第27話 エヴァン

 家に入ると、ちょうどリビングから出てくる人物と目が合った。レナははっと息を飲む。エヴァンだ。

 彼も少し驚いていたようだったが、すぐに表情を消すと、螺旋らせん階段の方へと歩いていった。

 そうだ、エリオットと話す前に、彼にも話を聞いておきたい。レナはぱたぱたと小走りで掛け寄りながら、声をかけた。

「あの」

「あんたには近づくなと言われている」

 突き放すような、諦めのこもったような口調で言うと、エヴァンは振り返りもせずに階段に足をかけた。誰に言われたかなんて、考えるまでもない。レナの体は、勝手に動いた。

「待ってください!」

 エヴァンの腕を強く掴む。振り向いた彼の顔には、唖然あぜんとした表情が浮かんでいた。レナも、自分で自分の行動に驚く。

「あの、少し、聞きたいことが」

 慌てて手を離し、俯きながらレナが言った。頬が少し熱い。

「……」

 エヴァンは何も言わずに、リビングへと向かった。レナはほっとしながら、彼のあとをついていく。

 ソファーに向かい合って座る。エヴァンは話を促すように、こちらをじっと見ている。話をしなきゃとは思ったが、内容を考えていなかった。そうだ、まずは、

「こんなことを聞くのは、失礼かもしれませんけど」

 おずおずとレナは話しだす。

「その……顔の傷って、何の傷なんですか?」

 エヴァンが小さく目を見張った。指先で、傷をそっと撫でる。

「信じてもらえるかは、分からないが」

 ぽそりと言う。レナはごくりと唾を飲み込んだ。どんな答えが返ってくるのか。

「『フード姿』と戦った時の傷だ」

「えっ」

 レナは思わず声を上げた。それが本当なら、同一人物であることはあり得ない。協力者でも無いだろう。

 森でエヴァンから聞いた話を思い出す。前のパーティの精霊使いが、街で殺されたという話だ。

「精霊使いの人が、襲われた時ですか?」

「ああ。俺は今でもやつを追っている」

 エヴァンは重々しく頷いた。それから、考え込むように、何かを迷うように、テーブルに上に視線を彷徨さまよわせる。

「……悪い」

「え?」

 唐突な謝罪に、レナは首を傾げた。続く彼の言葉は、レナに大きなショックを与えるものだった。

「あんたがあのフード姿かと初めは思っていた」

「わ、わたしが?」

 愕然がくぜんとした表情で自分を指さす。なにがどうなったら、そういうことになるのだろう。確かに、身長は近いかもしれないが……。

「俺がこのパーティに入ったのは、やつを追うためだ」

「それは、どういう……?」

 レナはさらに戸惑った。エヴァンの言っていることの意味が全く分からない。彼もその困惑を察したのか、言葉を探すように少し黙ったあと、ゆっくりと話しだした。

「仲間の敵を討つために、俺はやつの正体を探った。やつの被害者について調べているうちに、あることに気づいた」

「あること?」

「被害者たちのいたパーティは全て、ある一つのパーティと懇意にしていたんだ」

「……そ、それってもしかして」

 ようやく、レナにも話の全容が分かってきた。エヴァンは身を乗り出すと、声を潜めて言った。

「ああ。それが、このパーティだ」

 レナは息を飲んだ。エヴァンは言葉を続ける。

「だから……お前たちの中に、あのフード姿が居るのだろうと予想を付けた」

「それで、私が」

「今はグラントに居ない三人も、もっと背が高いと聞いたからな」

 身長をかさ増しすることはできても、低く見せるのは難しいだろう。必然的に、フード姿の身長はレナ以下ということになる。

「じゃあ、ずっと、疑われてたんですね。山で私が襲われるまで」

 露店広場で会った時も、もしかしたら付けられていたのだろうか。もう疑いは晴れているとは言え、悲しくなった。

「いや」

 だが彼は、あっさり首を振った。

「疑ったのは、本当に最初だけだ。あんたが殺人を犯すような人間には見えなかったし、すぐに別人だろうと思った。それに……」

 そこまで言って、口ごもる。何を言われるんだろうと、レナは少し緊張した。

「やつはもっと……華奢きゃしゃだった」

「へ?」

 視線を外し、単語を選ぶように言うエヴァン。レナは素っ頓狂な声を上げたあと、若干口を尖らせた。

「う、確かに、そんな痩せてはないですけど……」

 でも太ってもないし、とレナは心の中で文句を言った。普通だ。普通だと思う。

 だがエヴァンが言いたかったのは、そういうことでは無かったようだ。

「いや、そうじゃなく……やつは、胸が無かったから」

 レナはぽかんとした顔をした。直後、露店広場での出来事を思い出して、自分の体を抱くように、がばっと両手で胸元を隠した。

 気まずい沈黙が続いた。エヴァンは照れたような表情で、ずっとそっぽを向いている。レナは気を取り直すように言った。

「と、とにかく。もう私たちを疑ってないんですよね?」

 すぐ頷いてくれると思ったのだが、返事はなかった。エヴァンはいつもの無表情に戻ると、ゆっくりと視線を戻し、言った。

「フード姿がいないことは、分かった。だが、やつに協力している者がいるかどうかは、また別の話だ」

 レナは目を見張る。森で魔法を使う魔獣と戦ったあとにも、ラスが協力者について言及していた。てっきりとフード姿イコール協力者なのだと思っていたが、そうとは限らないということか。そして、その協力者がこのパーティの中に居る?

「聞きたいことというのはそれだけか?」

「……はい」

「分かった」

 エヴァンはそう言うと、リビングを出て行った。ありがとうございます、と礼を言って、レナは小さく頭を下げる。

 レナはソファーの背もたれに身を預けた。今までに分かったことを、頭の中でまとめる。

 協力者については気になるが、エヴァンが犯人ではないということは分かった。証拠がある、とまでは言えないものの、これでエリオットを説得できるかもしれない。

レナは拳をぎゅっと握りしめて、気合を入れた。

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