第3話 赤のフェアリー

 薙斗は、レキナと共に電車を乗り継いで二時間ほどの場所へとたどり着いていた。ここから更にバスと徒歩の道のりをもって、件の山岳へと至ることになる。二時間かけてやってきた街の空は、少し雲が増えていた。とは言っても、出発の時には快晴だったこともあり、そこまで悪化したとは思わなかった。季節的には、まだ日光が鬱陶しく感じる頃合いではない。だが、二人の上空で主張を続ける太陽は、地上の人間に容赦なく光と紫外線を降り注いでいる。

「ここからさらに三十分か……璃子さんに交通費の請求でもしておかないとな」

目的地の最寄りの停留所まで、三十分。電車での二時間も含めると、移動に時間も金もそこそこにかかってしまっていた。半分は自分の意志でここまで来たとはいえ、やはりこの移動は手間を感じていた。移動するだけであるなら、レキナの脚力を利用すればかなり短縮することはできるが、間違いなく人目を引いてしまう上に、これからどういう事態になるか想定できない以上、魔力を無駄に浪費するわけにはいかなかった。

「必要経費だーって突っぱねられそうだけどね」

「ああー……確かに」

かの邪知暴虐な……とまでは言わないが、彼女の性格ではそれを言ってきても不思議ではない。半日程度の付き合いではあるが、そのくらいの予測は、容易につくものであるくらい、彼女の性格は分かりやすかった。分かりやすいからといって、扱いやすいこととはイコールにならないところは、正直勘弁して欲しいところではあるのだが。

「次のバスまで十分くらいあるけど……レキナ、特に寄りたいところとかはないか?」

バスというのは基本的にダイヤの通りに動いてくれるものではあるが、それはあくあで交通状況を鑑みない楽な場合の時間であるのがほとんどだ。薙斗があと10分ほど、と言ったのは、あくまでダイヤ上の話だ。それ以上遅くなることはあっても、これより早く、あるいはこの時間通りに到着する可能性の方が低いと薙斗は考えていた。

「ママー、クレープたべたーい!」

「はいはい、行きましょう」

遠くでそんな会話をしながら、駅ビルの中に設置されているであろうクレープ屋へと足を運んでいく親子の姿が目に映った。レキナはいろんなことに興味を示し、積極的に関わっていくような性格をしているが、それは決して、欲と言われる類のものではなかった。

「え? あー……うーん、私はいいかな。薙斗は?」

歯切れの悪い返答に疑問を返そうとしたが、その前にレキナにそう聞き返されて、薙斗はどうしたもんかと心中思った。自分にもまた、そうした娯楽に対する欲が薄かったためだ。レキナとは違い、フェアリー絡みのこと一点に関しての興味だけが格段に違う薙斗にとって、その他ほぼ全てに対しての欲があまりにも弱かった。だからこそ、いつもいろんなことに興味を持てるレキナが羨ましく見えていた。

「俺も特にはいいかな。この街に来るのは初めてだけど……特に気になることもないし」

そう返して、薙斗は黙った。

 しばらくして薙斗とレキナの前にバスが到着した。予定時刻より二分ほど遅れての到着。このくらいの遅れならば、むしろどこかに寄っていかなくて正解だっただろう。そう思いながら、薙斗はレキナに「行くか」と一言声をかけ、バスへと乗り込んだ。

 薙斗は気づかなかった。

 レキナがしばらくの間、駅ビルの方を不安げに見つめていたことに。


『あー、あー。こちら豆腐メンタルかよわい乙女、璃子ちゃんですよー』

バスを降りてしばらくしたころ、左耳から聞こえてきたのは、通信機を介して送られてきた璃子の声だった。マイクテストのつもりだろうか。選ぶ言葉に随分と嘘が混じっているような気がするのは、きっとレキナも同じことだろうな、と薙斗はぼんやり思っていた。

「変な冗談はいいです。聞こえてますけど」

通信機のマイク入力をオンにして薙斗が返答する。周囲には人影はなかった。バスを降りてから目標地点となる山岳の方へと足を運び続けているうちに、いつの間にかその方向に向かっているのが薙斗とレキナだけになってしまったからだった。

