第8話嘘と本音

前回までのあらすじ︰他人の日記は読んじゃダメだぞ☆


ゆーくんの体で目覚めて3日がたった。

私・・・いや、ゆーくんの体はびっくりするほど回復が早く、軽い食事くらいなら取れるようになっていた。

主治医の先生は、もう少し様子を見てからリハビリを始めると言っていた。

しかし、1日の中で暇な時間は結構あるので、手足の指を開いたり閉じたりみたいな簡単な運動をしていたりする。他の時間はまだ寝ていることが多いけどね。

巧磨と朔真は水曜日と、土曜日か日曜日のどっちかに来る。

それがやっかいだけど、自分でもうまくやってると思う。

「(このまま何事もなく修学旅行を迎えられればいいんだけどな)」

窓の外の、空を自由に飛んでいる鳥を見つめた。


「僕の・・・事故、は、ち・・・づるちゃんが・・・」

僕はまだ、その事実を受け止めきれないでいた。

祐鶴ちゃんが、僕に見せてくれたたくさんの笑顔が頭の中に浮かんでは消えていく。

「(あの笑顔も、嘘なのかな・・・」

僕の中の何かが、日常が、音を立てて崩れていくようだった。

いや、日常なんてとっくに崩れてたんだ。

初めて、祐鶴ちゃんに会ったあの日から。

・・・いや、僕が事故に遭ったその瞬間に。

僕が目指す、「普通」の日常は、もう帰ってこない。祐鶴ちゃんが僕の体の中にいる限り、巧や朔とも話せない。見つけてもらえない。

そっか。乗っ取る、というものは、僕から全てを奪うことだったんだ。

「何、だよ・・・今さら・・・っ」

自然と声が震えてくる。

まだダメだ。泣いちゃいけない。

祐鶴ちゃんの本音を知るまでは。


私は今日もベッドの上で1日を過ごした。

今日は日曜日で、さっきまで巧磨と朔真がいたけど、6時になったので帰っていった。

日が沈んでいって、オレンジ色に染まる空を眺めていた。

ゆーくんとして巧磨たちと話していて、分かったことがある。それは、「白石祐眞は優しすぎる」ということ。優しすぎるから、相手が傷つくような事や、相手の意見を否定するような事は言わない。

要するに、自分の気持ちを殺しすぎているのだ。人のためなら平気な顔をして自分に嘘をつく。

ゆーくんが思っていることは、ゆーくんにしか分からない。

「はあ・・・」

すっかり暗くなった空から手元に視線を落とす。

・・・ゆーくんの本音が知りたい。


月曜日。

僕は、新聞部の部室から校庭でやってる朝練を眺めていた。

昨日のうちに決めたことが2つある。

1つは、今まで通り自分のクラスの授業に出ること。

もう1つは、学級日誌と新聞を毎日欠かさず書き続けること。

だから、僕はそろそろ教室に向かわなければならない。

「(今頃、祐鶴ちゃん何してんのかな)」

そんなこと考えながら、持ち物を確認していた。

持ち物といっても、筆箱(祐鶴ちゃんのもの)と紙しか持っていかないんだけど。・・・あぁ、あと学級日誌。

「・・・あ」

教室に向かう途中、巧と会った。・・・違う。巧を見かけた。

当然、巧には僕は見えないから、巧はクラスメイトと楽しそうに教室に入っていった。

何も考えないようにして、僕は自分の席につく。

今まで通り、僕が無自覚で幽体だった時と同じ。だから、座れてるけど、クラスメイトたちには何もされていない机といすがそこにあるように見えているはずだ。

そういえば、乗っ取られたのが水曜日で、僕の意識が戻ったのが昨日で、今日は月曜日だから、木、金、土は眠っていた(?)のか。日誌の日付空いちゃったけど、大丈夫かな。

ベランダに出る。今日はいい天気だ。

ひゅうっと少し強めの風が吹いて、白くて長い髪が少し顔にかかる。僕はさっき見つけたヘアゴムをポケットから出す。

人の髪を結わえてあげるのは何度もやってるから簡単なんだけど、自分の髪とかうまく結べるかなぁ。

祐鶴ちゃんはポニーテールも似合うよなと思いながら結んでたら、普通にうまくいった。

キーンコーンカーンコーン

朝の会が始まるチャイムが鳴った。


僕の新しい日常が、始まる。


(つづく・・・)

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