第4話 雨の記憶

 雨は嫌いだ。雨の日は、どうしたってあの日のことを思い出す。

 降りしきる雨の中で、雨でありながら煌々と燃え盛る建物。響き渡る悲鳴、叫び、泣声。自分がこの世に生を受けてたった数日後に目にしたその光景は、レキナにとっては最悪のそれだった。もしその日、そこに行っていなければ。もしその日、雨が降っていなければ。

 こんなことが起こるとわかっていれば、私が生まれてこなければ。こんなことにはならなかったはずなのでは。

 それでも彼女が懸命に生きようと決めたのは、他でもない彼に、ただ一つ、頼まれたからだった。だけど、それでも何かここまでの結果が変わるわけではないと分かっている。それを分かっていながら、彼はそれでも頼んできた。これはきっと罰であり、贖罪なのだ。私が、命を懸けてそうすべきことなのだ。だから、私は――。


「ごめんなさい……私……私が……」

しゃがみこんでしまったレキナを見て、薙斗は焦った。赤のフェアリーは動きを止めたが、それも一時的なものだ。となれば、雨が止むまでは動けないであろうレキナを守るような形で布陣した方が合理的だ。薙斗はレキナの前まで走り、キッと赤のフェアリーを見つめた。どうやら痺れもなくなってきたようで、まだ少し覚束ないながらも、ゆっくりと立ち上がる。こちらの様子を見て、どうやら驚いているようだったが、それを見て攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。

「この雨じゃあ、戦いようがない、か――」

空を見上げ、その雨量を感じた赤のフェアリーは、そう呟くと、薙斗達を一瞥して、撤退を開始する。

「まずい、逃げられる――!」

速力こそそこまでないようだが、このまま背中を見送るだけというわけにはいかない。だが、レキナをここに置いてどこかに行くなどという選択肢が、薙斗の中に存在するわけがなかった。だから薙斗は、しゃがみこんだレキナの手を半ば強引に取る。そして、手を引いて走り出す。もともと動くという意志のない相手を引っ張って進むというのには、ただ手を繋いで走るよりも随分な労力が必要になる。だが、レキナがこうまで怯えてしまっているのは、自分に間違いなく原因があるのだと、薙斗は思っていた。もっとうまくできていれば、もっとうまく立ち回れていれば、彼女を悲しませることは――笑顔を曇らせることは、なかったはずなのだ。

「私……私は……」

「大丈夫だ、レキナ。お前は大丈夫だ。俺も大丈夫だ。大丈夫だから……」

そう声を掛けながら、薙斗は赤のフェアリーの背中を追う。差が縮まることはないが、逆に大きく離されているわけでもない。まだ追いかけることは可能だ。


 しばらく走り続けたところで、薙斗とレキナは山にぽっかりと開けられた横穴へとたどり着いた。赤のフェアリーは、どうやらこの奥へと進んでいったようだが、とりあえず今は雨を凌げればそれで構わない、そう思った薙斗は、入り口から十数メートルのところで腰を下ろした。穴の向こうには一つの明かりも見当たらなかった。このまま進んでいくのは、あまり得策ではないだろう。レキナに電撃で道を照らしながら進むこともできるが、肝心のレキナは、今とてもそれができるような状態ではなかった。レキナは両足を抱え込んで動けなくなってしまっていた。

『薙斗くん、聞こえるかい?』

「あ、はい」

唐突に、今まで黙っていた璃子が通信を送ってきた。ここまでの状況は通信と映像から大体のことは向こうも把握してくれているだろう。

『全く、負けたのか勝ったのか、よくわからない状態だね、ほんと』

実際そうだろう。戦闘自体は優勢に進んでいた。だが、今はまるで負けて逃げ込んできたような形になっている。璃子がそういう感想を抱くのも、当然といえば当然のことである。

