第5話 不穏な噂
レナの作ったシチューは、男たちに概ね好評のようだった。旨い酒と相まって、新しいメンバー、エヴァンの態度も幾分柔らかくなっていた。
「エヴァンさんが元いたパーティも、うちと同じく大所帯でしたよね。確か八人ぐらいで」
「ああ、そうだ」
ラスの言葉に、エヴァンは驚いたように答えた。エリオットに代わって外部との交渉役をやっているラスは、他のパーティの事情にも詳しい。
パーティの規模は様々だが、八人は多い方だろう。大抵の魔獣退治の推奨人数が二人から五人程度なので、その辺りが一般的だ。多ければ多いほど融通は効くが、まとめるのも大変になる。エヴァンがいたパーティも、もう解散してしまったらしい。
「こんな立派な家なんて無かったけどな。ばらばらに安宿を取ってた」
エヴァンは赤みがかった顔で言った。ほんの少しだが、
彼の言葉を聞いて、レナはぐるりとリビングを見渡した。この部屋だけでも結構な広さだし、もう何人か増えても一緒に食事できるだろう。
「まだ三人だった時ですよね、家を買ったのは」
「ああ。人を増やそうと思ってな」
ラスが目をやると、エリオットは小さく頷いた。
レナは、その事実に少し驚く。三人のころから、家を買えるほど稼いでたのだろうか。眉を寄せたエヴァンも、同じことを考えたようだった。
「そんなに金が余ってたのか?」
何気ない質問に、ラスとエリオットの手が止まった。
「それは……」
「……たまたまだ。とにかく部屋には余裕があるから、二階の一室を好きに使ってくれて構わない」
彼らは質問にちゃんと答えずに、別の話題に移る。エヴァンは少し不審げにしながらも、それ以上重ねて尋ねはしなかった。その後も、主にラスが話題を提供する形で、三人の間ではそれなりに会話が続いていた。
残った二人はどうかというと、ヒューは最初の印象を引きずっているのか、むすっとして黙り込んでいる。レナも、エヴァンに話しかけるタイミングを掴めずにいた。
エヴァンは先ほどから、睨むような視線――これはレナの被害妄想かもしれないが――を向けてくる。それでいて、レナが彼の方を見ると、さっと顔を背けられてしまうのだ。
もう残り少なくなったシチューに目をやり、ぐるぐるとスプーンでかき混ぜる。ワインはもう無い。お酒は強くないので少ししか貰わなかったのだが、もう少し酔った方がまだ話しやすかったかもしれない。
(さっき目を逸らしたの、怒ってるのかな……)
そう思ってしょんぼりしてしまう。やっぱり人を見た目で判断するなんて、よくない。『そうだぞ!』とギルにも怒られてしまった。
「今日、次の仕事を取ってきた。明後日から、この五人でやるつもりだ」
エリオットのその言葉に、レナは思わず顔を上げた。ずっと黙っていたヒューも、訝しげに眉を寄せる。
「五人って、ラスとレナちゃんを両方連れていくの?」
「そうだ」
「ふうん。穏やかじゃないね。精霊使いが二人も必要だなんて」
精霊使いなんて、居ないパーティの方が多いぐらいなのだ。どんな魔獣と戦うのだろうかと、レナの胸にも不安が広がる。
「魔法を使う中級の魔獣だが、強さは並だ。エヴァンとの連携を確認する意味も含んでいる」
「なるほどね」
新しいメンバーが入った時は、お互いの戦い方を理解するのが最も重要だ。このパーティは人数も多いし、効率よく進めたいということなのだろう。
「分からないことも多いから、教えてもらえると助かる」
「ええ」
エヴァンに視線を向けられて、ラスはにっこりと笑った。次いで、レナもちらりと目を向けられたが、頷き返そうとした時にはもう
一通り話し終えたあと、誰からともなく席を立つ。いつも片付けをしているラスが、テーブルの上の皿を回収していく。
「レナ、ちょっと資料室に来てもらってもいいか」
二階にある自室に戻ろうとしたレナを、エリオットが呼び止めた。
「あ……はい」
その声からは、
彼の後について、家の奥、皆が資料室と呼んでいる部屋に向かう。本棚と机だけの部屋で、ハンターや魔獣に関する一般的な書物や、パーティが今までに書いた記録などが放り込まれている。実質的には、エリオットが事務作業をするための場所だ。
中に入ったエリオットは、椅子に座ろうとして、途中で思いとどまったようだった。一人分しか無いことに気づいたのだろう。仕方なく、立ったまま話し始める。
「最近、周りでおかしなことはないか?」
「おかしなこと、ですか?」
予想外の言葉を聞かされて、レナは
「例えば、街で視線を感じたり、つけられたりしたことは?」
「え、な、ないと、思いますけど……」
不穏な質問に、レナはしどろもどろになりながら答える。エリオットは、そうか、と呟くように言ったあと、少し間を置いて言葉を続けた。
「最近、精霊使いが襲われる事件がいくつも起きているらしい。相手は凄腕のナイフ使いで、知り合いのパーティでも何人か襲われている。殺されたやつもいる」
「えっ」
レナは目を見張った。
「精霊使いだから狙われたのかは分からない。たまたまかもしれないが、十分気をつけてくれ。聞いた限りでは、
「は、はい」
「襲ったやつはフードを被っていて、誰も顔を見ていないそうだ。背はあまり高くない。レナと大差無いという話だ」
「わかりました」
自分と同じぐらいということは、女性か子供か、もしくは背の低い男性かだ。レナは、フードを目深に被り、顔を隠して近づいてくる人物の姿を想像した。
「それから、今日の仕事のことだが」
「はい」
「魔獣と戦う時の作戦は、きちんと把握しておいてくれないと困る」
レナはびくりと体を震わせた。もうこの話はしないのかと思って、すっかり油断していた。
「……はい、ごめんなさい」
「もう一度確認しておいてくれ」
「はい」
言い聞かすようなエリオットの言葉に、レナはしゅんとした。部屋に戻ったら、資料を見ておかないと。
「話はそれだけだ」
「わかりました。ありがとうございます」
レナは手を前に揃えて小さくお辞儀すると、資料室を後にした。自室に向かいながら、エリオットが語った事件に思いを馳せる。
(ほんとに精霊使いが、狙われてるのかな)
ハンターの間では引っ張りだこの精霊使いだが、彼らに対する一般人の反応は様々だ。魔法は戦いに限らず何にでも役に立つので、基本的には感謝される。しかし、気味悪いと言って避けられることも少なくない。
(心配しすぎても、仕方ないんだろうけど)
精霊使いであろうと無かろうと、犯罪に巻き込まれて命を落とす人は一定数いる。比較的治安が良いと言われているこのグラントだが、それでも皆無とはいかない。
廊下をとぼとぼと歩きながら、レナは無意識にため息をついた。
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