第2話 ハンターズギルド

 人の歴史において、魔獣は常に厄介な敵であり続けた。追い払うことは不可能で、一度でも人里近くで発見された場合は、どんなに被害が出ても必ず退治してきた。一部の個体は『魔法』と呼ばれる超自然的な力を操り、一匹で都市を丸ごと滅ぼした話すら残っている。

 数が少ないことだけが唯一の救いだったが、その状況も徐々に変わりつつあった。年々増え続ける彼らに対抗するため、魔獣狩りを専門とする職業、ハンターと、それを統率するハンターズギルドが生まれたのは、ここ百年ぐらいのことだ。今では、世界中にギルドの支部が置かれている。

 レナも、ギルドに所属するハンターの一人だ。拠点としているのは、アデュリア王国の東端に位置する、城壁都市グラント。南北に延びる大河に掛けられた大きな橋の、両側に発展してきたこの都市は、国内最大の貿易拠点として、王都に次ぐ規模を誇っている。

 魔獣狩りの仕事を終えたレナたち三人は、グラントのギルド支部へと向かっていた。森からの道が繋がる東門では、自分たちのようなハンターや旅人たちが、ほとんど途切れることなく行き来している。

 とは言っても、終始商人の荷馬車が列を成し、順番待ちにうんざりさせられることで有名な西門に比べれば、人の数は少ない。東にあるのは森か山を抜けて隣国のキルグライス王国に行く道だけだが、その隣国は非常に小さく、貿易に適した特産品なども無い。

 東門から大通りを進めば、橋の手前にギルドの建物がある。周囲にある建物はどこも、多くの人が出入ではいりしていた。橋周辺に集まっているのは、重要な施設ばかりだ。

 建物に入ると、中はいつも通りハンターたちでにぎわっていた。ギルドでは仕事の斡旋あっせん以外にも、魔獣に関する情報の売買や、パーティを組む相手の紹介など、様々なサービスが提供されている。また、酒も料理もいまいちだがとにかく安いと評判の、簡易的な酒場も併設されていて、酒好きのハンターたちに利用されていた。

