

このキャリーは、表側と裏側の両方に扉が付いている。ウーサは中に入るとキャリー内で一回転をしたので、さっき入った側の扉に顔が見える。中に入った後は大人しくしてくれているようだ。

私はゆっくりとキャリーの扉を開け、ウーサの頭を撫でる。ウーサの身体は少し冷たく感じた。

「ちょっと我慢してくれよな」

キャリーには事前にクッションマットが敷いてあるし、ウーサの好きなオヤツも少しだけ入れてある。キャリーの中が狭いということ自体は、うさぎの習性的には問題ないだろう。

私は一段落したので、さっきウーサに引っ掻かれた手の甲を見る。

痛くはないが炎症するとあれなので、さっと水で洗う。


時計を見る。八時五十分だ。予想以上にウーサをキャリーに入れることに時間がかかってしまったようだ。

昨晩からWebカメラを繋げたままのパソコンの画面を見る。湯浅さんはオンラインになってはいるが、何も話しかけてこないことからするに、今は寝ているのだろう。おそらく昨日遅くまでウーサを見守ってくれていたのだ。

「寝坊しないといいのだが」

私はメールで湯浅さんに今から動物病院に行くとだけ送る。

そして、

「急ごう」

私はウーサの入ったキャリーを抱え、野花動物病院へと向かう。


 ☆


野花動物病院。野花(のばな)という人が院長を務める、小動物を専門に扱っている動物病院だ。私の住むマンションから歩いて十分程度の距離にある。大通りから一本中に入った路地裏にあり、外見は白を基調としており、病院名を書いた看板が無ければ一般家屋のように見えるぐらい素朴な感じになっている。横の敷地には路地裏にあるには不釣合いなぐらい広い駐車場と、空き地のような薄っすらと雑草が生えているスペースがある。

動物病院についてちょっと説明すると、病院によっては犬や猫を専門とし、うさぎやハムスター等の小動物を診てくれないところもある。理由は色々あるが、トラブルが発生しやすいことが大きいと思われる。小動物は病院の診察台に乗った段階で体調不良と緊張が重なり亡くなってしまうこともあり、飼い主がそれを理解していない場合に病院側が飼い主から訴えられるというトラブルが多いそうだ。本や雑誌でそういったことは周知されつつあるが、まだまだ全員というわけにはいかないから難しい。

そういった理由からも、野花動物病院のような小動物を専門としているところは貴重な存在である。

もちそん小動物を専門にしているが、犬や猫も診ているようで、私が普段通りがかるときには、実際犬や猫しか見ることはなかった。

それは単純に飼われている絶対数の違いなだけだろうが。


私が花咲動物病院に着いたのは、丁度開院の札が掲げられていたときだった。大きな犬が二匹、飼い主と共に開院待ちをしていたので、私はその後ろに続く。


扉を開けて院内に入ると、まずは腰の高さぐらいの柵が出迎えてくれる。これはうさぎカフェにあるものと同様で、中にいる動物が逃げてしまわないようにするためのものだろう。私は外へ続く扉がちゃんと閉まっていることを確認し、それから柵の扉を開けて中に入っていく。

改めて、院内の様子を見る。

院内も白を基調としている。正面には一般的な病院より少し高めの受付カウンターがある。右手には診察室への扉が二つある。左手には建物の側面に沿った形、長細い形の待合室がある。

つまり、建物を正面から見て三分割し、左側が待合室になっている。

先に入った二匹と飼い主さんは常連だったようで、受付をさっと済ませて待合室の手前側に座っている。私も受付を済まそうとカウンターへと向かうと、受付カウンター越しに声をかけられる。

「先に座っていてくださいね。改めてこちらからお伺いします」

なるほど、そういうシステムなのか。

「わかりました」

私はそう言って、待合室の一番奥へと向かう。

この動物病院に向かっている間、ウーサは揺れるキャリーの中にいるわけなので、緊張と安定しない場所にいるという恐怖感でだいぶ疲れているだろう。そういう意味で、待合室にまず腰を下ろすことが出来るということは助かる。

私は待合室の一番奥に座る。ウーサの入ったキャリーも同じく腰掛に置く。そしてウーサの正面側になっている方の扉を開ける。

ウーサは大人しくしているが、やはり普段のときと違い、だいぶ緊張しているのか身体が強張っているのがわかる。

そんなウーサに私が今出来ることは撫でることだけ。私はゆっくりとウーサのおでこを撫でる。少しひんやりしているのを感じる度、私のココロの中に不安がどんどん広がっていく。

