第6話 あるいは彼の自由意志

 自分とレキナの経緯を話し終えた薙斗は、大きく一つ息を吐いた。彼の膝の上には、泣き疲れたのか眠ってしまったレキナが横たわっていた。その目元は、あの時と同じように赤く腫れている。彼女は、雨の度に、あの日のことを思い出しては不安定になる。あの日、あの雨の日は、彼女にとっては被害を受けた側ではなく、害を与えた側としての、罪の意識に苛まれている。薙斗もそれに応えられるように努力をしてきたつもりだったが、一年の間に、あの日を思い出して魔力が暴発しなくなったのはまだ成長したといえるだろう。だが、それと同時に、雨になると彼女はまるで全てを取り上げられて怒られている子供のように、ひたすらに自分を責め、謝罪をし続けるようになってしまった。雨が止んでしばらく経てば、また彼女も笑顔を取り戻してくれるが、その笑顔が完全に取り戻されるには、まだもう少し時間がかかりそうなものである。

『――なるほど。君も中々に波乱の人生を送ってきたみたいだな……すまないね、言いづらいことを言わせた』

話し終えた薙斗に、通信越しに璃子が口を開いた。彼女もまた、リーシャという間接的なものとはいえ、あの事件――「フェアリー・インパクト」に関わったうちの一人だ。珍しくこういう態度になるのも仕方のないことだろう。リーシャが被害者の一人であると知った時、どう声をかけるべきか薙斗は分からなかった。薙斗もまた、被害者としての、関係者としての立場だったからだ。自分がそういった立場であると理解しているうえで、かけるべき適切な言葉が何であるのか、薙斗は純粋に理解していなかったのだ。

「ほんと、人間ってのはロクな生物じゃない……」

薙斗が答える前に口を開いたのは、赤のフェアリー――スピサだった。彼女は今まで黙って話を聞いていたようだったが、どちらかといえば、言葉を失っている、という方が正しいように見えた。

「スピサはずっとここにいたのか?」

薙斗は、スピサにそう問いかけた。薙斗がそう思ったのは、スピサの言動からだった。どうにも彼女は、先ほど薙斗が話した「フェアリー・インパクト」について、そもそも知らなかったような反応だったのだ。だから薙斗はそれを疑問に感じ、スピサに問いかけた。思えば、本当にマトモなコミュニケーションはこれが初めてなのかもしれない。

「そうね。私は生まれてから基本的にはここから動いたことがない」

「……どうやって生きてきたんだ?」

薙斗は、流れを掴んだと見た。今の彼女との状態であれば、彼女がマスターなしに活動できていることの理由を探ることができるかもしれない。本来、薙斗とレキナはそのためにここまで来たのだから。

「――残念だけど、それを教える気はない。人間は自らの富や名声のために、他のフェアリーとは明らかに違う体質をもっている私を研究しようとしてくる。あんたがもしそういう人間ではなかったとしても、人間であるという以上、心からの信頼はできない」

そう言い聞かせられて、薙斗は口を閉じた。彼女もまた、ひどく不必要な視線や暴力を経験したうえにこうしているのだろう。特異な目を向けられる、という経験は、薙斗にも確かにあったからこそ、彼女の言葉の意味がより理解できた。

「私にはもう、人を信用することができないほどの経験を積まされている。逃げ場のないくらいにね」

「――それでも、生きることを諦めるな。きっと、生きる意味を変えてくれる奴に会えるはずだ」

薙斗は、語気を強めて言い放った。それだけは、薙斗にとって何より自分の経験を元に語れることだったからだ。

「――雨も上がったみたいね」

ぽつり、スピサが呟いた。これ以上話を広めたくないのか、雨が上がったことに関して彼女に特別な意味を持つのか。どちらにせよ、薙斗にとってはそんなスピサのつぶやきに、「そうだな」と小さく返すことしかできなかった。

「ん……」

そう呟いた矢先に、足元でもぞもぞと動く気配を感じた。薙斗は視線を落とすと、ぼんやりとした表情で今の状況を確認しているレキナに向かって、「おはよう」と一言声をかけた。

「あ、マスター……私……」

「随分よく眠ってたみたいだな」

軽口交じりに話す薙斗に対してレキナもまた、少し照れくさそうに「えへへ」と笑ってみせた。その笑顔を見て、薙斗は安堵した。彼女がまたこうして笑ってくれている。それが薙斗にとっては何よりうれしいことなのだ。だから、薙斗もまた、自然と笑みが零れるのだ。

