第18話 鳥型の魔獣

 グレンに先導され、レナたちは山道を急いだ。彼の話では、敵は鳥型の魔獣が数体、少なくとも三体は居たそうだ。今はグレンの仲間二人が戦っているが、厄介な飛行型、しかも相手の方が数が多いとなれば、逃げ回るだけで精一杯だろう。

 休憩所には、別のハンターのパーティが一組待機している。もし魔獣が休憩所の方に行った場合の保険だ。あそこに居た他の人たちは旅人や商人ばかりで、ろくに戦うすべを持たない。可能な限り、レナたち六人で魔獣を退治してしまいたい。

 やがて前方の空の上に、飛び回る魔獣の姿が見えてきた。姿は猛禽類に似ていたが、翼だけが異質だ。陽の光を反射し、黒曜石のように硬質な輝きを放っている。ナイフを左右に構えてるみたいだ、とレナは思った。

「あの翼が厄介なんだよ」

 息を切らせながら、グレンが言う。

「木の枝をすぱすぱ切り落とせるぐらい鋭い。あれでかすめるように突進して来るんだけど、受けるだけで大変だよ」

「弓矢で落とせないの?」

 ヒューが言うと、グレンはふるふると首を振った。

「だめだめ、翼で弾かれるんだよ。よっぽど上手く狙わないと無理。だからレナちゃんの魔法でなんとかしてよー」

「は、はい」

 レナは緊張しつつ頷いた。どうも、自分の魔法が頼りにされているらしい。責任重大だ。

 ようやくグレンの仲間たちが見えてきた。ものすごいスピードで突っ込んでくる魔獣の攻撃を、剣や盾で自分の身を庇うようにして、なんとか逸らしている。

「精霊使い連れてきたぞー!」

 グレンが叫ぶ。戦闘中の二人は、こちらをちらりと見る余裕も無いようだ。魔獣の攻撃範囲に踏み込みながら、ヒューは鋭く言った。

「俺が守るから、レナちゃんは魔法に専念して」

「はい」

「エヴァン、あいつらに攻撃できないか試してみて。無理はするなよ」

「分かった」

 立ち止まったヒューの後ろに隠れながら、レナは集中を始めた。エヴァンはそのまま走って、戦闘中の二人に加勢する。

 魔獣のうちの一体が、ヒューとレナに注意を向けたようだった。遠距離の攻撃を警戒しているのか、常時飛び回っている。あんなのに当てられるんだろうか、という不安を心の底に押し込めて、魔法の軌道を強くイメージする。

(ギル!)

『おう!』

 力強い返答が頭の中に響く。青い炎が、音を立てて魔獣へと向かう。

 敵は飛んで逃げようとしたが、炎の方が速い。これなら大丈夫、と軌道の修正に意識を集中させたレナだったが、

(あっ)

 次の瞬間、魔獣は翼をぴんと広げ、ヒューに向かって急降下してきた。速度が上がり、炎との距離が離れる。このまま追いかければ、下手をすればヒューに当たってしまう。

 迷いが集中力を削いだのか、青い炎は空中で霧散した。迫る魔獣の攻撃を、ヒューは盾を斜めに構えて受け流した。金属がこすれる嫌な音と共に、軌道を逸らされた魔獣が飛び去っていく。

 ばさばさと翼を羽ばたかせ、悠々と空に戻る魔獣を見据えながら、ヒューが言った。

「やつの攻撃のを狙って! 上に戻るまではスピードが出せない!」

「わ、分かりました」

 レナはこくこくと頷く。直後、はっと気づいて、言葉を足した。

「来なかったら?」

「来るまで待機!」

 ぎゅっと唇を結んで、レナは上空の魔獣に目をやった。いつでも魔法が使えるように、集中したままの状態を維持するのは結構大変で、それだけで疲れてしまう。魔獣は三匹も居るのだし、全てを魔法で仕留めるとするとこれ以上無駄撃ちはできない。

 だが、そこまで気負うことも無かったようだ。次いで急降下してきた別の魔獣に、エヴァンが一撃を加えたのだ。彼は相手の攻撃に合わせて地面に身を投げ出すと、真下から剣で胴体を切り裂いた。

 魔獣は奇怪な叫び声を上げて墜落した。じたばたと翼を動かす魔獣の頭に、素早く武器を持ち替えたエヴァンの矢が、吸い込まれるように刺さる。

「レナちゃん!」

 ヒューが叫ぶ。彼らを狙う魔獣が、再び急降下の体勢に入っていた。ヒューは先ほどと同じく、危なげなく攻撃をいなす。

 減速した魔獣を追うように、レナの二度目の魔法が発動した。相手は羽ばたいて逃げようとするが、速度が足りない。今度は狙いたがわず命中させると、魔獣はびくりと体を硬直させて、真っ逆さまに落ちていく。

 魔獣は地面に横たわり、苦痛の声を漏らしていた。青い炎は効果自体は一瞬だが、精神への影響は長時間持続する。近づいたヒューが、剣でとどめを刺した。

「こっちもよろしくー」

 緊張感のない声でグレンが言う。残り一体になったのと、あとはだいぶ慣れてきたようで、彼らも余裕を持って攻撃を防いでいた。

「私がやります」

 そう宣言したあと、先ほどと同じ要領で、レナは最後の一体に意識を集中した。逃げるということをしない魔獣は、最早もはや無意味に見える突進を繰り返している。

 魔法のイメージが固まったところで、相手の攻撃に合わせて撃ち出した。炎に直撃され、墜落する魔獣の頭を、近くに居たグレンが剣で叩き潰した。

 グレンは魔獣が間違いなく死んだのを確認すると、ヒューに向けて小さく手を上げ、言った。

「じゃ、解体よろしく。うちらは念のため休憩所の方見てくるよ」

「了解」

「あとで分けてね。あ、一体だけでいいから」

「分かったよ」

 ヒューが答えると、グレンたちは小走りで去っていった。

 依頼された仕事ではない魔獣退治であっても、ハンターズギルドからいくらかの報酬は出る。もちろん正式な仕事に比べると少ないが、貴重な収入源だ。有用な部位である翼を切り取ろうとしながら、ヒューは言った。

「急いで戻ろっか、一応。ま、他には居ないと思うけど……ああ、レナちゃんは休んでていいよ」

「……ありがとうございます」

 荒い息を繰り返しながら、レナはその場に座り込んだ。実戦で三回も魔法を使ったことなんて、初めてかもしれない。ちらりと目を向けると、エヴァンは別の魔獣に取り掛かっているようだ。

(上手くできたかな)

 一度は失敗してしまったが、残りの二回は完璧だった、自分の中では。少しは成長してるってことだといいな、と思いながら、二人の作業をぼんやりと眺めた。

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