そうしていると、受付の中にいた人がバインダーを持って、私とウーサの元にやってくる。そして、問いかけてくる。

「今日はどうされましたか」

受付の方の問いに、私は診て欲しいのはうさぎであること、そしてその症状を簡単に伝える。

「わかりました。お客様は当院は初めてですよね。この書類に記入お願い出来ますか」

(あ、そういえば)

受付の人にそう言われ、湯浅さんから預かっていたものを思い出す。それと同時に、受付の人もキャリーの中にいるウーサを見て何かを思い出したようで、不思議そうな表情をする。

「あら、もしかしてこの子、湯浅さん家のウーサちゃんかしら」

「は、はいそうです。今日は湯浅さんの代理で来ました。これ、湯浅さんから預かってきた診察券です」

私は、受付の人に診察券を手渡す。受付の人は、やっぱりウーサちゃんだね、と優しく微笑んでいる。

確か、湯浅さんはこの動物病院にはまだ一度しかウーサを連れて行っていないと言っていた。それなのにちゃんと覚えてくれているのは、私にとっても嬉しいものだ。そして、安心も出来る。

その後、受付の人は順番が来たらお呼びしますね、と言って戻っていった。

それからしばらくして、先に来ていた方が順番に呼ばれていった。


ウーサの症状は、食事をしなくなったというもの。

食事をしなくなってから一日経過しており、その間はオヤツを少し齧っているものの、ペレットやチモシーは全く食べていない。うさぎの飼い方の本によると、毛づくろいの際に飲み込んだ毛が詰まり、それにより胃や腸の活動を悪くさせてしまうことがあるようだ。その状態が数日続くと、死に至ってしまうとのこと。

この数日というのが素人には判断が難しく、うさぎの体力によっては昨日の私のように翌日を待つということすら出来ずに亡くなってしまうこともあるようだ。だからそうならないためにも、飼い主はうさぎの日々の様子の観察を怠ってはいけない。

「そんなことは本を読んでわかっていたはずなのに、くそ」

油断してしまった自分が情けない。私は不甲斐なさと心配するココロで涙しそうな自身を押さえつけつつ、診察の順番をウーサと共に待ち続けた。


 ☆


待つこと五分。予想以上に早く呼ばれることになった。

「ウーサちゃんと、湯浅さんの代理の方、診察室にお入りください」

ウーサにとっては二回目、私にとっては初めてとなる動物病院の診察室。第一印象は、小さい部屋だな、だった。

部屋の大きさは私の住む一般的なマンションの一部屋ぐらいに見える。そして中央には、私が寝れるぐらいの大きな診察台が置かれている。人間を診る病院ならわかるのだが、小動物を診るのには不釣合いだ。と、思ったところでそういえば犬のような大きな動物も診ていることを思い出し、一人で納得した。

診察台の上には緑色の柔らかそうなマットが敷かれていて、隅の方にはピンク色のタオルケットが数枚畳んで置いてある。診察台の奥側にはガラス扉の棚があり、その中に様々な薬品や器具が並べられているのが見える。

肝心要の獣医は、診察室に入って右手奥側にいて、パソコンのモニターが置いてある小さな机の前に座っていた。

獣医は私とウーサを見て優しく微笑みながら、ウーサが中にいるキャリーを診察台の上に置くように促してくる。そして、

「初めまして。野花といいます」

と、丁寧に挨拶してくれる。私も軽く自己紹介と、湯浅さんの代わりに来ていることを伝える。

私は、ゆっくりと診察台の上にキャリーを置く。

「それでは、ウーサちゃんを外に出してもらえますか」

野花獣医の言葉を受け、キャリーの扉を開ける。が、ウーサは緊張しているのか出てこようとはしなかった。それだけでなく、必死に奥側に逃げようとしているのが見える。湯浅さんが一度ここに連れてきているのだから、この場所は安全であるということを覚えていると思うのだが。やはり体調が悪いからだろうか。