「とりあえずここまで来たはいいけど、ここからどうやって見つけるの?」

レキナが薙斗の横に歩きながらそう通信機に返す。目の前には、岩肌がちらちらと見えている山だった。後方には、少し遠くにはなるが、住宅もいくつか見受けられる。

『とりあえずはそのまま直進だね。随分道らしい道はないが……鍛えているならこの程度なんでもないだろう? 君達の魔力状態も安定しているしね』

薙斗とレキナは、出発前、璃子からいくつか装備を受け取っていた。一つは会話のための通信装置、映像をダイレクトに璃子とリーシャのいる研究室へと送る記録装置、そして、薙斗とレキナの二人の間に設定されている「インフェクションレベル」というものを測定する装置であった。

 インフェクションレベルとは、召喚士とフェアリーとの間に設定されている「自律数値」、あるいは「共鳴度の指標」とでもいうものだ。基本的にはパーセンテージで表されるもので、安全を確認する一つの指標だ。召喚士はフェアリーに魔力を送り込み、フェアリーはその魔力を内部的、あるいは外部的に放出することで、各フェアリーに応じた能力を発生させる。本来は、そうした図式の元に、二者の関係は確立されている。だが、その関係が崩れ去ることが稀に起きる。端的に言えば、魔力の逆流。フェアリーの持つ魔力が、召喚士へと押し流されてくる事象だ。魔力が逆流するということは、フェアリー自身の蓄積させた魔力も消費されていくわけだが、フェアリーには、本能的に魔力を確保しようとする領域が少なからず存在する。サイファーという糸で繋がった召喚士の魔力を、自分に吸収させるのだ。それだけならば、大きな問題にはならない。身近な例でいえば、リーシャはそうした構造と似た能力特性だ。だが、さして大きな問題にはならない。

 問題は、フェアリーが召喚士の魔力生成の機関を自らのものとして取り込んでしまうことにある。人間にとって、魔力というものは血と似たようなものだ。なければ人間としての生存はできない。だが、そうして召喚士が息絶えてしまえば、魔力は生成されなくなり、やがてフェアリーも消滅してしまうのが常である。召喚士が高数値のインフェクションレベルに達し、フェアリーに魔力供給路を絶たれて死亡するケースは、数こそ少ないが確かに実例がある。召喚士は、そのリスクを受容したうえで、召喚士としての道を歩いているのだ。最も、初期の召喚士にとってそんな事実は後になってから知ったことであるため、その死亡事故か起きた直後は相当な論議があちこちで交わされていたものだが。

 だが、そうした事例がほとんど起きないのも、やはり召喚士とフェアリーの関係の中にある。召喚士は自らの魔力を行使してフェアリー召喚の儀を執り行う。そうして生まれるフェアリーというのは、通常、「召喚士よりも低い魔力上限量」であるからだ。フェアリーが召喚士を凌駕するほどの魔力を持っていないのならば、ほとんど死亡するようなレベルの事故は起こりえないことであるのだ。

『しかし、君達は平常時なのに随分高いインフェクションレベルを記録している……よく両者に異常が見つからないものだね』

薙斗達からは確認できないが、璃子が目をやっているモニターには、23%という数値が映し出されていた。通常の召喚士はたいてい一桁で推移し、二桁を超えてから高い方だという認識をされる。それに対して薙斗とレキナの間に設定されたインフェクションレベルは、やはり高いものと思われた。

「悪いけど、そういわれても解剖される気は微塵にもないですからね」

『安心したまえ。痛みは感じさせないよう善処はするよ』

薙斗はそれを聞いて若干眉間にしわを寄せた。この人のこういう発言のどこまでが真意なのか、時折わからなくなってしまうことがある。本当は何を考えているのか、一切に悟らせない。つかみ切れない彼女の性格は、きっとこれからも自分はうまく扱えないかもな、と薙斗はぼんやり考えていた。

