第10話 森の中
特に問題が起こることもなく、レナたちは森の道を
魔獣騒ぎによってしょっちゅう封鎖されることで有名なこの道だが、一昨日レナたちが退治して以来、新たに道の近くで発見されたりはしていないようだ。もちろん、道を外れれば森の中にはたくさんの魔獣がいるし、魔法を使うような危険度が高い個体には、ギルドから討伐依頼が出される。レナたちが目指しているのもそのうちの一つだ。
正午の少し前に一番目の目的地へと到着して、全員で昼食を取ることになった。道沿いに行けるのはここまでだ。ここからは、本当の森の中を進まなければならない。
レナは木の根に腰をかけ、荷物を漁って食事の準備をしていた。準備と言っても、朝に作ってきたものを取り出すだけだ。ハムやベーコンと野菜が挟まれたパンを、敷物の上に並べていく。
「いい香り」
手際よく作業するレナの手元を、ヒューがひょいと覗き込む。レナは照れたように笑って言った。
「すみません、ちょっと時間がなくて、朝の残りなんですけど……その代わり味は工夫したので、好きなものを取ってください」
「ほうほう」
と、ラスも近くに寄ってきた。綺麗に並べられたパンに目をやる。
パンに挟まれた具材はハムかベーコンかの違いしかないが、ソースはばらばらで、全十種類ある。備蓄しているマスタードや、それに蜂蜜を加えたもの。スパイスやチーズが入ったものに、酢やワインを煮詰めたもの。それから、ベリー系の果実を加えたものまである。最後のやつは人によって好みが分かれるが、レナは結構好きだ。
全員、一斉に食べ始める。反応が気になるレナだったが、
一口食べ終え、最初に声を発したのはエヴァンだった。彼はパンを凝視しながら、独り言のように言った。
「
「そ、そんな大げさな……」
レナはほんの少し顔を赤らめた。美味しいと言われるのは嬉しいが、そこまで褒められるようなものではない。手抜き料理というか、料理と言えるかも微妙なところだろう。
二人のやり取りを見て、ラスは吹き出すように笑った。
「いやいや、その気持ちは分かりますよ。我々も昔は酷かったですよね?」
「パンと干し肉だったね。毎回そればっかり」
ラスに目を向けられ、ヒューが答える。隣のエリオットも、静かに頷いている。
「はあ……」
レナは
「エヴァンさんの前のパーティは、男ばかりだったんですか?」
と、ラスが関係あるような無いような話題を振る。エヴァンは小さく頷いた。
「ああ」
「やはり。ハンターのほとんどは男性ですからねえ」
「そうですか?」
こてんと首を傾げてレナは言った。確かにこのパーティでもそうだし、ギルドで見るのも男性の方が圧倒的に多い。だが自分の知り合いを考えると、女性もそれなりにいるような気がする。単に、同性と関わることが多いというだけかもしれない。
「精霊使いは女の子も多いよね」
レナに微笑を向けながら、ヒューが言った。ラスが即座に反応する。
「そういう傾向はありますねえ。だから余計に取り合いになるんだとか」
「あはは……」
レナは困ったような笑みを浮かべた。需要があるのはいいことだ、多分。
しばらく、とりとめの無い会話が続く。最後のレナが食べ終わったころ、エリオットが告げた。
「そろそろ出発しようか」
それを合図に、全員片づけを始める。ここからが本番だ。レナは気合を入れるため、拳をぐっと握りしめた。
膝から腰ぐらいの高さの藪の中を、五人は慎重に進んでいった。隊列は、魔獣や獣と突然出くわしても対処できるエリオットとヒューが一番前、レナとラスが真ん中、弓が使えて、また万が一背後から襲われても剣で応戦できるエヴァンが一番後ろだ。
足元が見えづらい中で森を歩くのは、なかなか大変だった。道の周辺ではまばらだった木も、密度が段々上がってきていて、視界も悪い。
「わっ」
木の根か何かに足を引っかけて、レナがよろける。危うく転びそうになったところで、後ろから腕を掴まれ、ぐいと引っ張られた。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
体勢を立て直して振り返ると、エヴァンがじっとこちらを見ていた。いまいち表情に乏しい彼の顔からは、何を考えているのか全く読み取れない。
腕を放され、正面に向き直る。先頭を歩いていた二人が、立ち止まってレナの方を見ていた。エリオットに何か言われるかと思ったが、喋ったのはヒューの方だった。
「気をつけてよ、足元」
「はい、ごめんなさい」
不機嫌そうに言うヒューに、しゅんとして頭を下げた。それをフォローするかのように、ラスが明るい声を出す。
「そろそろ探知魔法をかけ直しますね。少しお待ちを」
ラスは目を閉じて、魔法の行使のために集中を始めた。探知の魔法は使った瞬間だけ効果のあるものと、しばらく持続するものの二種類あり、ラスが使えるのは後者の方だ。とは言え数分で切れるので、その度にかけ直す必要がある。
「終わりました。さ、行きましょう」
目を開け、にっこりと笑ってラスが言った。森の中の行軍が再開される。
「あんまり使ってないよね、その魔法。ずっと使ってればいいんじゃないの? 仕事の時は」
ラスの方に目をやりながら、ヒューが言った。ラスは大きく首を振る。
「いやいや、結構疲れるんですよ、これ。普段なら、魔獣と戦う時のために余力を残しておきたいですからね。レナさんが一緒の時だけ使える手です」
「なるほどね」
ヒューが残念そうに肩をすくめる。レナは、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「エヴァンさんの前のパーティには、精霊使いは居たんですか?」
「それは……」
レナの何気ない質問に、エヴァンは口ごもった。ヒューが意地悪く聞く。
「なに? 他のパーティーに引き抜かれたとか?」
メンバーの引き抜きは、あまり上品なことでは無いとされているが、それなりに行われている。精霊使いなら
「違う」
エヴァンは短く答える。少し迷うように間を置いたあと、言葉を続けた。
「居たが、死んだ。街で殺されたんだ」
「えっ」
レナは思わず声をあげた。どきりと心臓が跳ねる。前に露店広場で、墓参りの話をしていた人か。もしかしてエリオットが言っていた、フード姿の人物にやられたのだろうか。
「ふーん……」
ヒューが意味ありげに呟く。その直後、エリオットが振り返って、全員に厳しい視線を向けた。彼は警告するように言った。
「みんな気を抜きすぎだぞ。もういつ魔獣が現れてもおかしくないんだ」
「大丈夫でしょ、ラスがいるんだし。それに、ちゃんと周りは見てるよ」
心外だと言いたげな表情のヒューが、そう反論する。ラスも、取り成すように笑みを浮かべた。
「ええ、近くに魔獣は……」
と、言いかけた彼の言葉は、最後まで続かなかった。突然、はっとした表情を浮かべたラスが、叫び声を上げたからだ。
「伏せろ!」
即座に反応できたのは、エリオットとラスの二人だけだった。声に驚いてしまったレナは、びくりと立ち止まった。
(……え)
真っ白な何かが、視界の端に映る。それを認識した次の瞬間、強い衝撃が体を貫き、レナの意識は暗転した。
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