『――レキナくんの状況、聞かせてくれるかな、神童、狭霧薙斗くん?』

だが、璃子のその言葉は、薙斗にとっては聞き流すことのできないものだった。

「璃子さん、俺のこと調べたんですか?」

『君達のインフェクションレベルの高さが気になって少し調べさせてもらったよ。可能ならば、君の口から、聞かせてもらいたいね』

薙斗はそれに答えを返すべきなのか迷った。傍らで蹲っていたレキナは、疲れてしまったのか、眠りについていた。レキナが地面の方へ倒れないよう、ゆっくりと自分の方へと引き寄せる。耳元で僅かに聞こえる彼女の吐息は、ゆったりと落ち着いたものだった。それを聞いて安心した薙斗は、一つ息を吐く。この状況もまた、薙斗にとっては大きな目的の動機であるのだ。自分の目的を告げずに彼女にこれから協力を申し出るのも、不公平なような気がしてしまう、そう思った薙斗は、彼女に告げることにした。もっとも、璃子の方から何かしら「自らの目的」というものを聞かされたことはないのだが。

「その話、私にも聞かせてもらえるか?」

唐突に、洞窟の奥から声が聞こえた。薙斗の意識はすぐにその方向へと走らされる。無意識のうちに、意識していた。洞窟の奥から姿を現したのは、先ほどまで戦闘状態であった赤のフェアリーだった。敵意が全く感じられないというわけではないが、戦意は先ほどとは見違えるほど感じられなかった。

「レキナに――こいつに手を出さないと約束してくれるなら、俺も手は出さないし、話も聞かせてやる。その代わり、後でお前の話も聞かせてくれ」

「手を出そうとすれば、容赦なく焼き殺す」

「契約は成立だな。えっと――」

「――スピサ」

赤のフェアリーはぽつり、自らの名を名乗った。薙斗にとって、それは大きな一歩だった。名前を呼ぶこと。それは信頼関係を築く上では重要なファクターの一つだ。それを彼女から引き出せたのは成果としては大きいものであるのは間違いない。

「狭霧薙斗だ。よろしく、スピサ」

静かに笑みを浮かべて、自分の紹介も返す。そして、それが済んだところで、通信機の向こうから一つ聞こえた咳払いに、薙斗は璃子の存在を思い出す。そして、ゆっくりと深呼吸を一つして、口を開いた。

「話の始まりは、一年前のことだ――」


 一年前に行われたフェアリー召喚士適合者選抜試験。選抜試験は、筆記や実技の試験を得て、候補となる魔力制御能力者を毎年五人から、多いときには二十人ほどの人数まで絞り込み、最終選考へと移る。最終試験では最低ラインとなる絶対評価こそ存在するが、基本は相対評価による、上位の極一部だけが新規の召喚士として認定される。そしてこの年、選りすぐられた十人の最終候補の中に、一人の天才が残っていた。

 少年の名は狭霧薙斗。若干一三歳にして十を超える魔力特性を獲得し、それを行使してみせた、当時魔力制御の神童と呼ばれていた存在だった。彼はこの年、一七歳にしてフェアリーの適合試験に臨んでいた。最年少でこそなかったが、召喚士試験に臨んだ人間としては十分に若い。彼は十人の最終候補の中で圧倒的な魔力制御能力で、その年唯一の新規召喚士と認められた。

 彼は翌日の召喚の儀をもって、フェアリー、レキナの召喚に成功する。彼も、レキナも、彼の両親も大層喜んだ。薙斗の両親は魔力制御に優れた人間ではなかったし、その血筋もまた平凡なものであった。それゆえに、薙斗という天才が生まれたことは彼ら両親にとっては誇りであった。薙斗はかつて、両親に問うたことがあった。

「父さんたちは、俺の功績が自分たちの功績と同価値だ、って思ってる?」

両親は夫婦揃って嘘や冗談が苦手な人達だった。だから、正直な答えが返ってくると踏んでそんな意地の悪い質問をした。世間には、自分の子供の評価を上げることで親である自分の評価を上げようとする親が少なからず存在している。事実、薙斗は幼いころから、同年代の優秀な魔法制御能力を持つ者たちの親の、背筋が凍るような視線を何度も見てきた。小学生が魔力制御の能力を鍛える訓練日に、彼らの親がいない日はなかった。薙斗は、彼ら大人達が心底怖かった。だから成長したその時に、彼らに問うたのだ。本当は彼らも、自分たちの顕示欲に子を利用していたのでは、と。

