第11話 侵食

 丸一日、薙斗は闇の中にいた。というのも、輪倉とリゼルタ両名との戦闘において、自身の経験したことのない感覚の中で本来自分の許容上限を超えた魔力制御を行っていたせいで、魔力が少なくなってしまったためであった。人間は体内に魔力の生成機関を持っている。回復は起床時でも行われているが、睡眠時は全身への命令が止まるため、魔力の回復はより効率的になる。薙斗が回復するためには、睡眠をとるのが最も効率のいい治療法であった。身体の傷そのものは、応急処置だけ施されていたが、魔力が回復し次第、リーシャによる回復がなされる予定だ。

「それにしても、随分とまぁ派手にやらかしたもんだねえ。幸い、近くに監視カメラは設置されていなかったし、目撃者もいなかった。輪倉があの場所を指定してくれたのは、こちらとしても都合が良かったというところだね」

 戦闘終了を受けて、璃子は警察に通報を掛けた。警察が駆け付けたころには、レキナと薙斗はその場から撤退し、研究所へと戻ってきていた。レキナは翌日の朝には目を覚まし、薙斗が起きるまでの間、しばらく休みの時間を取ることにしていた。

「薙斗くんはまだ起きないようだし、私もしばらくやす――」

そう言いかけて、璃子はモニターから送られてきた幻惑偽装の監視エリアの映像に目を走らせた。そして、どうにも人の悪い笑みを浮かべて、一言呟いた。

「ほう、これは珍しいお客さんだ」


 薄暗い、だが不思議と安心する部屋の中で、薙斗はゆっくりと目を開いた。まだ視界がぼやける。自分がどうしてここにいるんだったか、その理由をゆっくりと遡るように、確かめていく。

 ふいに、ぼやける視界の中に人影が写る。女性の姿。誰だ。薙斗は彼が最も信頼を置くフェアリーと冴えない頭で断定し、声を絞り出す。

「レキ……ナ……?」

ぼやける視界の中でそう呼びかけたが、影の主はとてもそうとは思えない口調で返してきた。

「自分のフェアリーと間違えるくらいに寝ぼけてどうする……」

呆れたような口調。この喋り方は、レキナではない。薙斗はゆっくりと身体を起こしながら眼をこすり、視界を鮮明にしていく。薙斗が横たわっていたベッドの傍にいたのは、一週間ほど前に別れて以来に会う、赤のフェアリーこと、スピサその人だった。薙斗は予想していなかった人物の訪問に、思わず起きざまに質問を投げかけた。

「スピサ……どうしてここに?」

「まぁ……その……言ったでしょ。礼を返しに来た」

まさか、スピサが自ら人間に、しかも研究施設に乗り込んでくるとは思わなかった。きっと、以前の彼女ならば考えられない行動だ。もしかしたら、薙斗やレキナとの出会いが、彼女の考え方を変える要因になったのかもしれない。そうであるならば、薙斗とレキナが身体を張って彼女を守った甲斐もあるというものだ。

「……他の皆は?」

「――お待ちかね」

それだけ告げるとスピサは踵を返した。スピサにとっては、彼の回復がどれほどの喜びを伴うものなのかは分からないが、振り返り際の顔が、僅かに笑っているように、薙斗は見えた。あるいは、まだ寝ぼけているせいで見間違えたのかもしれないが。

 薙斗は、ゆっくりと起き上がり、皆の待つ研究室へと足を踏み入れた。

 研究室には予想していた通りのメンバー、レキナ、リーシャ、璃子。そして全く予想していなかったメンバーであるスピサが加わっていた。

「マスター!」

薙斗の姿を見て、レキナが飛び込んできた。全く、彼女にも随分と心配をかけてしまった。随分と無理もさせてしまった。時間はかかってしまったが、あの戦いの中で、レキナは確かに過去を乗り越えた。それは、薙斗にとっても嬉しいことだった。自由に、したいように生きる。両親が死に際ですら必死に伝えた言葉は、薙斗だけでなく、レキナも救ってみせた。親に恵まれない子供もいる。親が子供を選べないように、子供も親を選べない。そんな中でも、きっと薙斗は恵まれた親の下に生まれた。きっとこれは、両親にとっても、薙斗にとっても、そしてレキナにとっても幸運なことであったと、薙斗は思っていた。

