第28話 エリオット

 レナは二階に上がると、いつもとは逆方向に廊下を進んだ。エリオットたちの部屋がある方だ。こちら側に来ることはほとんどないので、少し緊張する。

 すぐに、部屋の扉がわずかに開いていることに気づいた。閉め忘れだろうか。レナは思わず、隙間から中を覗き込んでしまった。

 自分の部屋の倍ほどの大きさがあるその部屋の中には、様々な物が散らばっていた。雑にたたまれ、床に積まれている服。いつも彼らが身に着けている、それからレナが見たことのない、様々な武具。ナイフ投げの練習用なのか、壁に吊るされたぼろぼろになった円形の木の板。レナの知らない遊戯盤。

 部屋の中には机が二つあったが、両方とも紙資料や筆記用具、その他小物でいっぱいだ。エリオットがこの部屋でなく、資料室で書類仕事をする理由が分かった気がした。

 探していたエリオットの姿は見えず、そこに居たのはベッドに腰掛けたラスだけだった。祈るように組んだ両手を膝の上に乗せ、じっと床に視線を送っている。何か考え事をしているようだった。

「レナさん」

 ラスが、不意に顔を上げた。覗き見になっていたことに気づき、レナは慌てて扉を開いて頭を下げる。

「どうかしましたか?」

「エリオットさんを探してるんです」

「ふむ。まだ帰ってきていないと思いますよ」

「そうですか……」

 レナは思案した。それなら、追加で情報を集めておくべきかもしれない。とは言え一人で外には出られないし、どこから集めればいいんだろう。やっぱりエヴァンともっと話すべきだろうか。今なら部屋に居るはずだ。

「もしかして、あのフード姿の話ですか?」

 唐突に、ラスがそんなことを言う。何も言っていないのに当てられて、レナはちょっとびっくりした。

「え、はい、そうです。どうして分かったんですか?」

「いえ、なにか深刻そうだったので」

 ラスは居住まいを正すと、説き聞かせるように言葉を続けた。

「レナさん、エリオットに何を言いに行くつもりなのかは分かりませんが……じっくり考えたうえで、相談に行ってくださいね」

 その言葉に、レナはどきりとした。ラスは真剣な表情で尋ねる。

「誰かの意見に流されたり、騙されたりなんて、してませんよね?」

「……はい」

 一瞬だけ、躊躇ためらってしまった。でも、誰かに――エヴァンに騙されてるなんてこと、ないはずだ。

「それなら構いませんが。すみませんね、変なことを言って」

 表情を緩めて、ラスが言う。

「いえ」

「狙われてるのはレナさんなんですから、無理しなくたっていいんですよ。隣町に逃げるという手だってあるんですから」

 レナは何も言わずに頷いた。

 不意に、玄関からがちゃりという音が聞こえてきた。レナははっとして、廊下の先に視線を送る。見えはしなかったが、誰かの足音が入ってくる。エリオットかヒューか、どちらかだろう。

「あの、ありがとうございました」

「いえいえ」

 小さく頭を下げると、レナは扉をぱたりと閉めた。


 リビングにもダイニングにも誰もいないことを確認したレナは、奥にある資料室に向かった。肩にかかった髪をいじりながら、扉の前でしばし逡巡しゅんじゅんする。

 扉をノックすると、エリオットの声で返事があった。ごくりと唾を飲み込んで、ゆっくりと開く。ドアノブを握る手に力が入る。

 部屋の中では、机に向かったエリオットが、何か書き物をしていた。レナは後ろ手に扉を閉めると、彼のすぐそばに立つ。

「エリオットさん」

「……どうした」

 決意の籠った表情で、エリオットの顔を見据える。相手は若干たじろいだように見えた。

「私が襲われたフード姿の人物のことで、お話があります」

 レナの言葉に、エリオットはわずかに眉を寄せた。

「それは俺がなんとかすると……」

「聞いてください」

 相手の言葉を遮り、レナはきっぱりと言った。

「エヴァンさんと、私を襲ったフード姿の人物は、別人です」

 それを聞いて、エリオットは黙った。考えを見透かそうとでもするかのように、レナの顔をじっと見る。レナもそれを、正面から見返した。

「何故そう思う」

 エリオットが静かに言った。

 レナは自分の考えを、思いつくまま話した。エヴァンがフード姿と戦ったことがあるという話。レナが見た、フード姿の口元の話。露店広場で助けてもらった話。その他関係がありそうなことは、全部喋った。

 とうとうネタがなくなり、レナの話が途切れた。エリオットはしばらく沈黙したあと、硬い口調で言った。

「それだけでは、はっきりしたことは言えない」

 レナはそれを聞いて、慌てて反論した。

「でも、戦ったことがあるって」

「嘘をついていないという保証はあるのか?」

「それは……」

 口ごもる。あるかと聞かれれば、無いとしか言えない。

 やっぱり信じてくれないのか。自分の説明が悪いからだろうか。それとも、そこまで信用されていないのだろうか。レナは悔しくなって、唇を噛む。

 だが、次のエリオットの言葉は、思いがけないものだった。

「だから、確かめる必要がある」

「え」

 それを聞いて、レナは顔を上げる。

「でも、どうやって」

「方法は既に考えている。エヴァンの潔白を証明できるだけじゃない、フード姿の正体を暴くこともできる」

 エリオットは断言した。一瞬目を伏せたあと、言葉を続ける。

「だが、レナを危険に晒すことになる。囮と言っても過言では……」

「やります」

 彼の台詞を、レナが遮った。エリオットは目を見張る。レナは彼の方に身を乗り出すようにすると、熱を込めて言った。

「手伝います。手伝わせてください」

 エヴァンを助けたいというのもある。それに、恐らく自分は今でも狙われていて、何もしなくたって危険なのだ。フード姿のことが分かるなら、少しぐらい危険を冒す価値はある。

「一つだけ聞かせてくれ」

 エリオットは、レナの目を見据えながら言った。

「エヴァンとフード姿が別人だというのは、本当なのか? ……証明できなくてもいい、レナはそう信じているのか?」

「はい」

 レナは即答すると、小さく頷いた。エリオットも、それに重々しく頷いて返す。

「分かった。では説明しよう」

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