野花獣医は私のココロを見透かしたように、首を横に振る。

「おそらく、前回の診療で嫌な目にあったことを覚えているのでしょう。賢い子ですから」

一体、前回は何があったのだろうか。と、思ったときに、診察室内にいる野花獣医ではなく私でもないもう一人の人物、看護師が話し始めた。

「卯月さん、キャリーの逆側も開けてもらえますか」

そうだ、このキャリーは両側が開くのだった。私は名も知らぬ看護師の提案を受け、逆側の扉も開ける。

この状態で、再度正面からウーサを出そうと試みる。するとウーサは先ほどと同じように後退する。が、そこには扉は無く、結果としてそのまま外に出ることになった。もちろん私たちはその隙を逃さない。看護師は後退しているウーサのお尻からタオルケットを当て、そのまま包み込む。私は急いでキャリーを診察台から降ろす。

タオルケットに包まれたウーサは最初は暴れていたが、看護師がウーサの眼を覆い隠すと、次第に大人しくなっていった。

その様子を見ていた野花獣医は、

「元気でけっこう」

と言いながら立ち上がり、タオルケットに包まれたウーサの元に移動する。そして、さっそく触診を開始してくれた。

まずは背中。ちょっと太っているかなとの言葉。

「ペレットの量をほんの少し減らして、その分チモシーは食べ放題にしてあげたらいいですよ」

なるほど。と、納得はしたものの、ぶっちゃけ今は何も食べないのだから、それどころではないはずだろう。

今日は食事をしなくなった状態に危険を感じ、それなりに焦ってこの動物病院にやってきたわけなので、この野花獣医の健康診断的な台詞は正直場違いに思えた。だが、そうやってウーサを触ってはコメントをしてくれる姿を見て、実際は一分一秒を焦るものではないのだよということを教えてくれているようで、安心出来た。

背中や顔や横腹の触診が一通り終わったところで、野花獣医は「よっと」と軽い掛け声をだし、ウーサをひっくり返す。そして、今度はお腹を優しく撫でる感じで触診を始めた。が、始まって五秒ぐらいしたところでウーサは耐えられなくなったのか、野花獣医の手を振り払い、強引に元の体勢に戻る。その動きに私は驚いてしまったが、野花獣医は想定内だったようで、いたって冷静だ。

「やはりお腹が少し張っているようですね」

野花獣医はそう言ってから、私に問いかける。

「毛玉詰まりか、ガスが溜まっていると思われますが、寄生虫の可能性もあります。念のため、レントゲンを撮らせてもらってもよろしいでしょうか」

野花獣医曰く、レントゲンを撮れば、胃や腸の中の様子がわかる。そしてそれで毛やガスが詰まっていないのであれば、寄生虫が原因と思われるので、血液検査などの更なる対策が必要になるとのこと。

もちろん最善を尽くすべきだと思うので、レントゲンを承諾する。

野花獣医は私の返事を受け、看護師に奥の準備をするように促す。

この診察室には、私が入ってきた扉の向かい側、つまり診察室の奥側にも扉があり、別の部屋に繋がっている。看護師はその扉を開き、そしてウーサの乗った診察台ごと奥の部屋へと運んでいく。可動式の診察台というギミックに、私は少し驚いた。

(さて)

ウーサがレントゲンを受けている間に、私は野花獣医から寄生虫について教えてもらうことになった。

うさぎの腸には寄生虫が宿ることがあり、それがうさぎ自身を苦しめるそうだ。モニターに映る写真で実物を見せてもらっているが、グロテスクな感じだったので見せて貰いたくなかったのが本音だ。

野花獣医は、見たくない思いから険しい表情をしている私を見てウーサを過剰に心配していると思ったのか、優しく微笑む。

「必要以上に心配しないで大丈夫ですよ。先ほどの触診では、毛やガスがお腹に詰まっている可能性が最も大きいです。前回ウーサちゃんがここに訪れた理由も、腸詰まりでしたので、ちょっと詰まりやすい体質なのかも知れないですね」