「レキナ。迷惑かけたな」

薙斗は、飛び込んできたレキナを受け止め、ゆっくりと左手をレキナの頭に乗せた。優しく頭を撫でてやると、レキナは随分と満足そうに笑った。彼女の、レキナの笑顔が確かにここに存在している。それが何よりも嬉しかった。今回の戦い、薙斗にとってはこれが一番の報酬だ。

「私も、一杯迷惑かけたけど、また一緒に居られてうれしい……!」

「ああ、俺もだ」

ぐっと強く、レキナが腰に回していた腕の力を強める。先の戦闘で打ち付けたところが少し痛んだが、薙斗は我慢した。自分のこの程度の傷で、レキナの思いを離れさせたくなかったからだ。

「そろそろ、私の話をしても?」

薙斗が痛みに耐えている顔が見えていたのか、それとも単に自分の事情を優先したのか、スピサが口を開いた。それを見て、レキナは薙斗に連れ立ってソファへと腰を下ろした。

「あ、私、薙斗の分のお茶、用意してくるね」

そう言ってリーシャが、そそくさと部屋の奥へと姿を消す。こういう配慮ができるのは、彼女の気配りができる性格に由来するものなのか、ここの主である偏屈研究者に叩き込まれたものなのかは分からないが、たとえ社会に出ても、うまくやっていけそうな雰囲気は感じられた。

「以前、私がどうやって生きているか、というのを聞きたかったんでしょ?」

「ああ」

薙斗がスピサの質問にそう返すと、スピサはゆっくりと話し始めた。

「私は確かに、周りがいうように召喚士を持たない。誰か召喚士によって召喚された記憶はない。気づいた時には、私は山の中で生まれていた。私はどうやら他のフェアリーとは違うというのはすぐに分かった。私の魔力は、大地に眠るかつての生物の死骸が残した魔力を取り込んでいる」

その話を理解するのに、薙斗も数舜の時を要した。フェアリーは魔力をもって生きていくことができる。そして、それを行うことのできるのは召喚契約を結んだ召喚士――人間からの供給が一般的だ。今はマスターを持たないリーシャでも、生存のために――魔力特性がたまたま吸収の成分を含んでいるという偶然があってのものだが――璃子から魔力を拝借して己を確立している。本来フェアリーは、大気、水中、地中に存在している魔力自体の知覚はできても、それを吸収することはできない。それは動物相手にしても同じことだ。魔力は人間を含め、動物が生存していく中で生成し、体内機関の一つとして機能させている。研究の成果によれば、魔力は哺乳類が最も多く保有している個体が多いが、魚類や鳥類はもちろん、無脊椎動物も、微量ではあるがマナを生成、貯蔵している。

「確かにああいう山や森なんかには、種類に差はあれど動物は生息しているだろう。それなら確かに特異な体質ではあるが……君は人間以外からの動物からしか魔力供給を受けられないのか?」

「いや、それは違う」

璃子の推察に対し、スピサは真っ向から否定の言葉を返す。

「私が魔力を得られるのは、『死んだ動物』から漏れ出す残留魔力ってだけ。生きている者からは魔力を得られない」

「……人間もか?」

「……そう」

薙斗はそれを聞いて、スピサから視線を外した。生きている人間からしか魔力供給を受けられない通常のフェアリーと違い、死んでいることが条件であるがどんな動物からも魔力供給を受けられるのがスピサの身体らしい。

