第26話 グレン
ギルドを出たレナは、グレンについて大通りを東に歩いていた。誰かが襲ってくるんじゃ、という不安はまだ少しある。が、さっきよりだいぶましにはなっていた。いつもの大通りが、いつも通りに見える。西側とは違い、落ち着いた、もしくは地味な、悪く言えば質素な服を着た人々が、いつも通りに行き来している。
ヒューの脅しが聞いたのか、道中グレンはレナと微妙に距離を取っていた。時々、他愛もない話を振ってくる。レナは半分上の空で、それに受け答えしていた。
反応が薄かったからか、グレンは途中から鼻歌を歌い出した。レナにも聞き覚えがある曲だ。はっきりと何という曲か知っているわけではないが、どこかのレストランだか酒場だかで、誰かが演奏していた気がする。有名な曲なのかもしれない。
(……そんなことより)
家に帰ったら、まずはエリオットに話しに行こうか。グレンの少し後ろを歩きながら、レナは考えた。まとまりが無い話であっても、呆れたりせずちゃんと聞いてくれるはずだ、ローザもそう言ってたんだし。だがまだ、ちょっと怖い。
(ヒューさんは、どうしよ)
彼も説得する必要があるだろう。でも、エリオットに相談してからだろうか。いや、それでは弱気すぎるだろうか。
あまり時間をかけてはいけない気もする。ついさっきだって、一体何の用事だったのだろう。
「あの」
「ん?」
レナから話しかけると、グレンは鼻歌を中断して、ちらりと目線を送ってきた。
「さっきヒューさんと一緒に居た人って、どなたですか?」
「んー? ああ、情報屋だよ。なんか紹介してくれって言われて」
「情報屋……」
レナはぽつりと呟く。ここまで詮索していいんだろうか、と思いつつも、思い切って聞いてみた。
「ヒューさんは、何の情報を調べようとしてるんでしょう?」
「さあ? そこまでは知らないけど」
グレンはかくりと首を傾げる。
エヴァンのことなんだろうか。もう既に、何かしようとしてるんだろうか。やっぱりまずは、できるだけ早くエリオットに相談しよう、そう思っていると、
「悩み事でもあるの?」
唐突にグレンが言った。レナはどきっとする。
「あ、いえ……」
わたわたと手を振って、作り笑いを浮かべた。そんなに顔に出ているのだろうか。それともレナが変な質問をしたからか。
グレンはレナの対応に納得がいかなかったようで、大仰に首を捻りながら言った。
「ほんとにー?」
レナは困ったように笑う。悩み事があるのは確かだが、話してしまうわけにもいかない。どうしよう。
そう言えば、とレナは不意に思い出した。山の休憩所での会話からすると、彼はエリオットたちの古い知り合いのようだ。
「エリオットさんって、ヒューさんのお兄さんなんですよね?」
「違うよ?」
いきなり否定されて、レナは言葉に詰まった。確か、そう言っていたような気がしたのだが……。
「弟だよ。ヒューが兄貴」
「そ、そうなんですか」
レナは面食らって、目をぱちぱちとさせた。エリオットが年上だとばかり思っていたのだが、逆だったようだ。これもまた意外だった。二人の子供時代はどんなだったのだろうと、思わず想像してしまった。
「ま、一年違い? とかだったかな? 大して変わらないよって言ってたな。友達同士みたいに思ってるんじゃないかなあ、お互い」
「全然似てないですよね。ヒューさんと比べてエリオットさんは、すごく……きちんと……してますし」
すごく怖い、とも言えず、言葉を探しながら話す。しかしこの言い方だと、なんだかヒューがきちんとしてないと言っているみたいだ。口に出してしまってからそう思ったが、グレンは特に突っ込んではこなかった。
「んー……」
その代わりに、小さく
「これ、言っていいのかな。ま、いっか」
グレンは軽い調子に戻ると、言葉を続けた。
「昔は結構似てたんだよ」
「え」
驚くレナを見て、グレンは笑った。
「想像つかないでしょ?」
「はい……」
似てたというのは、エリオットがヒューになのか、それとも逆なのか。正直どっちもあんまり想像つかないけど、なんて思っていたら、
「でもエリオットは急に真面目君になっちゃうし。ヒューはヒューでチャラいし」
とグレンは言う。両者とも、今の二人の真ん中ぐらいだったということだろうか。それでもまあ、想像するのはちょっと難しい。どうしてそんなに変わってしまったんだろうか。
「何かあったんですか?」
「んー、詳しくは知らないね。なんか仕事で死にかけた? とか?」
グレンは首を
「まあ、なんだろ。エリオットは、リーダーとしてこうあるべき、みたいなのを意識してるみたいでさ。キャラ作ってるとまでは言わないけど」
「へえ……」
「だから」
そこで言葉を切り、グレンは笑みを深めて言った。
「あんまり怖がらなくていいと思うよ?」
「へっ!?」
「あれ? そういうことを聞きたかったんじゃないの?」
にこにことしながら、レナの方を見るグレン。レナは、はいともいいえとも言えずにおろおろとしていた。
「じゃ、俺はこのへんで」
気が付けば、レナたちの家の前まで来ていた。グレンはひらひらと手を振りながら、言った。
「今日の話のお礼は、また今度でいいからねー」
「え、ええと、その」
レナが答えられずにいるうちに、グレンはさっさと歩いていってしまった。何を要求されるのかと若干不安になりながらも、彼の後ろ姿を見送った。
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