 だが、その質問を聞いて父は大口を開けて笑っていた。

「ははは……薙斗、確かにお前は俺たちの自慢の息子だし、お前が評価されるのは自分のことのようにうれしい。けどな、薙斗。お前は俺たちに言われたわけでもなく、誰かからの評価を欲したわけでもなく、ただ己の研鑽のために努力してきた。だから、これからも自分のしたいように技術を高めていけばいい。親のためとか、友達のためとか、世界中の人間のためでも――誰かのために使うときは、胸を張って、「自分で決めたこと」だと言って使え。それがどんな理由でも、父さんたちは応援するぞ」

いつになく力強い言葉に、薙斗は冷や水を叩き付けられたような感覚に全身を打ち付けられた。そうだ。こんな質問、する必要など微塵にもなかったのだ。薙斗の両親は頻繁に訓練を見に来る親ではなかったが、たまに訪れるとき、彼らは厳しい顔も他者に対しての誇らしげな顔もしていなかった。

 ただただ、子の成長に喜んでいた。世間的には「親バカ」と称されても仕方のないその姿は、きっと既に今の質問の答えを表していたのだ。薙斗がそれを理解できていなかっただけだったのだ。

「あ、でも、犯罪だけはしちゃだめだからね?」

「はは、そうだな、それ以外だったら好きにすりゃいいさ」

そう言って笑う両親に、薙斗もまた、自然と笑みが零れた。こんな恵まれた親の元に生まれてくることができた自分は、なんとも幸運な子だ。そう実感した。レキナという新たな家族を迎え入れたとしても、この幸せは変わることなく続いていくのだろう。そう確信していた。

 召喚の儀の翌日、薙斗とレキナは、両親に連れられて巨大なショッピングモールへと出かけて来ていた。両親の「新しい家族が増えたんだから、そのお祝いだ」との弁の元に、彼らはそろってここに訪れていた。

 その日は生憎の雨模様ではあったが、まるでそれを吹き飛ばさんとするほどのからっとした笑顔の両親が、薙斗とレキナに先行するような形で歩いていた。

 モールの外周部に設置されていた屋外カフェテラス――とはいうものの、外気に触れているだけで屋根はあったため雨は凌げた――で座っていた狭霧一家の年長二人が口を開いた。

「何か買ってくるね。何がいい?」

「ああ、いやいいよ、俺が行く」

「まあ座って待っとけ、主役だろうが」

気を遣わせては悪いと思って自分が買い出しに行くよう提案した薙斗だったが、両親はあっけなくそれを却下してモールの中へと入っていった。遠目に見える両親は、何やらアイスでも買うつもりのようで、モール内の売店で品定めしていた。

「マスター」

ふいに、隣に座っていたレキナが口を開いた。その顔はとても優し気だった。その視線は真っすぐに、薙斗の両親へと注がれていた。心の底から幸せを噛みしめているかのような、そんな表情だった。

「私ね、マスターも、マスターのお母さんもお父さんも、みんな好き。とっても優しい人たちだから」

雨音の奏でるBGMの中で、その言葉は一際優しさの籠った声だった。きっと彼女もまた、人を優しいといえるほどに、優しいフェアリーなのだ、と薙斗は強く感じた。フェアリーというのは、召喚士の魔力と想像から生まれてくるもの。召喚士に性格が似た、あるいは召喚士の理想像とするフェアリーが生まれやすいのはそうした理由から来ている。

 もしかしたら彼女もまた、自分のために動いているつもりでありながら、誰かを幸せにできる、そんな人生を送ってくれるのかもしれない。薙斗はその時、そう思った。誰かを慈しむということは、薙斗には少し荷が重いことだったが、自分も含めた、誰かのために動くことのできるフェアリーだったとしたら。きっと彼女とはいい関係を築けるような気がしていた。

