第9話 作戦会議

 魔獣退治当日の朝、日の出前に起きたレナたち五人は、揃って食事をっていた。テーブルの上には、パン、厚切りのベーコンとハム、サラダ、それからフルーツが並んでいる。この家の朝食にしては、かなり豪華だ。

 もそもそとパンを食べながら、レナは昨日会った少女に思いを巡らせていた。あれはいったいどこの子だったのか。どうして平気で川の中に入って行ったのか。一人で帰してしまって、大丈夫だったのだろうか。

「具合でも悪いの? レナちゃん」

 隣に座るヒューが、少女の顔を覗き込むように見る。レナは、はっと顔を上げると、ふるふると首を振った。

「あ、いえ、大丈夫です」

「そう? それならいいけど」

 もう一度、相手の顔をしばし見つめたあと、ヒューは食事に戻った。そんなに自分は深刻そうな顔をしていたんだろうかと思って、レナは眉を寄せた。

「今日の対象ターゲットについて、改めて確認しよう」

 一番に食べ終えたエリオットが話し始める。朝食を摂りながら皆で作戦会議をするのが、このパーティの通例になっていた。大事な話を聞き逃さないように、レナは耳を傾ける。

「種別としては、狼型の魔獣だ。ただ前にも話した通り、氷系の魔法を使ってくる。遠くから連発されると厄介だ」

「串刺しにならないようにしないとね」

 ヒューが横から口を挟む。炎系に比べると威力が低いと言われる氷系の魔法だが、遠距離から氷の矢や槍が飛んでくるのは、十分に脅威だ。

「完全に防げるほどの防具も、対抗できる魔法具も我々は持っていない。だから、そもそも魔法を撃たせないことが重要だ。レナは妨害に徹してくれ」

「はい」

 レナは神妙に頷いた。精霊使いであれ魔獣であれ、魔法を使うにはかなりの集中力が必要になる。威力が高ければ尚更だ。レナの『青い炎』は、妨害にうってつけだった。

「エヴァンは弓が得意なんだったな。レナの補助として、妨害に回ってくれ」

「分かった」

 若干緊張した様子で答えるエヴァン。エリオットは満足したように頷くと、ラスの方に視線を移した。

「妨害するためには、こちらが先に相手を見つけなければならない。ここはラスの探知魔法に頼る」

「ええ。任せてください」

 ラスは口元に笑みを浮かべた。

 彼は魔法使用時の疲労が他の精霊使いと比べて少ないようで、休憩せずに使える魔法の回数が非常に多い。従って、繰り返し使う必要のある探知魔法と相性がいいのだった。

 魔法を使った際にどれだけ疲れるかは先天的なものが大きく、同じ魔法に慣れれば多少は疲労を軽減できるものの、根本的に鍛えるのは難しい。レナは精霊使い全体からしても疲れる方なので、ラスがとても羨ましい。『青い炎』を何度か使うと、もうばててしまう。

対象ターゲットは東の森の奥にいる。途中までは道沿いに行けるが、そこからは正真正銘の森の中だ。森で一夜を明かすことになるから、病気や怪我をしないように十分気をつけてくれ」

「分かってるって」

「森の奥で野営ですか。少し楽しみでもありますねえ」

 軽いノリで答えるヒューとラスに、エリオットは渋い顔をした。レナも実のところ、多少はわくわくしている部分もある。あえて口に出しはしなかったが。

「他に質問はあるか?」

 エリオットが全員を見回す。誰もなにも言わない。唯一まだ食事中であるレナの、食器がカチャカチャと鳴る音だけが響く。

「よし。じゃあレナが食べ終わったら出発しよう」

 その言葉に、少女はこくこくと頷いた。


 ちょうど日が昇るころに、レナたちは家を出た。今回は野営の必要があるので、みな結構な荷物を背負っている。レナとラス以外は重い武具を背負っているので、余計に大変そうだ。エヴァンは剣も弓もそれなりに使えるらしく、両方持ってきていた。

 近くの家からも、仕事に出かける人々の姿がちらほらと見られた。グラントの西に広がる畑を見に行く者、商品の入った荷車を引いて店舗に向かう者、南にある工房へ向かう者など、様々だ。

