第15話 魔獣と精霊

 『面接』の内容は、アドルフが指示する通りに様々な魔法を使うというものだった。例えば、棒の先に出した光を、別の棒の先まで正確に動かすだとか。資料に書いてあったように、魔法の制御について試されているようだった。

 レナが魔法を使うたび、左右の金属板の表面には、色とりどりの波紋のような模様が浮かぶ。詳しくは分からないが、魔法について何か調べているんだろう。アドルフは模様を見ながら、隣の少年と小さな声で話し合い、しきりにメモを取っていた。

 三十分ほどの作業のあと、少年はメモをまとめて部屋を出ていった。アドルフはしばらくの間沈黙したあと、言った。

「よろしい。十分じゅうぶんだ。君に仕事を任せよう」

「ありがとうございます」

 レナはほっと息を吐く。威力の弱い魔法ばかりだったとは言え、普段やらないほどの微妙な制御を求められたので、疲れてしまった。

「詳しい内容は、ここに書いてある」

 アドルフから、一枚の紙と、それから同じぐらいの大きさの黒い板を受け取った。

 ざっと紙を読んでみると、この板は部屋にある大きな金属板の簡易版のようだ。とある魔獣に板を近づけ、指定の魔法をその魔獣に使い、板に浮かんだ模様を記録するというのが仕事の内容。魔法も使わない下級の魔獣なので、押さえておくのはさほど難しくはないだろう。

「何か質問はあるかね」

 特にないです、と答えようとして、レナは思いとどまった。確か、アドルフは魔獣と精霊について研究していると、エリオットは言っていた。もしかしたら、この疑問に対する答えを持っているかもしれない。

「仕事とは、関係ないんですけど」

「ふむ」

「魔獣と精霊って、違うんですか?」

 レナがそう聞くと、アドルフは軽く目を見張り、驚いているようだった。彼はゆっくりとした口調で語り出した。

「私の研究の第一目標は、魔獣と精霊の正体を暴くことだ」

「じゃあ……」

 同じものなのか、違うのかぐらいは分かっているのだろうか。期待のこもった視線でアドルフの目を見る。すると彼は、あっさりと告げた。

「結論だけ言うと、全く違う存在だ」

「そうなんですね」

 それを聞いて、レナは少しほっとする。なら、魔獣きなんて言われる筋合いもないわけだ。

「私の考えでは、という事だが。まず魔獣と言うのは」

 手を後ろに組みながら、アドルフは非常にゆったりとした足取りで、部屋の中を歩きだした。

「何らかの原因で、『変異』した獣だ。実際に奴らを見たことがある君たちハンターになら、意味が分かるだろう」

「はい。そういう話は、聞いたことがあります」

 レナはこくりと頷いた。魔獣の正体として、まず最初に考えることだ。

「もっとも、重要なのは見た目の変化ではない」

 アドルフはそこまで言うと、ぴたりと足を止めた。レナの方に視線を向け、じっと見据える。

「魔法を使うために、絶対に必要なものは何かね?」

「え」

 突然の質問に、レナは面食らった。なんだろう、と首を捻る。精霊かと思ったが、それは人にとっての話で、魔獣には当てはまらないだろう。いやもしかしたら、魔獣にも精霊がついているのかもしれないが……。

 ふと、全く違う答えが思い浮かんだ。もの、と言うかは分からないが、魔法を使うその時には、人でも魔獣でも必ずしなければいけないこと。

「集中ですか?」

「少し違う。絶対に必要なのは『想像』だ。使う魔法のイメージを、正しく思い描かなければならない。その際に集中力が必要となるが、副次的なものだ」

「なるほど」

 確かに、とレナは納得した。ギルドで魔法の訓練を受けると、最初に習う。

「詳細なイメージを精度良く『想像』できるのは、人と魔獣だけだ。普通の獣にはできない。これが『変異』による恩恵だというのはほぼ確実だろう。が、」

 アドルフは再び歩き出しながら、独り言のようにぶつぶつと言った。

「何が原因で『変異』が起こるのかというのが一番の問題だ。これが分からなければ魔獣の正体が分かったことにはならない。逆にこれさえ分かれば、魔獣を人為的に造り出すことも可能なはずだ」

 なにやら危ない方向に話が行っている。やっぱりレナの、『地下室で怪しい研究』という学者のイメージは、それほど間違っていないのかもしれない。

 それはともかく、とレナは思った。まだ、肝心のことを聞いていない。

「あの、それで、精霊は……」

「ああ」

 アドルフは立ち止まると、思い出したかのように言った。

「精霊などというものは、存在しない」

「え?」

 きょとんとするレナ。アドルフは部屋の中央の金属板に目を据えながら、説明を続けた。

「私の考えでは、だ。少なくとも、どんな測定方法を使っても、一度も検出できたことはない」

 レナは首を傾げる。そう言われても、ギルとは毎日喋っているし、他の精霊使いだってそうだろう。そもそも、彼らは『精霊界』とかいう別の世界にいるのではないのだろうか。

「もちろん」

 訝しげな少女に、アドルフは強調するように言った。

「単に測定方法が未熟であるためかもしれない。だが少なくとも、魔獣の成り立ちを考えれば、違う存在であるのは間違いないだろう。魔獣と精霊は、ということだが」

 そこで言葉を切ると、アドルフはちらりとレナの方を見た。意味ありげに沈黙したあと、彼は首を振った。

「いや、これ以上はめておこう」

「え、ど、どういうことですか?」

「秘密だ。学者は、そう簡単に自分の研究について語ったりしないものだ」

「はあ……」

 さっきまで散々語ってたような、と思わなくもないが、無理に聞き出すわけにもいかない。

 ありがとうございました、と頭を下げると、タイミングよく先ほどの少年が帰ってきた。彼に連れられて、部屋を後にする。

 相変わらず寂しい廊下を進みながら、レナの頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。とりあえず、精霊と魔獣が違うものらしいということは分かったが、分からないことは余計に増えた気がする。

(ギル、精霊って、なんなの?)

 頭の中で聞いてみる。だがやっぱり、それに対する答えは無かった。答えたくないのか、知らないだけなのか、それとも単なる気まぐれなのか。

 もやもやとした気持ちのまま、レナは屋敷を出た。

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