 レキナがゆっくりとその体を起こし、なおゆっくりと立ち上がる。大きく体を伸ばし、息を吐きだしながら伸ばしていた体を緩めていく。固まっていた全身の筋肉を、ゆっくりと引き延ばし、ほぐしていく。全身に血と魔力を張り巡らせていく感覚。レキナにとって、目を覚まして一番に行う一連の動作だった。

「さて、と。本当はもっと話がしたかったが、これ以上の交流はお断りらしい」

「そっか……。えっと――」

「スピサよ」

「じゃあスピサ! またいつか、ちゃんとお話ししよ! 私は、あなたと仲良くしたいから!」

レキナが、屈託のない笑顔をスピサへと送った。レキナにはフェアリーの友人は数少ない。つい先日、リーシャという友人ができたばかりではあるが、それまでのレキナにはフェアリーへの接触をなるべく抑えるようにしていた――接触したとしても、向こうが敵対視しているという場合が大概ではあったが。

「――考えておく」

スピサのその言葉を聞いて、レキナが満面の笑みで「うん!」と頷いた。その光景を微笑ましく見ていた薙斗は、晴れ晴れとした気持ちで、スピサに背を向けた。自分からは、これ以上言葉をかける必要はないだろう。目的を達成せずに戻るという結果は、あとから璃子にはいろいろと嫌味を言われそうではあるが、薙斗にとってはそれ以外にも大事なことが確かにあるのだ。

 レキナが笑って誰かといられる。それが、薙斗にとっては何よりの成功結果であり、同時に自分自身への成功報酬なのだ。

 スピサに背を向け、洞穴の出口へと歩く。薄暗い洞窟の中にしばらくいたせいか、外から差し込んでくる光は洞窟に入っていくときのそれよりも随分とまぶしく感じた。一歩ずつ、確実に外へ歩みを進めていく。出口からは風が吹き込んできている。その風を抗うように、ゆっくりと外へと――。

「待って――」

「マスター!!」

スピサとレキナが声を発したのはほぼ同時のことだった。それに気づいた頃には一本の茨が薙斗に向かって突進してきていた。薙斗は反応が遅れた。とっさに前へ進めていた足を後ろに下がらせるが、間に合わない――。

「ああっ……!!」

だが、突如として襲来した茨は薙斗を捉えなかった。しかし、彼の身代わりのように、レキナの左腕に茨が巻き付いていた。レキナから痛みを訴えるような声が響く。あの一瞬のうちに、薙斗の元に全速力で駆け付けたレキナだったが、薙斗を引き離すまでは成功したものの、自分がダメージを受けることになってしまっていた。

「い……ぐあぁっ!」

茨はきつく絡みつき、ところどころに突起した棘によって、レキナへとダメージを蓄積させている。レキナの左腕、棘の刺さった場所から血が流れ出ている。

 このままではまずい。レキナは対処が分かっていない。ならば、自分が指示を与えるしかない――!

「レキナ、茨の一点に電撃を集中させろ!」

「う……うああっ!!」

なおも呻きながら、レキナは左腕に魔力を込める。そうして一点に集中していく雷は、高温の一点電熱の攻撃によって茨を焼き切る。レキナに絡みついていた茨は電池の切れたおもちゃのようにその動きを止めていき、ほどなくしてレキナの腕から剥がれ落ちていく。

「レキナ! 怪我は!?」

薙斗は焼き切った反動でのけ反ったレキナを支えながら怪我の状況を確認する。

「きっついなぁ……マスター、少し、魔力回してもらっていい?」

「ああ」

薙斗はサイファーを通じてレキナへと魔力を送り込む。フェアリーにとっては、魔力もまた、血と同様に重要な存在である。だがそれと同時に体を構成する要素となっているのが魔力だ。フェアリーはある程度の傷口は、魔力をそこに集中させることで塞ぐことができる。もちろん、内部的な損傷や大きすぎる傷口には、そもそも魔力を回せるかどうかもわからないが、今回の傷はそこまで大きくはない。薙斗の魔力を消費する形にはなるが、応急的治療は可能だ。

「今の攻撃……フェアリーか……」

「懲りずにやってきたってわけね……」

そう言いながら、スピサがゆっくりと洞窟の外へと歩みを進めていく。その顔に表れていたのは、怒りの感情だった。彼女の怒りが、どういうものに起因するものなのかは分からない。ただ、その顔は曇りがなかった。自分の決めたことが間違っていないと。そうであると確信しているかのような、そんな顔だった。

「スピサ、お前は――」

「あんたたちは隠れるなり帰るなりすればいい。これは私の問題だから」

そう言いながら、スピサはその足を止めることなく、歩みを進め続ける。間もなく、洞窟からその身を晒す。まず間違いなく、再び茨が突っ込んでくるだろう。幸い、レキナの傷はほぼ完治している。ならば――。