「薙斗ー、お茶、どうぞ」

そのタイミングで、リーシャがお茶を注いだカップを薙斗の前に置き、自分は傍らの一人用のソファに腰かけた。

「ありがとう」

そう言いながら、薙斗はカップに注がれたお茶を喉に流し込む。口当たりのいい香りと飲み心地に支配されながら、薙斗はゆっくりとカップをテーブルへと置いた。

「……スピサくん、今の話を聞いて少し気になったことがあるんだが、いいかな?」

「……どうぞ」

璃子が片手をあげて質問の要請をし、スピサはそれを了承した。了承が得られたと分かった璃子が、では早速とばかりに質問を放った。

「君が研究機関に狙われたのは、君が召喚されてからすぐではなかったかい?」

「……確かに、そうね。生まれてから三日もしたころには、最初の召喚士とフェアリーが私を捕獲しようとしてきた。まぁ、返り討ちにしたけど」

璃子の質問の意図に、薙斗はなんとなく予想がついていた。だが、本当にそうなのか、という疑問が先に立ってしまい、発言のタイミングを逃してしまった。

「もしかしたら、だけども。君は魔力制御学研究所の実験によって生まれたんじゃないか?」

「……それは考えたこともなかった」

「だが、それなら三日で捕獲に来たことにも説明はつく。通常のフェアリーなら、召喚士からの魔力供給が無ければ三日も持たず消滅する。どれだけそのフェアリーの保有魔力の上限が高くても、召喚士が優秀であっても、三日間持ったフェアリーは今まで前例がない」

薙斗が璃子の推論を裏付けるように細くの説明を付け加える。仮にも薙斗もフェアリーの研究を多少なりともかじっていた身だ。それなりの知識は備えている。

「いくら研究所が優秀とはいえ、作戦の計画や立案、人員の補充等を考えれば、予め準備をしてから君を召喚した、というのが当然のことだ。そうでなければ、君が生まれたのを発見するまでの時間分、明らかに捕獲作戦は後ろにずれこむはずだ。三日以上召喚士なしで生き残っているという実績なしに、特異フェアリーとは断定できないだろうからね」

「……なるほど、貴重な意見、感謝する。ミス・池川」

至って真面目な顔でスピサは礼を言ったが、当の言われた本人はあまり嬉しそうではなかった。

「あー、スピサくん? 璃子で構わないよ? 堅苦しいのは苦手でね」

どんだけ自分の苗字が嫌いなのか、璃子はスピサに対しても名前呼びを要請していた。これと似たやり取りは、薙斗が初めて璃子と出会った時にも見た光景であった。

「……次からは気を付けるわ」

対するスピサもまた、すました顔で流すように返した。この二人、会話の相性がいいのか悪いのか、薙斗にはさっぱり理解できないところであった。

「……ところで、狭霧薙斗」

スピサの会話対象は、いつの間にか薙斗へと移っていた。薙斗は「何か?」と返す。それを聞いて、スピサが話を始める。以前からそうだが、スピサは随分と会話のテンポを重視するようだった。相手が話を聞いている、その前提が崩れないように適宜確認してくるあたり、そういう性格がよく出ていた。

「あんた、どうしてフェアリーの研究をしているの? 普通に鍛錬だけしていれば、十分な力のある召喚士であるはずよ。かつての力を失っているとしても、ね」

力を失って以降、レキナ以外にこうしてまともに評価を受けたのはスピサが初めてだった。人と関わることの多くない生活を送ってきたというのもあるが、璃子やリーシャと会ってからも、彼女達から自分について高評価をもらったことは一度もなかった。だから薙斗にとっては、その感覚は新鮮だった。

「――俺がフェアリーの研究をしているのは、レキナが一人でも生きているような方法を模索するためだ」

薙斗は、自分の研究目的を明かした。レキナは隣で、黙って聞いていた。その顔には、僅かな、少し寂しそうな笑みを浮かべながら。

「どんな理由であれ、人間はいつか死ぬ。事件に巻き込まれるかもしれないし、事故に遭うことだってある。大病を患う可能性もあれば、ただ純粋に衰弱死する可能性もある。魔力供給源となる人間がいなくなれば、フェアリーは消滅の道を歩むしかなくなる。もし、フェアリーが一人で生きていける術を見つけることが出来れば、フェアリーは最終的に、召喚士という枷もなく、自由に生きていくことができる。フェアリーは人間のように食物による栄養摂取が必要ないから、食料資源に困ることもない。それに、フェアリーには人間にはできない魔力の使い方を豊富に持っている。フェアリーに人権を与えて、彼女達の自由意志で、人間社会で共存できれば、それはきっと、レキナが笑って生きていけるような、素敵な世界だと、俺は思っている」