「マスター」

ふいに、隣から声が漏れた。

 薙斗は通信機のマイクを入れたまま、その声の方向へと視線を移す。その先では、レキナが一点を見つめて険しい顔をしていた。

「多分、この先にいる……。かすかだけど、フェアリーの魔力を感じる……」

レキナの視線の方向へと、薙斗も視界を移動させる。随分と草木も少なくなり、代わりに地面を覆っているのは砂利や石、岩といった、自然の豊富さを感じさせるものではなかった。人が住むにはあまり環境として適切とは思えないが、フェアリーは人間のように食を必要としないことを考えれば、こういう地形でも、魔力さえあれば生き残ることはできるだろう。薙斗達が疑問となっているのは、その魔力がどこから取り込んでいるものなのか、どういう仕組みで取り込んでいるのか。それを調べる必要がある。

 半分は璃子のためだろうが、半分は自分の研究の糧とするため。薙斗には、そうしなければならないだけの研究動機が存在するのだから。

「あ――」

薙斗とレキナは、同時に声を漏らした。視界の中の極一点。無機質さが目立つその風景の中において、一際に目立つ赤。それが岩山をゆっくりと歩行していた。まるで何かを探しているのかと思えるような、そんな足取りで。

「あの子……か……」

「マスター、いってみよ!」

先ほどよりも幾分か軽い足取りでレキナが赤い影に向かって歩き出した。薙斗もまた、それに続いて歩みを進める。もはや道らしい道などないが、それでも目的に近づいているというそれだけでここまでの疲れやこれから感じてしまうだろう疲れを意識しなくても済むというのは、精神的な面を考慮すれば大層ありがたいことだった。

 一際大きな岩を、見上げるような位置まで歩いてきた。先ほどの赤い影は、この岩の奥の方へと動いていったはずだ。回り込んでその先を追えば――。

「動くな」

唐突に頭上から声がした。薙斗は顔を上げ、その声の方向に意識を向ける。レキナもまた、それに倣っていた。二人の視線の先、赤い髪と赤い瞳をした少女が、大岩の上から薙斗達を見下ろしていた。赤い髪が、いつの間にか空を覆い始めていた灰色を遮るかのようになびいていた。間違いない。例のフェアリーだ。

「ここに何をしに来た。人間」

低くすごんでくる声は、明らかな敵意を含んだそれだった。彼女の右手と左手はそれぞれ、薙斗とレキナに向けられていた。すでにいつでも攻撃を行える体勢。どういう能力であるかは明確になっていない以上、下手な動きをすることはできない。

「君と、話をしに来た」

薙斗は、赤のフェアリーに答えを返した。どの答えが正解であるかは分からないが、答えないという必要性を感じなかった。こちらには敵意はないのだ。ならば少しでも誠意のある対応を見せて、穏便に事を進ませるのが最善――。

「――なるほど。つまり目的は私の捕獲か、殺害」

――最善、ではなかった。薙斗にとって、今の回答が彼女の中でどう変換されたのかは理解できていなかったが、不味い答えであったことは間違いないらしい。

「な、ちが――」

「動くなと言った! 次動けば、容赦はしない――!」

否定しようと一歩踏み出した薙斗を制するように、赤のフェアリーは声を荒げた。その声は、怒りや恐怖といった感情からくるものというよりは、ただ自らの存在を守るために自分そのものを押し殺しているかのように思えた。思わず一歩を踏み出して刺激してしまったことは失態ではあるが、それでもここで引くわけにはいかないのだ。

「なぜそこまで警戒する。本当に話をしに来ただけだ」

「そう言って近づいてきた奴はみんな私という存在を本気で奪いとるつもりで来ていた。ある者は珍しさから裏ルートでの売買品の仕入れとして、ある者は私を自分の支配下に置こうとして、ある者は純粋に私の構造を分解して調べつくそうとした。人間はみな、そういう奴らばかりだ。お前もそうなんだろう……!」

これは思った以上に難敵だ。彼女のここまでの経験が、こちらの事情を飛び越えて自らの世界を展開させる要因となってしまっている。こうなってしまってはこちらからいくら弁明を行ったところで、まともな成果を出せるとは思えなかった。ここは一旦引くべきだろうか――選びたくもないそんな選択肢が脳裏を過る。

