第2話

美園驚愕の、いや、歓喜の復活から、やっと落ち着いた浦和家朝の食卓。

以下、両親と美園の三人家族の会話である。

「私、就職するからさ。」

突然の美園の発言に、母親は驚いた。

「就職するって、どういうことなの?美園??」

「働く、ってことだよ。」

「お母さんはね、言葉の意味を聞いているのではないんだよ。美園。」

父親は、いつものように冷静に、会話に割って入った。

「就職先も決まってるんだよ。ねー、おばあちゃん。」

「おばあちゃん?」


美薗の視線の先には、美園が小さいころから大切にしていて、

今でもいつも一緒にいる、カエルのぬいぐるみがあった。

これが、見た目、実に可愛くない。

小さいころからの寝汗、ヨダレで汚れていることはもちろん、

積年の洗濯乾燥による老朽化、退色化。

いや、そもそもが、デフォルメというには崩れ過ぎていて、

変形といえば聞こえはいいが、歪曲(わいきょく)されたデザインなのである。


「このぬいぐるみにね、私のひいひいひいおばあちゃんが、とりついているんだよ。」

「とりついている?」

「美園。あんたのひいひいひいおばあちゃんってことは、

私のひいひいおばあちゃんになるのかな?」

「お母さん。指摘する観点が、ちょっとズレているような気が・・・。」

父親は、いつも冷静である。

「正確に数えてないから分かんないけど、まあそんなところじゃないの。」

「美薗。お父さんが今、正確に数えてみた。」

「え?」

「いいか美薗。お前のひいひいひいおばあちゃんってことはだな、約150年前、1860年代、江戸時代、それも幕末だぞ。薩長連合が1866年。長州藩の桂小五郎、のちの木戸孝允と薩摩藩の西郷隆盛が、土佐藩脱藩浪士・坂本龍馬の仲介でだな・・・。」

お父さんの冷静な熱弁(どっちだ?)をスルーして、

「でも、あんたまだ、女子高生よ。」

「いや、お母さん、そんなことよりも、翌年の1867年が大政奉還でね、それに続いて王政復古の大号令・・・。」

「あのさ、学生やりながらの、プロっているじゃん。

スポーツ選手とかさ、歌手とか女優とかさ。

そんなんと、一緒だよ。」

「なるほどね。一緒なのは、分かりました。」

「え?!お母さん、分かったのですか?」

「大体、何のプロなの?」

「プロの巫女だよ。」

「ボカロ?」

「それミクでしょ。

お母さん、良く知ってんね、そんなこと。

ミ・コ。

巫女だよ。」

「お母さん、さすが若者文化に詳しいんだね。」

お父さんも感心です。

「たまに神社とかで募集するコスプレバイトの素人じゃなくて、

私はプロだからさ。

死んで復活するときにね、

神さま・・・、

なのかな・・・・?

それっぽい人から、いただいた

霊能力?的なもの・・・?

なのかな・・・?

それを駆使して、人助けをするのさ。」

「人助けならいいかしらね。

ねえ、お父さん。」

「いやまあ、そうかもしれないけどね、お母さん。

前にも聞いたけどね、美園。

その霊能力的なものって、大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。

前にも話したけどさ、

死んだときに神さま的な人から、

そうすることをOKするなら、

生き返えらせてやるって言われたんだからさ。」

「でもね、その霊能力的なものって、

今のところ、そのカエルのぬいぐるみと話ができるってだけだろ。

それに、話ができるのはお前だけなんだから、

どうもお父さんには、にわかには信じられないんだよ。」

「お父さんは、疑い深いからね。」

「いやいや、お母さん。疑い深いとか、そういうことでなくてですね。」

「まあ、話すと長くなるし、

私、そういう説明って苦手だからさ。おいおいそのうちにね。

それに、私だって、仕組みとか、決まりとか、理由とか、よく分かってないからさ。」

そう言いながら、美園が、両親に見せるスマホには、

「求む 霊能職者 経験不問 福利厚生優遇有り」

という求人ページが載っていた。

「へ~、時代も変わったね。

スマホで求人って、できるんだね~。」

「お母さん、論点はそこじゃないんだよ。

美園。

こんなのはね、

詐欺だよ。」

「何言ってんの、お父さん。

私プロだよ。

そんなの分かってるよ。

だから私が、就職して、詐欺じゃなくするんだよ。

ね~おばあちゃん。」

両親には、ただ古ぼけた、それも可愛くないカエルにしか見えない。

かく言う、このナレーターというのか、語り部というのか、そんな役割の、この私にも、そうであります。

「じゃ、学校終わったら、ここに寄ってくるから。

行ってきまーす。」

そう言うと、美園は家を元気に出て行った。

「お父さん。

私、自分の娘を信じなきゃダメだって分かってるんだけど、心配だわ。」

「お母さん。

私たちの娘は、一度死んだのに、生まれ返ってきてくれたんだよ。

それだけで、大感謝じゃないかな。」

「大感謝って、スーパーのバーゲンセールみたいですね。」

そう言いながら、もうお母さんは、今日のチラシを探しに行っている。

「それにね、

自分の将来を、自分で考えて、自分で決断して、進んでいくんだよ。

ある意味、独立心旺盛で、立派であると言えるんじゃないのかな。」

「なるほど。さすが、お父さん。いつもネガティブね。」

「それを言うなら、ポジティブでしょ。

お母さん、ホント英語苦手だから。」

「そうね。

私、生まれたときからずっと日本人だからね。」

「ところでお母さん。」

「なあに?」

「美薗の言う、おばあちゃんだけど、」

「ひいひいひいおばあちゃんね。」

「私方かね、それとも、お母さん方かね。」

「あー、そうね。それを聞くの忘れてたね。」


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