恋する少年「蝶番隆太」

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 教師が落ち着いて席に座るようにと大声で促している。黒板の前には他クラスの教師も駆けつけていて事情を確認しあっている。素直に席へと戻る者もいたが、大体の生徒はまだ窓際で騒がしくしていた。

 隆太もこの騒動に驚いてはいたのだけれど、不思議と冷静な気持ちでいた。人はあまりに突拍子もない出来事が連続すると、逆に頭が冷めて周りが見えてくるものなのだと、この時初めて知った。


 教室の真ん中では一人の男子生徒が、床に胡座を組んだ状態でなにかブツブツと独り言を言っている。

 現在の隆太は壁際に体を寄せているのだけれど、自分の席の近くには、大の字で伸びた柄の悪い生徒と、しゃがみこんで汚い消しゴムを指でツンツン突付いている女子がいて、席に戻る事に躊躇いを感じていた。


 ――あ、そうだ。僕の消しゴム、どこにいったのかな――。


 騒動のお陰ですっかり頭から抜け落ちていたけれど、隆太は消しゴムを落とした瞬間にそれを見失ってしまっていた。


 ――女子が突付いているソレと同じタイプの消しゴムだけれど、僕のはまだ新品だしなあ……。


 隆太は自分の消しゴムを探すために中腰になって机や椅子の下を覗いて廻った。


 ――結局、斎藤さんとは話が出来なかった。ただ、消しゴムを失くしただけ。何かが変わる気がしたのに……大きく状況を変える為の小さな羽ばたきすら起こせなかったなあ……。


 隆太の頭の中では、落とした消しゴムと一連の騒動が結び付いていない。ただ偶然、同じタイミングで事故が起こったのだとそう考えている。自分という小さな存在がこの騒動の元凶であるだなんて考えは、一欠片も浮かんでこない。

 、どこか冷めた感覚で周りの状況を見ていたし、、どこかに新品の消しゴムが、変わらない姿で転がっている筈だと信じて疑わなかった。


 キョロキョロと床を見渡しながら、前へ、後ろへ。隆太は何度も教室内を縦断した。


「あ……あの!」


 教室を一周して自分の席近くに戻って来た時、突然声を掛けられた。

 顔を上げると……斎藤さんが、両手を胸の前で、何かを包み込むような形にして、そこに立っていた。後ろには席順でいうところの自分のナナメ前に座っている女子も付いてきている。


「何か探しているみたいだけれど……、もしかしてコレかな……?」


 オズオズといった調子で斎藤さんが手を伸ばし、貝殻を開くようにしてそれを見せてくれた。

 隆太は鼓動が段々と高鳴る中、まるでギギギという音が出そうな程ぎこちなく、視線を掌の上に向けた。


 白くて小さな掌の上には、鈍く光る二頭の虫が載っていた。

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