 だから、無意識のうちに、薙斗はレキナと同じ言葉を返すのだ。

「ああ、俺も、レキナや、父さんや母さんのことが――」


 同じ言葉を、返すつもりだったのだ。


 その時、目に見える世界全てが光輝きだす。いや、そう感じたのは一瞬で、次の瞬間に世界を覆いつくすのは雨音のBGMをかき消すほどの轟音、揺れ動く地面、何かの衝撃による暴力的な風圧、そして。


 目の前で崩れ落ちていく巨大なショッピングモールの中に消えていく、父と母の姿っだった。


 意識がぼんやりとしていた。頭が揺れているような感覚。先ほどの衝撃に吹き飛ばされた薙斗は、降りしきる雨の中で、朦朧とした意識の中でゆっくりと起き上がった。しばらく足元しか見ていられなかったが、腰を折り曲げたままで十数秒の深呼吸の繰り返しによって、ようやく意識がはっきりしてきた。そして体の感覚を確かめるように、ゆっくりと曲げていた腰を伸ばしていく。それと同時に目の前の光景が視界に飛び込んできた。

 ショッピングモールとしての姿は見る影もなかった。そこには十階からなる巨大ショッピングモールを構成していた瓦礫の山と、雨に当たることなく燃え盛るいくつかの建物だった。

「あ……そん、な……」

時を同じくして目を覚ましたレキナもまた、その光景が目に焼き付いていた。だが、その惨状を認識した次の瞬間には、すぐに薙斗は走り出していた。父と母を助けなければ。

「父さん……母さん!!」

叫びながら走る。レキナもまた、それに続いて走りだす。踏みしめるコンクリートのところどころにたまった雨水が跳ねる。すでに雨でずぶ濡れになってしまっていた靴やズボンを更に上塗りで濡らしていく。いつもなら嫌がって避けるそんな水たまりなど、今の薙斗には微塵にも意識に入らなかった。足に魔力を集中させ、蹴る力を高め、速度を上げて一気に建物へと接近していく。自身に掛かる重力を軽減させ、向かい来る風は右手を翳した先に作り出した障壁で後方へと流していく。何年にも渡って積み上げた努力の結果を余すことなく発現させて、最高速度ですっ飛んでいく。

 薙斗は建物だった場所までたどり着く。数秒遅れて、レキナも到着する。

「父さん!! 母さん!!」

「お母さん! 返事して、お父さん!」

薙斗とレキナは、必死に両親を探した。どこにいるかさえ分かれば、まだ助けられる可能性は十二分にある。だが、今頼りになるのはその当人からの返事だけである。こんなことになると分かっていれば、魔力凝固系統ではなく、探査系統の鍛錬を積んでいたというのに……! と薙斗は歯噛みする。だが、今はできることをしなければ。少しでも可能性をつぶすわけにはいかない。

「……ぎ、と……」

僅かに聞こえたその声を、薙斗は聞き逃さなかった。声の方向に視線を向けると必死にこちらに視線を送ってくる中年男性の顔が見えた。その顔は見まごうことなき、薙斗の父その人であった。

「父さん!」

「お父さん!!」

薙斗とレキナはそちらへと駆け寄る。父の身体はそのほとんどが瓦礫の下に埋まっていた。辛うじてその瓦礫から逃れたのは肩口から上、そして右腕だけだった。

「よかった……お前ら、無事みたい、だな……」

「父さん、今助ける……! レキナ、ここは俺がなんとかする。母さんを探して――」

「薙斗、レキナちゃん――」

父がそこで二人を止めた。今にも動き出そうとしていたレキナも、その声に立ち止まる。

「母さんは……もっと奥で……多分、もう……」

「勝手を言うな! まだ――」

「見ちまったんだよ……母さんの頭が、瓦礫に埋もれていったの……」

その言葉に、薙斗は胸が詰まる思いだった。あの時、父と母は互いが一番近くにいたはずなのだ。遠目に見ていた薙斗やレキナよりもよっぽど状況が分かっているだろう。そんな父がそういうのだ、きっと間違いではないのだろう。だって、父も母も、嘘も冗談も苦手なのだ。