「俺たちも行く」

その言葉に、思わずスピサは振り返った。先ほどの怒りとは裏腹に、どうにも驚いた表情であった。

「バカなの? あんたたちには関係ないでしょう」

「いいや、ある」

薙斗はきっぱりとスピサの言葉を否定した。その瞳には、一点の揺らぎもない、真っすぐに突き抜けた意志がこもっていた。両手の拳を固く握りしめながら、薙斗は続ける。

「相手は俺を庇ってくれたレキナに傷をつけた。その借りを返すってだけでも、手を出すには十分だ」

「というか、そもそもマスターのこと狙ったんなら、私だって手を出すに十分だし!」

レキナが薙斗に続いて一歩前に踏み出しながらスピサに抗議する。レキナの瞳もまた、強い意志を宿したそれだった。そして何より、薙斗にとって敵性フェアリーとその召喚士は研究目標としての大切なサンプルなのだ。戦う理由もあれば、逃げる理由など薙斗とレキナにはこれっぽっちも見当たらないのだ。

「それにさ」

一歩、さらに一歩、踏み出しながら薙斗は続ける。

「レキナの大事な友達が、自分の領域を守ろうと戦うんだ。マスターとしては、レキナのためにもやらせてもらうぞ」

そう言って、薙斗はレキナよりもスピサよりも先に、その身を白昼の元に晒した。


 ヒュンっという風を切るような音と共に、先ほどと同じ方角から茨が一本、薙斗へ向かって突進してくる。だが、先ほどと同じ轍を踏む必要はない。その接近を予め予測していた薙斗は、茨の突進を視認するよりも前に、右腕を振りぬく。その右手には、魔力の剣が既に形成されていた。空間に刻まれた切り傷が、その傷を広げるようにして領域を拡大し、魔力障壁を展開。直後に突進してきた茨がその魔力の盾に弾かれ、その勢いを失う。一方の障壁は、多少のひび割れこそあるが、その姿を保っている。直接的な打撃力に関しては、茨はそこまで脅威ではない。薙斗は更に障壁を重ねながら、レキナに出てくるよう促す。薙斗にとって、茨で絡めとられては、レキナのように逃げ切る術がない。魔力の剣を用いても、断ち切るだけの熱量、あるいは鋭さを兼ね備えられているとは思えない。薙斗にとって魔力剣はナチュラルな武器としての運用ではなく、障壁の質と展開精度を向上させる補助的な面が強い。だからこそ、薙斗にとっては守り切ることが重要なのだ。

「とにかく相手の姿を視界に捉える。話はそれからだ!」

「了解、マスター!」

そう言いながら、レキナが飛び出す。唐突に現れたレキナに、茨の動きが止まる。薙斗もそれを確認して飛び出す。相手の位置が分かれば、今後の対処もまたやりやすくなるはずだ。戦うにしても、交渉するにしても。

 だが、薙斗は視界に収めたフェアリーと召喚士を見て、硬直した。

 やや茶系の色をした長髪を携えた、人間ならば三十程度の女性とその隣にいた、十にも満たないだろう少年。そして、その少年の左手には、召喚士の証――サイファーが埋め込まれていた。

「あの年齢で……召喚士……!?」

フェアリーを召喚する――命を生み出すというその行為は、魔力的、肉体的に大きな負荷がかかる。魔力の扱いが人より優れている程度では、フェアリーを生みだすどころか自らの命を落としかねない。だからこその召喚士適性試験なのだ。召喚の儀に際して想定外の事態が起こったとしても、対処できるかどうかを、あの試験では見定めている。だが、それ以前に、目の前の少年のような未成熟な体では、魔力や鍛え方の問題ではなく、身体がそもそも耐えられない。フェアリーを召喚するということができるわけがないのだ。

「ママ、お仕事、頑張ろうね」

「ええ。あなたのためですもの」

少年の声に、ぼんやりと聞き覚えがあった。そんな曖昧な薙斗の記憶を知ってか知らずか、レキナが口を開く。

「大人しく駅前でクレープでも食べていてくれれば……戦わなくて済むのに……!」

薙斗はそれを聞いて思い出した。この二人は、薙斗とレキナがバスを待っていた時にクレープ屋へと足を運んでいた親子だ。いや、親子――?