もちろん、これは理想論だ。実際に成し遂げられるかどうかは分からない。もし実現したとして、それが今の世界にとって最善の選択なのかは分からない。それでも、それが薙斗が思い描き、望んでいる世界だ。もしその体系が過ちであったなら、よりよい方向に修正していく。あるいは、いつか誰かが、そのルールを根底から覆すほどに素晴らしい対案を持ってきてくれるかもしれない。そうして世界をよりよい方向に進めていく、その第一歩になりたいのだ。

「ご高説、お疲れ様でございます」

からかうように言ってみせた璃子だったが、薙斗には気に食わなかった。

「俺は本気ですよ」

「いや、別に君の考えを否定しようとかいう気はない。ただ――」

「……?」

急に、璃子のムードが暗くなったように感じた。いつもの飄々とした印象が抜け落ちたような、そんなイメージを受けた。

「――それを為すためには、君自身が大きな障害を抱えている」

いつになく真面目な口調で、それでありながら薙斗の方を向くことなく、璃子は話していた。

「どういう、こと?」

薙斗の隣にいたレキナが、首をかしげながら理由を問いただす。それを受けて、璃子はモニターに向き直り、コンソールに指を躍らせた。

「薙斗くん。リゼルタ達と戦った時、身体の感覚に変化があったはずだ。いや、その前の、ルティア達と戦った時にも、妙な感覚があったはずだ」

「確かにありましたけど……」

リゼルタと輪倉、その二人と戦った時、薙斗の中には明らかにレキナの雷が宿っているのを感じた。実際、それを利用して大きく前進し、障壁の展開領域を拡張し、魔力の反動を利用するほどの威力で行使し、本来の許容上限以上の力を発揮していた。ルティア戦においても、それほど露骨なものではなかったが、身体が軽く感じる瞬間は確かにあった。

「その瞬間、君とレキナくんのインフェクションレベルが跳ね上がっていた。リゼルタ戦では、70%を超えていた。今この瞬間、数値自体は落ち着いているが薙斗くん……君はもう、普通の人間ではなくなっている」

はっきりと告げられたわけではないために、薙斗にはいまいちその意味をつかみ切れないでいた。故に、薙斗は聞き返すように声を発した。

「どういうことですか?」

「具体的に言えば、君の身体はフェアリー化し始めている。普通のインフェクションでは考えられないことだ。そして、フェアリー化しかけている君の姿は、もう人間の私には認識できていない。辛うじて声だけが聞こえている状態だ」

それを聞いて、薙斗は先日の会話が思い起こされた。先日、研究室で璃子と会話をしていた時に、やけに反応が悪かったのは、薙斗の存在を認知することができていなかったから、ということになれば、あの無反応さも頷ける。

「で、でも、私達にはちゃんと――!」

「それは君達が同じフェアリーだからだ。周りにいるのがフェアリーばかりで、どうしても人間からのデータが取れなかったが、私の感覚だけでも十分なほどに、君は人間ではなくなっている」

薙斗はそう言われて、自分の両手を見た。その様子には何も変わったところは見受けられない。自分がフェアリー化し始めているという結論に、璃子がたどり着いた理由が分からない。

「これまで何十、何百のフェアリーが生まれてきたが、それらは全て女性だ。男性型のフェアリーは存在しない――オカルト的な話だが、世界は男性型のフェアリーを作り出すようにできていないのかもしれない。あるいは君が女性であったのなら、まだ異変が起こることもなかったのだが……」

