第7話 魔法具店

 大通りに戻ると、レナは西に向かって歩いた。道の左右には、露店広場と比べると落ち着いた、そしてその分値段も高い、様々な店が並んでいる。お気に入りの雑貨屋につい寄りたくなるのを我慢して、先を急いだ。

「レナさんレナさん」

 不意に、どこかから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。きょろきょろと辺りを見回すと、店の窓から若い女性が手招きしている。

「あ、はい」

 てくてくと店に向かう。近づくにつれて、かすかな、だが刺激的な香りが漂ってくる。刺激的とは言っても不快なものではなく、どちらかと言うと、お腹がすいてくる。ここは、料理に使う様々な香辛料を扱う店だ。

 窓から中を覗くと、ガラス瓶、木箱、壺などの、大小さまざまな容器で埋め尽くされているのが分かる。その間に、先ほど手を振って来た女性が立っていた。

「すみません、レナさん。この前譲っていただいた魔獣の爪ですけど、もう残ってないですか?」

「ええと……」

 レナは困ったように眉を寄せた。たまたま入手した物で、手持ちはもうない。

 魔獣素材はハンターズギルドで取引されるのが一般的だが、全てを網羅しているわけではない。従って、ハンターと商人が個人的にやりとりする場合も少なくない。

 手持ちについて正直に話すと、店主の女性は残念そうに肩を落としていた。レナが別れを告げたあと、ギルドに依頼でも出そうかしら、などとぶつぶつと言っていた。香辛料に使うのだろうが、食べても大丈夫なんだろうか、と思わなくもない。

 またしばらく通りを進んだあと、右手の横道に入る。今日買い物に行く店は、大通りからかなり外れたところにある。

(……あ)

 入り組んだ路地をだいぶ歩いたところで、昨晩のエリオットの忠告を思い出した。人通りが少なく、見通しの悪いこの道は、誰かを襲うのにはぴったりなんじゃないだろうか。

 しかし、今更引き返しても手遅れだ。ここはいつも通ってるんだし、と自分に言い聞かせ、目的地への道を早足で進んだ。外に出る時はいつも腰に下げているナイフの柄に、そっと手を当てる。

 幸い特に何も起こることもなく、路地の奥にある店に到着する。装飾過多の派手な看板が掲げられたその店は、周囲の簡素な建物からかなり浮いていた。看板には、『スコットの魔法具店マジックショップ』と書かれている。

「いらっしゃいませ、レナさん」

 中に入ると、人の好さそうな青年が笑顔で出迎えてくれた。丸眼鏡がトレードマークの彼が、店主のスコットだ。

 ハンターになる前からこの店には何度も来ているので、もうすっかり常連だ。とは言っても、何も買わずに帰ることも多く、買ったとしてもごく安いものばかりだ。そのことが心苦しく思ってもいたので、今日はそれなりにいい物を買うつもりだった。

 ここで取り扱っているのは、魔法具と呼ばれる、魔法に似た効果を発揮する特殊な品の数々だ。魔法具の材料は、魔獣素材を中心に、鉱物や植物など多岐に渡る。

「なにかお探しのものが?」

「はい。魔法を防げるようなものを、探してるんです」

 それを聞いて、店主はすっと目を細め、真剣な表情になった。

「なるほど、大会トーナメントに出るんですね? それならちょうどいい品が入ってますよ。相手の精霊を操って、自滅させるという……」

「え、いえ、違います、そういうわけじゃなくて」

 そばの棚から商品を取り出そうとする店主に、レナは慌てて首を振る。

 グラントでは定期的に闘技大会が開催されていて、ハンターや傭兵、賞金を主な収入とする者など、様々な人たちが参加する。ルールは緩く、つまりは非常に危険で、毎回死者が出るほどだ。レナは参加どころか、観戦したことすら無い。

 焦るレナに、店主は吹き出すように笑った。

「ははは、冗談ですよ。魔獣退治に使うんでしょう。少しお待ちくださいね」

「はい……」

 からかわれたことに気づいたレナは、困ったように笑い返す。見かけによらず、この店主はこういう悪戯いたずらが大好きなのだ。よく知っているはずなのに、毎回ひっかかってしまう。

 彼が奥に引っ込んでいる間、レナは店内を見て回った。商品に共通しているのは魔法具であるという点だけなので、ジャンルはばらばらだ。ハンターが魔獣退治に使う道具もあれば、家で使う明りや、調理器具まである。

(あ、これいいな)

 レナが目を留めたのは、黒い石のような素材でできた、大きめの鍋だ。説明には、『中に入れた料理を温かいまま保存できます』と書いてある。

 一瞬購入を検討したのだが、値段を見て諦めた。ハンターになってから今までに稼いだ総額を、軽く超えている。鍋一つにこんなお金を出せるのは、よっぽどの金持ちぐらいだろう。

 一角兎の角のようにほぼ素材のままに近い魔法具はともかく、こういった加工品を作れる者は限られるため、どうしても高くなる。

「お待たせしました」

 やがて戻ってきた店主の手には、青く透明な、涙滴型のペンダントがあった。彼はそれを掲げ、得意げに言った。

「魔法を防ぐなら、この『竜の涙』にまさる物はございません。貴女あなたに向けられたどのような魔法も、たちどころに雲散霧消うんさんむしょうすることでしょう」

「え、そんなすごいものが……」

 レナは、宝石のようなペンダントトップを凝視する。そんなものがあるなら、闘技大会で精霊使いの出番など無くなるんじゃないか、と思ったのだが、

「すごいでしょう? ……ただし、効果は一回きりなんですけどね」

「なるほど」

 その言葉を聞いて納得した。とは言え、ハンターにとってはぜひ欲しい品だ。魔法は非常に強力であり、一度攻撃を受ければ致命傷になることも珍しくない。

 値段を聞いてみると、一応予算の範囲内ではあった。使い捨ての魔法具に払うにはかなり高いが、効果を考えて買うことにした。

「お買い上げありがとうございます。首にかけるだけなので使い方は簡単ですが、防ぐのは悪意のある魔法に限らないので、十分に注意してくださいね。お仲間の魔法で壊れるなどという、悲しいことになりますので」

「分かりました」

 レナはこくこくと頷く。明日からの仕事はラスさんと一緒だし、よく話しておかないと。

「ありがとうございました。また来てくださいね」

「はい」

 いつもより三割増しの笑顔に見送られて、レナは店を出た。

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