「いろいろと腑に落ちないな……彼らは明らかにフェアリーと召喚士。しかも召喚士の方は明らかに幼すぎる」

「何もおかしいことなんてないわ」

茨のフェアリーが口を開く。その言葉には嘘偽りの成分が含まれているようには思えなかった。それほど、断言した、自信に満ちた口調だった。

「私はこの子の母親として、この子のフェアリーとして、この一生を尽くすと決めてるのよ」

そう言いつつ、茨のフェアリーは両手の人差し指を茨へと変化させる。先ほど、レキナに絡みついてきた茨は一本焼き切ったはずだが、相手には外傷が見られない。先ほどの攻撃の間に修復していた可能性はあるが、それにしても動きに乱れが感じられない。おそらく、茨そのものは体とは別の物体として生成されているものとみていいだろう。

「私たちが生きるための、邪魔をしないでくれるかしら!!」

茨のフェアリーは変化させた人差し指の茨を薙斗とレキナそれぞれに突進させてくる。薙斗は先ほど同様に剣を一振りして盾を作り出す。茨は盾に弾かれて勢いを失い、するすると茨のフェアリーの元へと戻っていく。レキナは迫ってきた茨を、雷による加速で回避する。地面で勢いを殺しながら一度回転しながら立ち上がり、次撃へと備える。

「そのために他のフェアリーをひっとらえようってんだから、笑えないな――ルティア!」

そう言いながら、薙斗の隣に、スピサが並び立った。その顔は、ただ目の前の敵への憎悪を示すばかりの顔だった。

「スピサ……」

「契約は守る。そっちが手を出さなければ、こちらも手は出さない」

スピサは薙斗に視線を送ることなく、そう告げた。その言葉は、今この場にとっては何よりありがたいことだった。薙斗は小さく笑ってそれに答えた。

「ああ、頼むよ」

その会話の間に、茨のフェアリーも次撃の準備を整えていく。両手の人差し指と中指を同時に茨へと変化させていく。

「こっちはこの子と生きるための選択肢としてこれを選んだ。誰にも文句は言わせない。そこの召喚士とフェアアリーにも、スピサ、あなたにもね!!」

叫び、茨のフェアリー――ルティアが四本の茨を突進させる。薙斗とスピサへ一本ずつ、レキナへと二本。薙斗は障壁を展開して茨を防ぎ、スピサは片手を伸ばし、その先から溢れさせた炎で、スピサに絡みつく直前で燃え尽き、その勢いを失っていく、燃えカスとなった茨を引っ込めつつ、更に、次の茨の準備を始めていた。

「くっ……!」

レキナは迫りくる二本の茨に対し、一つは回避し、残り一本はギリギリで雷で撃ち落とす。そこで薙斗は気づいた。レキナにとって、ルティアとの戦闘は相性が悪い。レキナの電撃は直線的に放たれるものだ。対象となるものが細ければ、より正確な攻撃が必要とされ、攻撃にしても迎撃にしても、レキナが茨を撃ち落とすのは手がかかるのだ。

「レキナ!」

「大丈夫、まだなんとかなる……!」

薙斗の呼びかけはレキナを案じてのものだったが、当のレキナ本人はまだどうとでもなると感じているようだった。だが、茨の本数が増えれば自然と対処が難しくなっていくのは当然のことだ。これ以上の本数をレキナに相手させては、いつかレキナは茨に捉えられる。

「スピサ、お前の炎なら、ルティアって言ったか……あいつとは相性はいいんじゃないのか」

茨に向かって剣を振りぬきながら、薙斗は傍らのスピサに問うた。先ほどの様子を見るに、スピサの炎は茨を焼き尽くし、最奥への接近を許さなかった。薙斗達との戦闘の時にも、幅の広い炎の攻撃で薙斗達を近づけまいとしていた。広範囲の炎で相手の茨を全て飲み込むことができれば、接近しての攻撃も不可能ではなくなる。レキナにとっては、不利なままの遠距離戦よりも命中率の高いであろう近接戦闘の方がやりやすいはずだ。

「燃やすまではいいけど、それじゃあこっちが不利になるだけ」

「どういうことだ?」

薙斗はスピサへちら、と視線を送りながら理由を問う。ルティアはかわるがわる茨を放ち、その隙は少ない。レキナが回避行動の中で雷を放つが、ルティアに当たる前に防御用に展開された茨によって防がれる。

「彼女の召喚士――峰岸雄一みねぎし・ゆういちは分析系の魔力制御ができる。こちらが彼に少しでも魔力由来の攻撃を当てれば、それをほぼ同一の威力で跳ね返してくる。まともに戦ってたらこっちがジリ貧になる」

スピサが苦虫を嚙み潰したような顔を見せた。ルティアとの相性は明らかにいいはずのスピサが圧倒的勝利を収めることもなく、どころか幾度も追い詰められている理由が、その時ようやく薙斗は理解できた。

「なるほど……あの少年をなんとかしないとこっちがやられるばかりってわけか」

だが、それは現代における戦闘においては甚だ論理に合わないものだ。現代戦闘術の多くは力制御を利用したものがほとんどだ。元来から存在していた拳法や剣術といった類は、一部でこそ魔力制御の理論確立前の状態で残ってはいるが、現代の魔力制御と併用して受け継がれている。

(全く、魔力に頼りすぎた結果、それが足枷になるとはな……!)