 もちろん、レナと同じハンターの姿もある。あまり話したことはなくとも、顔は知っている人ばかりなので、お互いに挨拶をして通り過ぎた。新しいメンバーであるエヴァンが気になるようで、ちらちらと視線を向けて去って行く。本人は、少し居心地が悪そうだ。

「やあ」

 声の方に目をやると、昨日に引き続き、三日連続で会ったグレンが、手を振ってきていた。レナは思わず、ヒューの陰に隠れるように移動する。

 彼の後ろには、一昨日にギルドで彼とつるんでいた男二人が、ぼんやりとした様子でついてきていた。三人とも、なんだか眠そうだ。昨夜も酒盛りでもしていたのだろうかと、勝手な想像をしてしまう。

「おはようございます」

 ラスがいつもの笑顔で返事する。他のメンバーも、軽く会釈して返した。ただし、ヒューだけは知らんぷりしていたが。

 二つのパーティが並んで歩く。彼らもレナたちと同じく、都市の東門に向かっているようだ。

 グレンは、レナのパーティを眺めながら聞いた。

「森で仕事? ずいぶん大人数だね」

「ええ。エヴァンさんが新しく入ったので、訓練の意味も兼ねて、ですね」

 ラスが隣で歩くエヴァンを手で示しながら答えた。グレンは、へえ、と言って視線を送る。どうやら昨日会った人物であることは気づいていないようだ。結構目立つ容姿をしているのだが。

「そちらも森ですか?」

「いや、森には入らないよ。ちょっとサイスまで、荷運びの仕事をやってるんだ」

「ほう」

 ラスが意外そうに声を上げた。確かに、彼らが背負う荷物はかなり大きく、野営するにしても過剰だ。

 ハンターの主な仕事はもちろん魔獣退治だが、それ以外全くやらないというわけではない。普通の獣や山賊の討伐などが、ハンターズギルドで斡旋あっせんされている。荷運びも同様で、ハンターに頼めば護衛がセットで付いてくるようなものなので、さほど量は多くないがそれなりに貴重な物を運ぶのに重宝されていた。

「それにしても、魔獣退治以外はやりたくないと前に言ってませんでしたか?」

「んー、今回は他の目的もあってね」

「ああ、もしかして湯治ですか? 前回の仕事で、皆さん怪我されたそうで」

「よく知ってるね。まあ、そういうこと」

 グレンが少し情けなさそうに笑った。

 サイスは森の北側に広がる山岳地帯の、峠にある町だ。四つの街道の合流地点という交通の要所であり、また効能が高い温泉で有名だ。そのため、山の上という場所にも関わらず訪れる人は多く、また宿も多い。

 レナも一度は行ってみたいと思っているのだが、まだ実行できていない。片道で丸一日近くかかるというのは、単なる観光で行くには躊躇ちゅうちょしてしまう距離だ。ちょうどいい仕事があればいいのだが……。

『ヒューにお願いしてみたらどうだ?』

 と、ギルに突然提案された。ちょうどいい仕事を探すのを、ということだろうか。そう言われても、単なる個人の趣味でそんなお願いをするのは気が引ける。あと、なんでヒューなんだろう。

 首を捻っている間に、都市の東門に着く。西門ほどではないが、こんな時間でもそれなりに人が通っていた。夜を徹して歩いてきたのか、外から入ってくる人もいる。

「じゃ、俺らはここで」

「ええ、お気をつけて」

 門を出たところで、向こうのパーティは北の街道へ歩いて行った。結局グレン以外は終始ぼんやりしていて、時折欠伸あくびを漏らしているほどだった。

 彼らを見送って、目の前にある森へと向かう。途中、ラスがぽつりと呟くように言った。

「なんだか眠そうでしたねえ」

「酒でも飲んでたんじゃないの。夜遅くまで」

 ヒューの言葉を聞いて、レナはくすりと笑った。どうやら、彼も同じ意見だったようだ。

「道沿いに危険は無いと思うが、あまり気を抜くなよ」

 エリオットが釘を刺す。それぞれが思い思いの反応を返して、レナたちは森へと入った。

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