なるほど。というかあの短時間でちゃんと触診出来たのか。

そんな私の関心をさらに他所に置き、野花獣医は真剣な表情で、

「ショッキングタイム!」

勉強になるからと、それからさらにうさぎのその他の症状の写真も色々見せてくれた。その名の通り、ショッキングな写真も多く、私の精神がどんどん削られていく。


白状します。

うさぎの雑誌にはちゃんとこういったうさぎの病気の写真や解説が載っているのですが、そういうのが見えたら飛ばして読んでいました。本当にすいません。

私の反省を当たり前のように他所に置き、野花獣医は説明を続けてくれた。


 ☆


 五分ほどしたところで、ウーサは診察台と共に帰ってきた。

看護師は野花獣医にレントゲン写真を渡す。そして、その写真はパソコンのモニターの後ろ側にある電光板に貼られた。

野花獣医はそれをしばらく眺めて、そして私の方に振り向く。

「予想通り、胃の中に毛玉が溜まっていますね。それと、それにあわせてこれは軽度ですが腸にガスが溜まっています」

ウーサの横向きのレントゲン写真を元に、野花獣医は丁寧に説明してくれた。私は、これが原因でウーサの胃や腸が詰まっていて物理的に食事が出来ないということですかと問いかけると、野花獣医は半分正解、と言ってから、

「この症状が原因でウーサちゃんは痛みやストレスを感じ、それで食欲が無くなっているということがもう半分の原因だよ」

と、付け加えた。

なるほど。確かにウーサの好きなオヤツは調子が悪くなっても齧っていたことを思い出し、納得する。


野花獣医は、診察台の上で看護師の手でタオルケットに包まれながら丸まっているウーサのおでこを、よく頑張ったな、と言いながら撫でる。そして、

「今日は胃と腸の動きを良くする飲み薬を出しておきます。それと、栄養剤も注射しておきますね」

と、私とウーサに言った。言った後、そういえば、と付け加え、

「ええと、湯浅さんは夜には帰ってくるのかな」

野花獣医の問いに、私は首を横に振る。そして私がウーサをしばらく預かることになっていることを簡単に説明する。野花獣医は、なるほど、と頷く。そして、ガラスの戸棚を開け、その中から注射器のようなものが入った袋を取り出す。野花獣医はその袋を開封しながら、私に問いかける。

「これはシリンダーと言って、これで朝と夜にウーサちゃんに飲み薬をあげてもらうことになりますが、卯月さんは経験ありますか」

「いえ、やったことないですね」

私がそう答えると、それでは見ていてくださいねと言って、野花獣医はウーサの元へ近づく。

野花獣医はまずは左手に持っている薬の入った容器のふたを開け、そこにシリンダーの先を入れ、ゆっくりと薬を吸いだしていく。

「このラインが必要量の目安になります」

「なるほど」

そして、野花獣医は次にウーサの背中をタオルケット越しに軽く押さえ、おでこを軽く撫でた後、おもむろにウーサの口にシリンダーの先を入れる。が、ブルルッ。ウーサはそれを顔をずらすことで外してしまう。野花獣医は看護師に少しだけ一緒に押さえるように指示する。看護師は頷き、一緒にウーサを押さえる。

野花獣医はそれから再びウーサの口の中にシリンダーの先を入れる。今度はウーサも抵抗しなかった。シリンダーの押し棒がゆっくりと押されていき、それによりウーサの口の中に薬が入っていく。

ウーサを見ると、舌を出したり、微かなピチャピチャ音をさせながら飲んでいるようだった。

「薬自体は少し甘くしてあります。なのでうさぎさんも飲みやすくなっています。ただやはりうさぎさんはシリンダーには慣れないようで、最初はどうしても抵抗されてしまいますけどね」

その言葉とさっきのウーサを動きを思い出し、なるほどと頷く。


薬をゆっくりと飲んでいるウーサを見て、ふと思う。

(今は野花獣医と看護師の二人がかりでウーサに薬をあげているけれど、今夜からはこれを私一人でやるのか)

本当に出来るのか不安に思う。が、やるしかないのだ。

私の顔に不安な表情が出ていたのか、野花獣医は、

「ようは慣れです。卯月さんにとっても、ウーサちゃんにとっても」

と、安心させてくれる言葉と、

「シリンダーを完全に口の中に入れなくても、口の周りに薬がつくことでそれを舐めとってくれて、それにより飲むということに繋がりますので、とにかく焦らずにウーサちゃんと向き合ってがんばってください」

という応援の言葉をくれた。

そんな野花獣医の言葉に、私は大きく頷いた。

それから三分ぐらいかけてウーサはゆっくりと薬を飲んだ。野花獣医は空になったシリンダーと、薬の入った容器を診察台の端に置く。そして再び、よくがんばったね、とウーサを撫でてくれる。