分析系の魔力制御は自身の触れた魔力構造を読み解き、それを極一時的に複製、複用することのできる魔力制御系統だ。よっぽど適性がない、ということではない限り、己の研鑽と努力によって獲得することはできる。だが、そもそも相手の魔力体に触れることでしか分析を行えないことから、特性に対してリスキーであり、習得はしていても使わない、あるいはそもそも習得しないというのがほとんどだ。かくいう薙斗もまた、当時は分析系の特性は習得の優先度は低いとして、後回しにしていた。

「なんとも厄介だが、それでも……!」

薙斗がそう呟くと同時に、ルティアの茨攻撃が収まった。

「今だ……!!」

レキナがその隙を見逃さず電撃をルティアへ向かって放つ。だが、薙斗はそれが悪手であると、電撃が放たれた瞬間気づいた。

「レキナ! 下がれ!!」

「えっ?」

レキナがその指示に気づくと同時に、ルティアの前には召喚士の少年――峰岸雄一が立ち塞がっていた。そして、その電撃に向かって両腕を伸ばす。その目は、幼いながらも決意を噛みしめたそれだった。

 レキナの雷が、雄一の両手へと直撃する。そして、それと同時に雄一の両手に集中していた魔力が弾け、その両手から雷が放たれる。

「来る!」

「レキナ!! 後ろに!」

「う、うん!!」

レキナが薙斗の後方に飛び込んでくるころには、薙斗は剣を二振りし終えていた。さらに雷が接近するまでの間に、もう一振りが間に合う。雄一から放たれた雷は、薙斗の張った障壁二枚を貫通し、三枚目で相殺された。

「両手撃ちの雷だったから四枚も覚悟したが……なんとか止まったか」

レキナの雷は、薙斗の障壁と比較するなら、片手撃ちで二枚、両手合わせてで四枚破壊するほどの威力を持つ。一点集中によって威力を局所に集めているためにこれほどの威力が出せるため、むしろ範囲の広い攻撃や打撃的な攻撃は障壁の能力を存分に活かすことができる。なんにせよ、普段のレキナとの鍛錬によってレキナと薙斗自身の力量を刻み込んでおいたおかげで、どうにか難を逃れた。

「はぁっ……!! どうだ!! ママには……手を出させない……!!」

たった今、レキナの雷を反射してみせた峰岸雄一が、大きく息を吐き出しながら啖呵を切ってみせる。

 確かに、あの反射は厄介と言わざるを得ない。こちらの攻撃を通せなければ、勝ち目は薄い。だが、分析系の特性は真っ向から打ち破る術を持たない。彼に攻撃を当てることなく接近し、あの二人を引き離すことが出来れば、そこは間違いなくつけ入る隙になる。こちらは二人のフェアリーと防御特化の召喚士一人。向こうは攻防一体のフェアリー一人に受け専門の召喚士一人。ならば、やることは決まっていた。

「レキナ。スピサ。これは勝つための戦いじゃあない」

「マスター……?」

薙斗は真っすぐに少年――峰岸雄一に視線を固定していた。雄一はレキナの電撃を一度反射しただけでありながら、肩で息をしている状態だった。遠くからでも、額に汗が滲んでいるだろうことも容易に想像できた。

「見えるか。彼は、苦しんでいる。自分の身体なんて鑑みることなく、目的も理解しないまま親の言う通り戦っている……。彼はまだ、今の戦いが自分にどれだけの負荷を与えているのか、認識できていない……!」

このままでは、いずれ崩壊する。それは幼いころから魔力制御の鍛錬を積んできた薙斗だからこそわかることだった。幼い身体での魔力制御は、自分の身体がどれほど持つか理解した上で扱わなければならない。それが分からない者は、魔力制御能力という一つの競争から簡単に落ちていく。雄一は、その類の人間だ。それがフェアリーという別個の魔力制御対象を備えているならば猶更だ。

 あるいは偽善なのかもしれない。

 あるいは傲慢なのかもしれない。

 あるいは、ただの正当化の理由付けなのかもしれない。

 ただの建前かもしれない。

 それでも。

 だからこそ、これは。

「――これは、救うための、戦いだ」

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