「やあ、久しぶり」

 エリオットたちより少し後ろを歩いていたレナに、気安い声がかけられる。と同時に、肩に手を回され、

「ひゃあ!?」

 変な声をあげて、思わずするりと避けてしまった。声をかけてきたぼさぼさ頭の男性は、ぽかんとした表情でそれを見る。

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん? 今日は一人で……」

 言葉が途中で途切れる。その視線の先には、腕を組んで男をじっと見据えるヒューの姿があった。口角は上がっているが、目が笑っていない。

「うちのレナちゃんになんか用? グレン」

「なんだ、ヒューもいたのか。そんなに怖い顔するなよ」

 グレンと呼ばれた男はすごすごと引き下がると、酒場のテーブルへと帰っていった。酒盛りの最中だったらしく、彼の仲間たちがにやにやと成り行きを眺めている。

 レナはほっと息を吐いた。グレンのことは少し苦手だ。レナが絡まれてヒューが追い返すという今のようなやりとりが、ここ数か月で何度もあった。

「まったく、酔っ払いめ」

 ヒューはぼそりと言って、再び歩き出す。レナは、今度は彼の後ろにぴたりとついていった。

 先に行ってしまっていたエリオットと合流し、仕事の完了を報告するため、受付の一つへと向かう。カウンターに座る馴染みの女性に向けて、ヒューが片手を上げた。

「戻ったよ」

「おかえりなさい、ヒューさん。エリオットさんとレナさんも」

 ギルドの職員、ローザが、花が咲いたような明るい笑顔を見せた。この笑顔に撃沈させられた男性ハンターは多く、告白して断られた者も数知れないという噂だ。

「お仕事は上手くいきましたか?」

「ああ。だが少し問題があった」

「問題というと……」

 エリオットの言葉に、ローザは不安げに眉を寄せる。彼は背負った大きな布袋と、手に持っていた魔獣退治の依頼書をカウンターに置いた。

「依頼書には魔獣は一匹と書いていたが、実際には二匹いた。両方退治したから、確認してくれ」

 それを聞いたローザは、慌てた様子で袋を開いた。中には、捻じれた角が四本入っていた。

「すみません、こちらの調査不足です」

 彼女はそう言いながら、深々と頭を下げた。魔獣退治をする上で、敵の強さや数の情報は極めて重要だ。そのため、ほとんどの依頼にはギルドの事前調査が入る。

「ま、たまにはそういうこともあるよね。念のためレナちゃんを連れて行ってたから、特に苦戦はしなかったよ」

 ヒューが慰めるように言った。調査が入るとは言っても、最終的には依頼を受けたハンターの自己責任だ。

 魔法を使わない低級の魔獣一体であれば、経験を積んだハンター二人であたるのが適正と言われている。時には、一人ソロでやる場合もある。

「報酬の増額を相談したいんだが、構わないか?」

「はい、もちろんです。奥で上の者が対応します」

 エリオットの言葉に、ローザは即座に首肯しゅこうする。

「俺も一緒に行くよ。レナちゃんは先帰ってて」

 ひらひらと手を振るヒューに、レナは頷き返した。彼はエリオットと何やら話しながら、ギルドの奥へと歩いていった。

 二人の後ろ姿を眺めながら、レナは小さくため息をついた。家に帰ったら今日の反省をしよう。ヒューに指示されるまで、複数の敵が来た時の対応が、頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。みんなで決めた作戦を、もう一回確認しておかないと。

「レナさん、どうかしましたか?」

 そんな彼女に、ローザが気遣わしげな眼差しを向ける。レナは少し迷ったあと、正直に話した。

「いえ、大したことじゃないんです。お仕事で、少し失敗してしまって。私、足を引っ張ってばっかりだなって……」

「レナさんはまだ新人ですから、仕方ないですよ」

 ローザが優しく言う。レナがハンターになってグラントに来たのは、数か月前のことだ。ギルドから、追加のメンバーを探していたエリオットたちのパーティを紹介され、加入を決めた。

「それに、レナさんは精霊使いなんですから。これからどんどん活躍できますよ! レナさんの魔法は丁寧だって評判ですよ」

 胸の前で両の拳をぐっと握りながら、彼女は力強く主張した。

 精霊使いとは、『精霊』の力を媒体ばいたいとして、魔獣が使う魔法と同等の現象を起こすことができる者たちのことだ。ごく一部ではあるが、傷や病気を癒すことができる者まで存在する。魔獣退治に非常に有用だが、適性がある者にしかなれず数が少ないため、パーティ間で取り合いになっている。

『そうだぞ! もっと自分に自信を持て!』

 そんな精霊の一体である、ギルの声が頭の中に響いて、レナは思わず苦笑してしまった。

 魔獣と同じぐらい長い間、人の歴史に関わってきた彼らだが、その正体は未だに不明だ。分かっているのは、精霊界と呼ばれる場所に存在し、こちらの世界には決して姿を現さないこと、一体の精霊の声は一人の人間にしか聞こえないこと、そして魔法の媒体となることぐらいだ。

「少しずつ成長していけばいいんです。それでもどうしても困ったことがあったら、遠慮なく相談してくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「それから……」

 ローザはきょろきょろと周りに目をやって、近くに人がいないことを確認した。ぐっと身を乗り出し、声をひそめて言った。

「レナさん、パーティのかたと一緒に住んでるそうですが……男性ばかりの家に女性一人なんですから、気をつけてくださいね。エリオットさんのところには、変な人はいないと思いますけど」

「は、はい……」

 レナは少し頬を赤らめつつ、こくこくと頷いた。一緒に住んでいるとは言っても、鍵付きの個室に引きこもっていることが多い。寮のようなものだ、と少なくとも自分はそう思っている。

 ローザは満足したように笑うと、体を引いた。

「それでは、気をつけてお帰りください。報酬のことは、後でエリオットさんたちに聞いてくださいね」

「はい」

 最後に丁寧にお辞儀する。レナはギルドを後にし、家へと向かった。

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