第4話 新しい仲間
ラスが家から出て行ったあと、レナは少しの間ソファーでぼんやりとしていた。自分の部屋に行こうかと考えていると、玄関の扉が開くがちゃりという音が耳に入る。
忘れ物でも取りに戻って来たのかと思ったが、リビングの扉を開けたのは、ラスではなくてヒューだった。きょとんとした表情のレナに、彼は首を
「どうかした?」
「あ、いえ。ついさっき、ラスさんが出かけて行ったので……会いませんでした?」
「いいや?」
とすると、ちょうどすれ違ったのだろうか。ヒューは部屋に入ってくると、テーブルに置きっぱなしの本に目を留めた。
「図書館にでも走ってったの?」
呆れたように肩をすくめる。どうやら彼の行動はお見通しらしい。さすが、付き合いが長いだけのことはある。
「せっかくいい物買ってきたのにね」
言いながら、ヒューは荷物の中からワインが入っているらしき瓶を取り出し、テーブルに置いた。それを見て、レナはくすりと笑う。お見通しなのはお互い様らしい。
「追加の報酬が入ったら、ヒューさんはきっとお酒を買ってくるだろうって、ラスさんが言ってましたよ」
「鋭いなあ」
ヒューはそう言ったあと、にやりと笑った。
「でも、報酬が入ったからだけじゃないんだよね。これを買ってきた理由は」
「そうなんですか?」
今度はレナが首を
「ま、その話は後で。とりあえず、晩飯作ってくれる?」
「はい」
こくりと頷くと、酒瓶を持って立ち上がる。家事の分担は明確に決まっているわけではないが、レナと、今日は居ない一人の男が、主に料理を作っていた。他の男性陣は、掃除や洗濯(ただしレナの分は除く)等を担当している。
ヒューは放置された本を拾って、部屋を出て行こうとした。だが、直前で何かを思い出したかのように、レナの方を振り向いた。
「そうだ、一人分多くしといて」
「え、はい」
少し戸惑いながらも、もう一度頷く。この家にとっては珍しいことだが、どうやらお客さんが来るらしい。
(今日家にいるのは四人だから、五人分作ればいいのかな)
残りの三人は、隣町に出稼ぎに行っていて、しばらく帰ってこない。ラスが食事までに帰ってくるのかが心配だったが、まあちょっとぐらい余っても問題ないだろう。
ダイニングを抜け、キッチンに向かう間に、何を作ろうかと思案する。食材置き場をしばらく眺めた後、塩漬け肉といくつかの野菜を手に取り、まな板の上に置いた。
(うん、シチューにしよう)
そう決めると、髪を一つに結び直し、腕まくりをして野菜を洗い始めた。
「美味しそうな香りですね」
「あ、おかえりなさい」
ラスが戻ってきたのは、ちょうど食事の準備ができたころだった。レナはシチューの入った鍋をかき混ぜながら、ちらりと目をやる。
彼は椅子に座ろうとしたところで、ラスの買ってきた酒に気づいたようだった。ボトルを手に取って、目を見張る。
「これはこれは、ずいぶんと奮発したようで」
「高そうですよね」
「一級品ですよ。このワインは王宮や高級レストラン向けに出荷されているもので、一般にはほとんど出回らないんです。由緒ある醸造所が造ってるんですよ」
「へえ……」
そこまでの物とは思っていなかった。ラスさんは詳しいなあと感心する。
「報酬の上乗せ分を考慮しても、足が出そうですが……ああそうか、新しいパーティメンバーが決まったんですね」
「えっ、そうなんですか?」
初耳だ。レナは手を止めてぽかんとした。彼女に対して何か言いかけたラスを、部屋の外からの抗議の声が遮る。
「あー、内緒にしておいて驚かせようと思ったのに」
憮然とした表情のヒューが、扉を開けて現れた。
「おやおや、人が悪いですねえ」
芝居がかった口調でラスが言う。新しいメンバーのことを事前に知っていたらしい彼らに、レナは若干緊張した様子で尋ねた。
「ど、どんな人なんですか?」
ようやくパーティの人たちにも慣れてきたのに、また人が増えるなんて。怖い人だったらどうしよう、と心配になる。
「どんなやつかは知らないな」
「何人か面接していたのは知っていますが、どなたに決まったのかは分かりませんねえ」
「なるほど……」
レナは不安げに目を伏せた。パーティのことは、エリオットが一人で決めてしまうことが多い。これは、ヒューとラスとの三人だったころから変わっていないらしい。
「ま、そんなに変なやつを入れたりはしないでしょ」
ヒューはそう言ったが、それで安心できたわけでもなかった。まあ、このパーティに入った時に比べれば、なんてことないのかもしれないが……。
と、その時、家の入り口の扉が開く音がして、レナははっと顔を上げる。全員が注視する中、エリオットがやってきた。
「ただいま。……その様子だと、レナにも説明したみたいだな」
彼に続いて、見知らぬ男性が入ってくる。歳はレナとエリオットの間ぐらいだろうか。背は低く、レナより少し上程度。短く切った髪は珍しい赤色で、遠くからでも目立ちそうだ。右の頬に細長い切り傷の跡が残っていて、そして目つきがかなり悪い。
外見で判断してはいけないと思いつつも、レナは真っ先に『怖そう』と思ってしまった。
「今日からこのパーティに入る、エヴァンだ」
「……よろしく」
エリオットが手で男の方を示すと、彼はぶっきらぼうに挨拶した。そして、それきり黙ってしまう。もう少し自己紹介でもさせるつもりだったらしいエリオットが、困ったようにエヴァンを見た。
エヴァンはそこにいる一人一人を、警戒するかのような眼差しで見据えた。最後に順番が回ってきたレナは、思わず視線を逸らしてしまった。
「ええと、まずは、飯にしようか」
ぴりぴりした空気を払拭しようとしたのか、若干取って付けたような、明るい声でエリオットが言う。レナも、こくこくとわざとらしく頷いた。
「は、はい。いま出します」
それを聞いて、男たちはぎこちない動作で席についた。レナは今後が不安になりながらも、配膳の作業に集中した。
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