「違うよ!」

レキナの叫びが、薙斗と赤のフェアリーの鼓膜を振るわせた。

「マスターは……薙斗はそんなこと、しないよ!!」

言いながら、レキナは力強く一歩を踏み出した。その声と足取りには一切の冗談も躊躇もなかった。ただ正面から、ただ真っすぐに。突き抜けるような声だった。

 だが、言葉こそ薙斗にとってはありがたいが、起こした行動は全くもってベストからは離れていた。

 そう、彼女は、一歩を踏み出した。

「来るなと――言った!!!」

赤のフェアリーが、動き出す。レキナは本当に動き出すとは思っていなかったのか、明らかに怯んでいた。この状況で事態を収拾するには、薙斗自身が動きだすしかなかった。

 赤のフェアリーが両手をレキナへと向け、その先に魔力を集中させる。魔力は瞬く間にその形を炎へと変化させる。薙斗はそれを見るよりも早く走り出していた。怯んでいるレキナの方へと、全力で走り抜ける。赤のフェアリーから、炎が吹き出す。その速度は予想していたよりもずっと早く、その規模は想像していたよりもずっと大きい。だが、幸いにして、薙斗は炎がレキナに到達するよりも早く、レキナと炎の間へと割って入った。右手に集中させていた魔力が剣を生成し、薙斗はそれを迷わず振りぬく。返し刃で更に振りぬき盾を二重に展開する。だが、それ以上の防御は出来なかった。二枚に張った盾は、炎の威力を大きく減衰させることはできたが、炎そのものを消しきるには至らなかった。この距離では回避することもままならない。薙斗は顔の前に両腕を交差させて防御の姿勢を取る。幸いにして、炎は軽くこすっていく程度でその姿を消したが、確実に薙斗にダメージを与えていた。

「あっつ……!」

「マスター!」

レキナが自らを庇う形で負傷した薙斗へ悲鳴にも似た呼びかけを放つ。炎が消えた先、薙斗の両腕には明らかな火傷痕が残っていた。振りぬく時に触れる僅かな空気圧にすら刺激されて腕は痛んだが、まだ降参しなければならないほどのような傷ではなかった。元より、多少の傷は覚悟の上だ。しかもその傷が――

「大丈夫だ。お前を守って受けたのは傷のうちには入らない……!」

レキナを守って受けた傷ならば、自分のミスで受けた傷であるよりもずっとましなのだ。このことに関して、薙斗は僅かでも譲る気はなかった。

「レキナは、傷はないか?」

「う、うん――!」

その言葉が聞けたならば、自分が体を張った甲斐があったというものだ。だが、戦いはまだ始まったばかりだった。目の前にいる赤のフェアリーをなんとかしなければ――。

「あ……れ……?」

薙斗は視線を赤のフェアリーへと戻した――はずだった。

 そこに、赤のフェアリーの姿はなかった。大岩の上に見えたのは、曇り空だけだった。

「いない……?」

周囲を見渡すが、それらしき姿はない。となれば、あとは大岩の後ろに引っ込んだ可能性が残されている。薙斗は慎重に進みながら、大岩の後方を確認しにいく。

 岩の後ろを覗き込んだ直後、そこにいたのは尻餅をついた状態で呻いていた赤のフェアリーだった。

「お、おい――うわっ!」

声をかけたと同時に、赤のフェアリーが薙斗の姿を捉え、左手で炎をあふれ出す。炎は先ほどのようにはほとんど伸びて来ず、どちらかといえば牽制のような攻撃だったが、薙斗を後退させるには十分な範囲と威力だった。

「マスター!」

「あっぶね……大丈夫、今度はよけた」

心配するレキナにそう返すと、薙斗は更に続けた。

「レキナ、彼女と話をするには、やっぱ一度落ち着かせないとダメみたいだ……。しびれさせるだけでいい。五秒でも隙が出来れば、勝機はある」

それを聞いて、レキナが一つ頷く。そして、二人は走り出す。薙斗は先ほどと同じ場所から。レキナは岩の反対側から回り込むような場所から。先に赤のフェアリーの前に飛び出したのは薙斗だった。

