第16話 襲撃者

 屋敷を出たレナは、面接が終わったことを報告するためにギルドに引き返した。幸いローザはまだ受付にいたのだが、その前には何人かのハンターが順番を待っていた。隣の誰も並んでいないカウンター(受付の男性が暇そうにしている)をスルーするのは気が引けたが、こそこそとローザの列に並ぶ。

 可能な限りの小さな動作で、レナはちらりと辺りを見回した。ぱっと見たところ、ぼさぼさ頭の男、つまりグレンの姿は無いようだった。ここ数日、妙に会うことが多い気がする。まあ、偶然だろうけど。

 グレンの代わりに、レナと同じ時期にハンターになった、精霊使いの少女の姿が目に入った。こちらが小さく手を振ると、腕を思い切り上に伸ばして、ぶんぶんと振り返された。肩の辺りまで伸ばした、あっちこっちに跳ねているブロンドの髪の毛が、ふらふらと揺れている。レナは思わずくすりと笑った。

 そう言えば、と不意に思い出す。最近精霊使いが襲われているという話を、彼女は知っているだろうか。教えた方がいいかなと思ったが、彼女はパーティーメンバーらしき人たちと、さっさと外を出て行ってしまった。

(……大丈夫だよね)

 あっちはあっちで連絡が行っているだろう。彼女のパーティーのリーダーは、頭が良くて剣も強く、また非常に顔が広いので、ギルドからも一目置かれている。でもちょっと真面目すぎるのよねー、なんて彼女は言っていたけれど。

「レナさん?」

 ローザに呼ばれて正面に向き直ると、いつの間にか、自分と受付カウンターの間には誰もいなくなっていた。気づかないうちに自分の番が来ていたらしい。すみません、と言って体を縮こまらせながら、アドルフとの面接のことを説明した。

「よかったですね! ではお仕事の方、よろしくお願いしますね」

 胸元で、ぽん、と手を打ちながら、ローザが弾んだ声で言う。出された書類にサインをして、立ち去ろうとしたレナだったが、ふと気になって聞いてみた。

「あの、最近、精霊使いが襲われているって話ですけど……」

 ギルドから周知はされているのだろうか、そう続けようとしたのだが、先にローザが口を挟んだ。

「襲われているというのは、魔獣にですか?」

「いえ、人に、です」

「ええ?」

 ローザは首を傾げると、少し考えてから言った。

「そうですね。ごく最近に、ナイフで刺されて亡くなった、精霊使いの方はいらっしゃいます」

「他の人は……?」

「いえ、その方以外には把握していません」

「あれ? そうですか」

 今度はレナが首をひねった。確かエリオットは、『何人も襲われている』と言っていたような? 怪我をしただけで済んだならともかく、殺されたのならさすがにギルドも把握しているだろう。それとも、亡くなったのはその人一人ひとりだけなのだろうか。

「分かりました。変なことを聞いてごめんなさい」

「いえ、関係する情報が入ればお教えしますね」

「はい」

 レナはぺこりと頭を下げると、その場を去った。なんだか、またもやもやすることが増えてしまったようだった。


 家に戻ってリビングに入ると、そこに居たのはヒュー一人だった。彼は腕を組んでソファーに座り、ぶすっとした表情で虚空を見つめていた。どうも、機嫌が悪いようだった。

 部屋に入ってくるレナを、ヒューは横目で見ながら言った。

「おかえり」

「……ただいまです」

 レナは少し緊張しながら、キッチンの方へと歩いて行こうとした。今日の夕食のことでも考えようと思ったのだが、その前に声をかけられて立ち止まる。

「俺も行くことになったよ。レナちゃんの仕事」

「そ、そうですか」

 ヒューの言葉に、レナはどきっとした。機嫌が悪いのは、それが原因なのだろうか。もしかして、長旅が嫌いだとか……長旅をするのが嫌だなんて、まさかそんなことは無いと思いたいけれど。

「エヴァンのやつと三人だってさ」

 それを聞いて、思わず納得すると同時に、自分では無くてちょっとほっとしてしまった。いや、ほっとしている場合ではないだろう。元々エヴァンとは馬が合わないようだったが、魔獣退治の件の後は露骨に敵意を見せている。とても良くない。

「なに考えてんだか、エリオットのやつは」

 ヒューが苛立たしげに言う。

 エヴァンは悪い人ではないと思う。そう言おうとして、やめた。ヒューを納得させられる自信が全く無い。そもそも自分だって彼のことをほとんど知らないし、露天市場で一度助けてもらったぐらいだ。

「傷あるでしょ? 顔に」

 一瞬何のことかと戸惑ってしまったが、エヴァンの頬の傷だと分かって、小さく頷いた。ヒューは自分の頬をすっと指でなぞる。

「最初は魔獣にやられたかと思ったんだけど、違うよね。あんな細くて綺麗な傷にはならないよ。魔獣の爪なら」

「え、と……」

 ヒューが何を言いたいのかが分からずに、レナは戸惑った。確かに、言われてみればその通りかもしれないが……。

「ナイフだよ、多分。レナちゃんが持ってるみたいな。そういうのを持ってる誰かと戦ったってこと」

 レナは腰に下げたナイフに目を落とした。つまり、精霊使いと戦ったということだろうか? どういう理由で?

 そこまで考えて、ようやくヒューの言いたいことが分かった。はっとした表情のレナに、彼は冷たい目線を向けながら告げる。

「聞いたでしょ? エリオットから。精霊使いを襲ってるフード姿の話」

「はい」

「ちょうどだよね。身長」

「……」

 レナは何も答えられずに黙ってしまった。即ち彼はこう主張しているのだ。精霊使いを襲っている犯人は、エヴァンだと。

「ま、証拠は無いけど。気をつけてね。今度の仕事の間は、なるべく俺から離れないようにね」

「……はい」

 沈んだ表情で、レナは答えた。そんな訳ないと言いたいが、こっちにだって証拠は無い。ヒューはソファーの肘掛に肘をつくと、手であごを支えて、そっぽを向いた。

 それきり彼は黙ってしまったので、レナはとぼとぼとキッチンへと向かった。

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