3章
第24話 惑い
ばたん、と音を立てて扉が開く。いつもと変わりない殺風景な玄関ホールを目にして、レナの心の中に安心感が広がった。ヒューの後ろについて、中に入る。
リビングに入ると、驚いた表情のエリオットとラスに迎えられた。ヒューは若干疲れた表情で言った。
「ただいま」
「おかえりなさい。早かったですね?」
訝しげにラスが言った。立ち上がったエリオットが、眉を寄せて尋ねる。
「仕事はどうした? 何かあったのか?」
「そーだね。説明したいけど」
ヒューはぎろりと後ろを
「ちょっと席外してくれる?」
「……」
エヴァンは何も言わずに、階段のある方へと歩いて行った。二階にある自室に向かったのだろう。レナはその後ろ姿を、心配そうな顔で見送った。
リビングのソファーに座り、ヒューはここ数日の出来事について報告を始めた。レナはそれを、ぐったりとした様子で聞いていた。
あの後すぐに引き返した三人は、サイスに一日泊まり、翌日の夕方にはグラントまで戻ってきた。最低限の会話すら無く、ただひたすらに足を動かす。そんな一日半の行程は、レナの体力と気力を、通常の何倍も消耗させた。
フード姿に襲われた話を、男二人は驚きの表情で聞いていた。エリオットがレナに目を向ける。
「顔は見たのか?」
「いえ……」
レナはゆるく首を振る。ちゃんと確認する余裕なんて無かった。今思い出しても、恐怖で身が
ただ口元だけは、ちらりと見えた。後から思い返してみると、少なくともエヴァンでは無かった……気がする。だがそう思いたいだけじゃないかと言われると、否定はできない。
「で、レナちゃんの手当てが終わったあとで、悠々と戻って来たんだよ。エヴァンのやつがね」
ヒューが悪意を込めて言った。ラスはその言葉に含まれる意図に気づいたようで、慌てた様子で言う。
「ちょっと待ってください、ヒュー。戻って? つまりあなたは、エヴァンさんとフード姿が同一人物だと言いたいんですか?」
「それで
「そんなあからさまな事、しますかねえ……」
「じゃあ誰だって言うんだよ。相手はうちのパーティの行動計画を全部知ってるんだよ。このメンバー以外に話したことある? ラス」
「いえ、ありませんが……そもそも本当に知ってるんですか? 単に付けられていただけでは?」
ラスが困ったように眉を寄せた。しばらく無言で話を聞いていたエリオットが、
「早急に結論を出そうとするな」
「またそれかよ」
ヒューが吐き捨てるように言う。そんな彼に対して、重々しい口調でエリオットが告げた。
「この件は、俺がなんとかする。それまでは、大人しくしていてくれ」
「ふうん」
ヒューが意味ありげな表情で言った。
「本当になんとかしてくれるなら、文句は無いけどね」
「ああ。約束する」
決意を込めた表情で、エリオットが頷く。何をするつもりなんだろうと、レナは不安になってしまった。もちろん、自分のためにしてくれるのだということは分かっている。だがその対象は、誰なんだろうか。
エリオットはレナに視線を向けると、釘を差すように言った。
「レナ、しばらくは一人で外に出るな。出かけるときは、誰かと一緒に行ってくれ」
「はい」
「もちろん、エヴァン以外とね」
「……はい」
ヒューが付け足した言葉に、レナは力なく頷くしかなかった。
ぼふん、と音を立て、倒れ込むようにベッドに入る。体を横にして、明かりを落とした室内をぼんやりと眺める。酷く疲れているはずなのに、目は冴えていた。胸の奥に溜まったもやもやしたものが、休息を阻害しているかのようだった。
夕食は、エヴァンも含めた五人でとった。ほとんど誰も話さなかったように思う。ずっと下を向き、事務的に口に運び続けた料理がどんな味だったか、全く覚えていない。作ったのは自分なのに。
襲われて不安なのはもちろん、ある。だがそれ以上に、今のパーティの状態が耐えられなかった。しかもある意味、自分が原因のようなものだ。
どうすればいいんだろう、とレナは考えた。自分たちを襲ったあのフード姿を捕まえることができれば一番だ。それが無理でも、せめてエヴァンの疑いを晴らしたい。彼が犯人だなんて、やっぱり考えられない。
でも、どうやって?
うつ伏せになって、枕に顔を
自分一人でどうにかできる気はしない。なら、誰かに協力を求めるしかない。相談するとしたら、誰だろう。
まず、ヒューは駄目だろう。暗い気持ちになりながら、レナは思った。まともに聞いてくれる気がしない。
パーティーのリーダー、エリオットが、最も妥当なのかもしれない。でも、何を言えばいいんだろう。エヴァンは犯人じゃないと思う、それだけ?
レナは、枕をぎゅっと抱きしめた。呆れたようなエリオットの顔が思い浮かぶ。適当なことを言うなと、怒られるところも。
ラスはどうか。彼とは家でちょくちょくお喋りしているが、あまり真面目な話はしたことがない気がする。彼に相談事をしているところというのも、いまいち想像できない。
そもそも、とレナは思った。パーティーの人に、真剣に何かを相談したことなんて、ないんじゃないだろうか。するとしてもローザかギルぐらいだ。後者は相談と言っても、真っ当なアドバイスが返ってくることなどほとんど無いので、単なる愚痴にしかならないのだが。
そう言えば、今日はギルの声を聞いていない気がする。こちらから話しかけなくても、いつもなら一方的に喋っているのに。寝る前なんかは特に、そういうことがよくある。
「……どうしたら、いいのかな」
ぽそりと呟く。返事はない。
もぞもぞと体を動かして、ベッドの端に寄った。横を向くと、すぐ目の前に壁がある。自分でもせせこましいと思うのだが、隅っこに体を収めると、妙に落ち着く。
眠りに落ちるまでの長い間、レナはひたすらじっとしていた。
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