「しつっこい!!」

赤のフェアリーが毒づきながら炎を発射する。薙斗はその炎を見るより前に、三度剣を振る。こちらが三重の盾に対して、相手は牽制レベルの炎。完全に威力を相殺することに成功していた。

「くっ!」

そう呻く赤のフェアリーの後方から、レキナが姿を現す。その姿を見た赤のフェアリーが、今度はレキナに向かって炎を打ち出す。対してレキナは足先に雷を集中させ、向上させた脚力によってその炎を大きく回るような形で回避。続けざまに地面を蹴って急速接近する。だが、それを黙ってみている相手でもない。直進してくるレキナに向かって、正面から炎を打ち出す。レキナはそれを見て、もう一度足に雷を込め、飛翔する。世間には自在に空中を移動することのできるフェアリーも存在しているが、レキナはその類ではない。だが、雷の力による推進力は、滑らかな動きこそできないが、瞬間的な加速力ならば、飛行能力を持つフェアリーにも匹敵するほどのものを持っている。レキナが飛び上がったのを見て、薙斗も走り出す。薙斗には有力な攻撃手段はない。だが、相手はそれを知っているわけではない。薙斗が接近してきているのを見て、少しでも薙斗を足止めしようと意識を向けたのならば、好都合だ。

 そして、都合のいいことに、赤のフェアリーは薙斗に攻撃を行う。レキナに対しても攻撃を試みているようだが、レキナは飛び上がっては、空中で再び雷を足先から放出して推進力にし、大岩に飛び乗り、また飛び上がって地面に着地するのを繰り返して、的を絞らせないよう努めている。ならば、確実に真っすぐ接近してくる獲物を狙った方が確実。だが、薙斗はそれを狙っていた。薙斗に向かってきた炎は、三重、あるいは四重に重ねた盾でその威力を打ち消していく。決定的な有効打を与えさせないまま、薙斗は更に接近する。赤のフェアリーが一歩後ずさる。薙斗はなおも接近する。だが、そこで赤のフェアリーの動きが変わる。両手を、薙斗の方へと向ける。その両手に、僅かな時間の中で急速に魔力をため込んでいる。

(まずい――さっきのアレが来る!!)

先ほどよりも至近距離であの炎を受ければ、四重程度の防御壁ではそのまま貫通される可能性が高い。薙斗にはこれ以上の抵抗は不可能だった。

 だが、戦っているのは薙斗一人ではない。

 両手を薙斗に向けたのを見て、レキナが先ほどよりも圧倒的な速度で赤のフェアリーへと突進していく。薙斗が二度剣を振りぬくころには、すでにレキナは赤のフェアリーの懐まで迫っていた。

「な、いつの間に――」

「マスターに――手を出すなぁ!!」

そういってレキナは左手を握りしめ、その拳を赤のフェアリーへと叩き付ける。左手には雷が纏われていた。足への雷を集中させることによる超加速から、左腕に雷を集中させて通常よりも早く腕を突き出し、さらにその拳に雷を乗せ、そのままうち放つ。強烈な電撃が赤のフェアリーへと突き刺さり、そのまま薙斗から引き離すような形で吹っ飛ばす。大きく吹っ飛んだ赤のフェアリーは、両手から炎を炸裂させていったん地面から浮き、シャトルが着陸するかの如く、地面への炎噴射で勢いを殺す。だが、完全には殺しきれず、地面を2、3メートル転がる。完璧な制御ができなかったところ見る限り、レキナの雷の効果が現れていると見える。

「よし、このまま――」


 この世界に神という存在がいるのならば、それはなんと理不尽なことなのだろうか。薙斗はのちに、そう思う。

 ぽつり。

 ぽつり。

 一滴、一滴と思っていたそのすぐあとには、空一面を覆っていた雲が、雨を降らせていた。

「あ……め……!」

か細いその声に、薙斗は、はっとしてその声の方を振り向く。

「いや……ごめんなさい……ごめんなさい……」

レキナが膝からがっくりと崩れ落ちていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい!」

「レキナ――!」

雨に濡れていくレキナへと薙斗は駆け寄っていく。ひどく震えている、彼女の名を呼びながら。


 雨は、少年達に、躊躇なく降り注がれていた。

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