だが、ウーサはまだがんばらないといけないようだ。

野花獣医は、看護師に再度奥で準備してきてくださいと伝える。看護師が奥へと向かった後、私に説明してくれる。

「次は、栄養剤をウーサちゃんに注射しますね」

栄養剤を注射というのは、さっきのようにシリンダーで飲ませるということだろうか。

私がそう思っていると、奥の扉から看護師が人間用の点滴を少し小さくしたような器具を持ってくる。その器具の先を見る感じでは、これは先ほどのようなシリンダーを代替とするのではなく、針を使う本物の注射による点滴だ。

 野花獣医は針を包むキャップを外し、栄養剤の入った袋を少し掴み、その先から数滴垂らす。いわゆる空気抜きだ。その後、その袋を器具の上部に釣る。

「さて、いきますよ。宇佐田さん、ウーサちゃんをしっかり押さえてくださいね。あ、それと卯月さんも一緒にお願いします」

そう言って、やっと名前の出てきた宇佐田看護師と私に押さえるように促す。私は宇佐田看護師に押さえ方を教えてもらう。

そんな姿を見て野花獣医はニッコリと微笑むも、真剣な口調で話す。

「今回は本物の針を使用します。ウーサちゃが暴れると危険ですので、二人でしっかりと押さえてあげてくださいね」

それは確かに危険だ。私はウーサを包むタオルケットをしっかりと押さえ、そして宇佐田看護師はウーサの目隠しをしている。

体勢が整ったところで、野花獣医は遠慮なくウーサの背中の部分に針をプスッと突き刺す。ウーサはちょっとだけビクッとするも、それ以上に暴れることはなかった。

「強い子だね」

野花獣医は、そういった褒め言葉を色々ウーサに語りかけながら、右手で針を刺した部分を押さえつつ、左手で栄養剤の入った袋を、にぎにぎしている。

ゆっくりとウーサの中に入っていく栄養剤。

「これはどういう意味があるのですか」

私の問いかけに、宇佐田看護師が説明を始める。

「皮下に栄養剤を入れていまして、それをウーサちゃんは三日ぐらいかけてゆっくりと身体に吸収していくのです」

「だからその間は食事や水をあまり取らないと思うけど、ちゃんと栄養はとれている状態だから心配しないでいいよ」

と、野花獣医が付け加えた。


(なるほど)

それは安心だ。しかしそんなことが出来るなんて、まるでラクダみたいだ。そんなことをココロの中でこっそりと思う。


 ☆


五分ぐらいだろうか。ウーサは栄養剤をゆっくりとその皮下に蓄えた。注射針を外した後に、宇佐田看護師はタオルケットをゆっくりとウーサから放す。するとウーサは、

「お、動いていいのか」

と言わんばかりに勢いよく立ち上がるも、警戒しているのか移動しようとまではしない。

ウーサのお尻側を見ると、人間で言うと太ったお腹のような感じで膨らんでいるのがわかる。これが栄養剤なのだろう。

野花獣医はウーサのおでこを軽く撫でる。そして私の方を向く。

「今日はこれで終わりになります。三日後もまだ食事を全然しないようであれば、改めて来てください」

私は頭を深く下げて、ありがとうございました、と言った。

その後、下に置いていたキャリーを手に取る。ウーサをキャリーから出すのにはだいぶ苦戦したわけだが、キャリーに入ってもらうことは簡単だった。ウーサにとっては、家にいたらキャリーは入りたくない場所だが、診察室ではキャリーは入りたい場所なのだろう。居心地の良い場所の優先順位があるようだ。

私は最後にもう一度二人に対して一礼し、診察室を後にした。


そして、待合室に座る。ここにきて、自分自身がだいぶ疲れきっていることがわかる。ずっと緊張していたのだろう。

私はキャリーの中にいるウーサを見る。見た感じではここに来る前より元気になったように見えるが、私がこれだけぐったりしているのだから、ウーサもだいぶ疲れただろう。

(早く帰りたいな)