「――だったら、父さんだけでも助ける……!!」

薙斗は、父の上に覆いかぶさっている大量の瓦礫の一つに触れる。それを、魔力を利用してゆっくりと持ち上げる。念動系統の魔力制御は、多くの魔力制御の中でも基本とされるもの。薙斗にとっては最も長い期間、鍛えてきた分野だ。絶対に助け出してみせる、薙斗はその一心で魔力を振るい続けた。


 薙斗が懸命に瓦礫をどかしていく中で、彼の父は言い出すことができなかった。

(悪いな、薙斗――お前の気持ちは嬉しいが、全身の感覚なんてほとんどねぇんだ。心臓が脈打って血液をポンプする度に、身体のどっかからそのまま血が出ちまってる……それももう、どっから出てんのかも分かんねえ……)

薙斗に見つけて貰えたのは不幸中の幸いだろう。たとえこの先自分の命がどうなるにしたって、最期に息子の顔を見ながら死ねるなら本望だ。

 いつの間にか、段々と意識も薄くなってきてしまった。神の存在を信仰心的に認めていたわけではないが、この時ばかりは祈らずにはいられなかった。

 ああ、神様。この際痛いのはとことんまで耐える。だからもう少しだけ、あと少しだけ、話をさせてくれ。意識を、途切れさせないでくれ。

「薙斗……」

薙斗は父の言葉を聞きながら、必死に瓦礫をどかしていた。傍で父を励ましていたレキナもまた、父の言葉を聞き逃すまいと、励ましの声を一度止めた。

「忘れんなよ……お前は……したいように生きていいんだ……」

ああ、駄目だ。もうほんとに意識が遠のいてきた。

「まだだ……父さんも母さんも、まだ生きてていいんだよ……! こんなところで、こんなところで!!」

ああ、泣くなよ、薙斗。お前は今まで、どんなに怖いことにも、強い相手にも、泣いて逃げ出すことなんてことしなかった。男だろ、泣くなよ――。

「なぎ……と……」

もう自分が何を発言しているのか、何を見ているのかも分からない。それでも、これだけは、これだけは伝えなければ、死んでも死にきれない。薙斗、きっとこれは、たとえ母さんでも同じことを言ったはずだ。だからこれは、父親の言葉であり、母親の言葉だ。絶対に聞き逃すなよ。こちとら、最期の言葉を振り絞るつもりなんだ、文字通り死ぬ気で、な。

 薙斗。

「……生まれて……きて……くれて……ありがと……な……」

ああ、情けねぇな。最期の最期で、こっちが泣いてちゃ、示しがつかねぇや。

 視界が、黒く染まる。


 分娩室から聞こえてくる赤子の声。

「狭霧さん、おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

聞こえてくる看護師の声。ああ、最後に泣いたのは、きっとこの日だ……。

「名前、もう決めたの?」

妻がそう問う。生まれた時から、すでにその名は決めていた。

「薙斗だ。迷うことはあっても、決めたことをぶれることなくやり切れる子に――真っすぐに生きてくれる子に」

真っすぐに。自分のしたいように。


「お父さん……? お父さん!! お父さん!!!」

目を閉じた父親に、レキナが言葉をかける。だが、父はもう動かなかった。薙斗は瓦礫をどかし続けていたが、瓦礫の量は全く減る様子が見えなかった。もう、父からの返事は返ってこない。薙斗は、その場に膝からがっくりと崩れ落ちる。そして――

「うう……あああああああああああああああっ!!!!!」

絶叫した。自分は一体、何のためにここまで生きてきたのか。神童と言われ、召喚士としてまた新たな一歩を踏み出した。それでありながら、目の前の命一つ救えなかった。

 薙斗が絶叫する中で、レキナは本能的に感じ取った。が、すぐ近くにいることに。


 雨は、まだ止まない。


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