「ま、待ってください璃子さん! 俺がフェアリー化している……その根拠はなんですか!」

薙斗は思わず立ち上がって抗議の声を挙げた。薙斗の声を聴き、璃子は再び話し出す。

「輪倉の指定場所に向かう前、リーシャによって念のため治療を受けたのは覚えているね?」

確かに、薙斗とレキナは、輪倉の下に向かう前に、リーシャによる魔力チェックと小休止を挟んでから出立していた。薙斗は「はい」と一つ頷く。

「その時、リーシャから告げられていた。薙斗くん、君の魔力には明らかにフェアリーとしての要素が混じっている、とね。リーシャ自身やレキナくんの魔力とも違う、君の中に確かに存在している、フェアリーの魔力がね」

それを受けて、薙斗はリーシャの方を見る。リーシャは視線に気づいたのか、申し訳なさそうな口調で話し始めた。

「人の魔力とフェアリーの魔力って、似てるようで実際は全然違うんだよ。フェアリー毎にも、魔力の形に差はあるけど、人間のそれとは全然違う。でも、薙斗の魔力を吸い上げた時、フェアリーの魔力を感じていた。薙斗。薙斗には確かにフェアリーの部分が存在している。……マスターと一緒に治療して回っていた時に、人間もフェアリーもたくさん治療してきたから、自信をもって私は言うよ」

薙斗は、そのリーシャの言葉を聞いて、ソファに倒れこむように力なく腰かけた。身体が重く感じているのは、寝起きや戦闘明けのせいだけではないだろうということは、薙斗には嫌になるほど簡単に理解できた。

「今後は、余計な戦闘も避けるべきだ。これ以上レキナくんとのインフェクションレベルが高まるようなことがあれば、君は間違いなく、フェアリーとしての部分が大きくなりすぎて、恐らく実体を保てなくなる。そうなれば、君は魔力体として消滅するし、レキナくんも魔力供給源を失って消滅する。そうなっては――」

「レキナ」

「はいっ!」

唐突に薙斗に名を呼ばれたレキナが身体をビクッと震わせながら反応した。

「俺は、スピサのことや、輪倉のことについて、旭川さんに話を聞かなきゃならない。最悪、父さん達が死んだ遠因があの人になるのかもしれないなら、話は聞いていく必要はある。相手の出方によっては、戦闘状態になる可能性もある。レキナ、それでも、俺についてきてくれるか?」

薙斗はいつになく真剣な目で、レキナを見つめた。ここでレキナが拒否するならば、それでもいい。レキナが嫌だと思うことを抑えてまで、自分の欲求を満たそうとは思わないからだ。

「――もちろん、ついていくよ、マスター」

その顔は笑っていたが、ひどく儚げだった。自分の消滅すらもかかっているというのに、薙斗はそれを恐れなかった。たとえ自分が消えるのならば、それでも足掻いて、自分の思う通りの生き様を貫きたい。

「さすがにどうかしている……消えるのが怖くないのか、君は?」

璃子が頭を抱えながら薙斗に問いかける。だが、薙斗は悪びれるふうもなく答える。

「怖いとか消えるとか、そういう問題じゃないですよ……俺は、俺がしたいように生きるって決めているだけです。その結果、自分がどうなるにしても、俺には後悔はしません。後悔しないように、したいことをするんですから」

「その馬鹿に、私も付き合う」

座ったままにそう告げたのは、スピサだった。薙斗とスピサの視線が交錯する。

「私も、その旭川とかいう奴に聞かなきゃならないことがあるから」

「ああ……そうだな」

薙斗はゆっくりと立ち上がると、頭を抱えたままの璃子へと告げる。

「璃子さん、今回もサポート、よろしく頼みます」

頭を下げ、懇願する。きっとその姿は璃子には見えていない。それでも、これは礼儀だった。薙斗にとって、共に立ち向かってくれる仲間に対しての、最低限の礼節。だが、声だけの薙斗に、抱えていた頭を上げて璃子は返した。

「仕方ない、私も君の馬鹿に付き合うとするよ」

それは、了承の合図そのものだった。


「さぁ、行こうか」

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