私がそう思った瞬間、受付の人に名前を呼ばれるのであった。

こうして、私にとっては初めての動物病院での出来事は終わった。


 ☆


二時間ぶりに帰る我が家は、さっきまでの緊張の空間ではないからだろうか、とても懐かしく思えた。

私はさっそく柵の内側に入り、キャリーの扉を開ける。

ウーサは、出ても大丈夫なのか? といった感じでちょっとだけ外に出ようとしては戻るという動きを数回繰り返す。そしてここが住んでいた場所とわかったのか、一気にキャリーから飛び出し、小屋に駆け込んだ。

元気なその動きを見て、私はやっと一息つく。

湯浅さんと高鈴にも現在の状況をメールし、そこで私は疲れがピークに達し、ゴロン。

横になりながら、小屋を見る。ウーサは今朝までのように小屋の中でうずくまるのではなく、くつろいでいるときの姿、そう、今の私の様に横になりながらこちらを見ていた。

「早く良くなれよ」

そんな私の言葉に、ウーサは耳を少しだけピクッと動かした。


うさぎは思っていたよりも容易く生死の境目に行ってしまう。

だから食べなくても大丈夫になる栄養剤の存在は、凄く安心出来る。 

万が一もうしばらくウーサの体調が戻らなくても、栄養補給を続けることが出来るのだから。

「でも、一番はウーサに早く元気になってもらうことだ」

私はそのためにも、これから朝と夜に待ち受けているウーサへの薬あげをがんばることを決意するのであった。


 ☆


シリンダー職人の朝は早い。

私は冷たい水で顔をサッと洗い、シリンダーと薬を手に取る。薬が入っているのは小さい容器だが、開け口がとても広くなっており、シリンダーの先だけではなく本体も入れることが出来る。それにより、少なくなってきても吸い取ることが出来るようになっている。 

私はゆっくりとシリンダー内に薬を吸い込む。

今朝のミッションは、これをウーサに飲んでもらうことだ。


ミッションスタート。


まずは、ウーサの小屋を囲んでいる柵を外す。何故外すのかというと、昨晩の初めての薬あげのときの出来事の反省がある。

私は柵の内側に入り、薬をあげようとウーサの口にシリンダーを近づけるも、ウーサは何度も何度も逃げていき、上手くいかなかった。そこで焦ってしまった私は少し強めにウーサを掴んでしまい、その結果、ウーサはさらに力強く逃げ出し、その際に危うく柵にぶつかるところだったのだ。

湯浅さんとも相談し、薬をあげるときはなるべく広い場所が良いという結論になり、柵を外すことにしたのだ。


柵を外したあとは、小屋の扉を開ける。ウーサはだいぶ体調は良くなってきたようで、私が小屋から少し離れた場所でオヤツが入った袋を振ってガサガサ音を立てると、勢いよく外に飛び出してくる。

私はオヤツをその場にほんの少しだけ置き、ウーサがそれを齧っている隙に小屋の扉を閉める。

「ふふ、これでもう薬を飲むまでは小屋に帰さないよ」

私は朝から悪く微笑む。

ウーサは小屋の扉が閉まったことに気がついたのか、少し警戒しているように見える。私は再びオヤツの入った袋を取り出す。

「ほれほれ、オヤツですよ」

私はオヤツを軽く振り、その匂いをウーサに届ける。

警戒心よりも、食欲なのだろう。ウーサはゆっくりと近寄ってくる。

(ここでシリンダーか?)

いや、まだ早い。私は、ウーサがオヤツを食べている隙に近寄り、まず頭を撫で始める。ウーサが食事しているときに撫でると、手に咀嚼の振動が伝わってきて心地よい。

ウーサは、オヤツを食べることが出来ているからなのか、頭を撫でられているからなのか、次第に力を抜いていく。オヤツを食べ終わった後には、そのままの姿勢で寝転がる。その様子を見て、私はウーサに悟られないようにココロの中で再び悪く微笑む。

(そろそろだな)

私は撫でる範囲を耳の付け根中心からゆっくりと眼の辺りまで移動させていく。そして、最終的に目隠しの状態にする。


ここだ!


