第25話 ローザ
次の日の朝、レナはヒューとともにハンターズギルドへ向かっていた。仕事を放棄したことを、指名されたレナの口から報告しなければならない。気が重い作業だ。
見慣れたはずの大通りが、今日は全く違ったものに見えた。行きかう人々が
ギルドに着くと、すぐに受付に向かった。ローザのいるカウンターの列に並ぶと、すぐに順番が回ってきた。
「こんにちは、ヒューさん、レナさん……どうされました?」
硬い表情の二人を見て、ローザはいつもの明るい笑顔を消し、真面目な表情になって尋ねた。
「実は……」
言いにくそうに、レナは話を切り出した。仕事に失敗したことを告げると、ローザは少し驚いた様子で、それでも何も言わずに聞いていた。
襲われたことは伏せて、レナが途中で怪我をしたからだということにしておいた。ローザが信じたのかどうかは分からないが、それ以上詳しくは聞いてこなかった。もしかしたら、そういう規定になっているのかもしれない。
「そうですか……。残念ですが、仕方ありませんね」
「すみません」
「あまり気に病まないでください。決まりなので、違約金は払っていただきますが……逆に言えば、それさえ払っていただけば問題ありませんから」
それに、とローザは笑いながら付け足す。
「依頼人のアドルフさんは、ちょっとぐらい仕事が失敗しても全然気にしない人ですから。絶対に無理なお仕事でも、平気で依頼してくるんですよ。そういうのは先に断っちゃいますけど」
「はい」
レナは少し表情を緩めて、こくりと頷いた。その言葉がどの程度真実なのかは分からなかったが、慰めようとしてくれている事が嬉しかった。
既定の違約金を払い、二人は帰ろうとした。だが振り返った彼らの目の前に、見慣れたぼさぼさ頭の姿があった。その男、グレンはにこにことしながら、ヒューに向かって小さく手を上げる。
「やあ」
「何か用?」
「何か用? じゃないよ。君が頼んできたんでしょ?」
「……ああ」
ヒューは急に声を落として答えると、レナの方にちらりと目をやった。
「レナちゃん、この辺りで待ってて。受付のそばから離れないようにね」
「え、はい」
グレンと共に歩いていくヒューを、レナはぽかんとした表情で見送る。いきなり一人にされるとは思わなかった。まあ、ハンターズギルドの中なんて、家の中より安全かもしれないが……。
(何の用事なんだろう)
自分には聞かせられない事なのだろうか。もしかして、とレナは考えてしまう。エヴァンに関することなんじゃ?
そう思うと、急に不安になった。エリオットとヒューは、エヴァンに何かするつもりなんだろうか。
「レナさん」
「……っ、はい」
不意に呼びかけられて、レナはびくりとした。振り返ると、ローザがじっとこちらを見ていた。
「もしかして、お仕事の他にも心配事があるんですか?」
「え、と……」
レナは口ごもった。彼女に相談すれば、いい考えが浮かぶだろうか。でも
ローザはレナの様子を見て、優しく言った。
「言いづらいことでしたら、ごめんなさいね。私には話さなくてもいいですが……でもパーティの人には、ちゃんと相談してくださいね?」
「……何を言えばいいのか、分からなくて」
ぼそり、とレナは呟くように言った。ローザは首を振る。
「困ってること、思ってることを、全部言っちゃいましょう。まずはそこからです。話してみないと、始まらないですよ」
「でも」
「大丈夫。皆さんいい人ですから、ちゃんと聞いてくれますよ」
「……はい」
彼女の言う通りかもしれない。少なくとも、このまま一人でうじうじ考えていてもどうにもならないだろう。
ちゃんと話さなきゃ、レナが心の中で決意した時、
「あっ」
突然、ローザが何か
「もしかして、恋の悩みですか? パーティのどなたかと、とか……それだと話しづらいかも……」
「違います!」
レナは慌ててそう言った。思ったよりも大声になってしまって、今度はレナの方が口を押さえることになった。
「どうしたの?」
いつの間にか戻ってきていたヒューが、不思議そうに言う。レナは同じポーズのまま、ふるふると首を振る。
ヒューは首を傾げたあと、隣のグレンを指さしながら言った。
「ごめんレナちゃん。俺ちょっと用事できちゃった。帰りはこいつに送らせるから」
「え」
レナは驚いてグレンの顔を見た。彼はにこにこと満面の笑みを浮かべている。ヒューは小さく息を吐いた。
「大丈夫、余計なことはするなって言い聞かせといたから」
「そうそう、優しく送っていくだけだからね?」
一歩近づいてくるグレン。レナは思わず後ずさってしまった。
「……マジで余計なことするなよ?」
「お、おう……その顔マジで怖いんだけど……」
殺意すらこもっていそうな表情で睨みつけられ、グレンは顔を引きつらせた。ヒューは相手の心に刻みつけるようにじっくりと時間を取ったあと、表情を緩めてレナの方を向いた。
「そういうわけだから」
ひらひらと手を振って、ヒューは去っていった。少し離れた場所にいた男性と合流して、外に出ていく。レナは知らない人だ。もしかすると、グレンが連れてきた人物なんだろうか。
「じゃ、俺らも行こうか」
視線を戻すと、若干引きつった笑顔のグレンが、出口の方を指さして歩き出した。レナは小さく頷いて、彼についていった。
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