私はウーサを撫でていた方とは逆の手に持っていたシリンダーの先を素早くウーサの口元に持っていき、真正面からだと歯に当たってしまうので、少し横にずれた位置からシリンダーの先を入れる。

そして、素早く注入。ウーサはびっくりしてシリンダーから口を出す感じで頭を横に動かす。だがこの動きは野花動物病院で見ていたので、私は冷静に撫でる動きと目隠しを繰り返し、その度にシリンダーの先を口に入れていく。薬は一度に必要量の全てを飲ます必要はないので、こういう形で少しずつ飲んでもらえばいいのだ。

次第にウーサも薬に慣れてくれるのか、派手に逃げようとすることはなくなるが、それでもちょっとした動きを突然して、薬がウーサの口以外のところについてしまうこともある。

だが、もちろんこれも計算している。どうせ上手く行かないだろうと思っていたので、必要量よりも少し多めにシリンダーに入れておいたのだ。昨晩はこれをしていなかったので、再度シリンダーに薬を入れることになり、ウーサとのやり取りも仕切りなおしになってしまい、結果かなりの時間がかかってしまったのだ。

「ウーサが元気になるために必要なものだから我慢してくれよな」

そんな私の言葉が通じたのか、それとも野花獣医が言っていたように、薬が甘いということに気がついてきてくれたのか、最後の方は大人しく飲んでくれた。

なので油断していた。

シリンダーの薬を最後までウーサの口に入れた瞬間、まだシリンダーがウーサの口の中にあるような状態。ウーサは今世紀最大の暴れっぷりを見せ、私の元から逃げていく。

私から離れた場所で、口元を小さい舌を見せながら舐めている。

私はそれを見ながら思う。

「逃げるのはもちろん良いのだけど、なんか薬を全部飲んだからもういいでしょ、的な感じの動きだな」

うさぎというのは、私が思う以上に色々理解しているのだろうか。

そんなことを思いながら、私はシリンダーを洗うために洗面所に移動する。


洗面所から戻り、シリンダーを薬と一緒にしまっておこうとして薬の容器を見た瞬間、気づく衝撃の事実。

「容器のふた、閉めてなかった」

もし何かの拍子に机を揺らしていたらどうなっていたか。私はそんな恐ろしい状況を想像し、身震いした。

ウーサもそれを真似してか、身震いして、オシッコをした。昨晩からの様子では水を飲んでいた様子は無いが、栄養剤を取り込んでいるからなのだろう。その姿を見て、私は思わず口元が緩む。

「ウーサもある程度元気になったようだな」

私は安心して、買い置きしているカップタイプのコーヒーを冷蔵庫から取り出し、普段の朝のようにテレビの電源を入れる。

「ぉいい?!」

そのテレビに映った現実に、一瞬コーヒーを噴出しそうになった。


午前八時。


既に今すぐ出社しても遅刻ライン。

私は大慌てで小屋の扉を開ける。ウーサを小屋に戻している時間まではないので、自主的に戻ってくれることに期待しよう。

「さすがに体調も万全ではないだろうし、放し飼い状態になっているけど、暴れはしないだろう」

そうと決まれば、毎日お決まりの身支度をし、これまた買い置きのパンを手に取り、玄関に鞄を置く。そして廊下と部屋の境目まで戻り、ウーサを見る。

「ウーサ、いってきます」

私のその言葉にウーサは返事もせず、ただゴロンと横になっていた。うずくまるのではなく、横になってゴロンとしているその姿に、私は安心の微笑みをしながら家を出た。



もぐもぐもぐ。

全然うさぎとは関係ないが、食パンを口にくわえながらダッシュし、手を使わずに口だけで食べる。ジャムとか付けていたら唇の上の方までべっとりなってしまうはずなのに、それを平然とやってのけるアニメキャラ。彼らの技術は思っていた以上に高等なのか。


そんなどうでもいいことを思う、日常の朝。

そして、私はウーサのオシッコの掃除をしていない事実には、目を瞑ることにした。


 ☆


野花動物病院を訪れてから三日後。ウーサは普段どおりの食事や運動をするようになった。

こうして、ウーサの闘病生活は一段落したのであった。


ちなみに、ウーサを放し飼いにしていった日。物を壊されるということはなかったが、室内のそこら中で糞やオシッコをしていたようで、惨状になっていた。

だが、それを片付けるときに、ウーサの糞に毛がいっぱい絡んでいることに気がついた。

毛玉が胃に詰まったりガスが溜まったりすると、糞をしなくなったり、毛が絡んだり、小さくなる。私はそれを思い出し、これからは糞もしっかりチェックしよう。そう決意するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る