捕獲者「七門クルミ」

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 ――綺麗で可愛いから虫さんたちを持って帰ろうだなんて……なんて私は馬鹿だったんだろう――。


 七門は後悔していた。自分に腹を立てていた。

 虫さんだって懸命に今を生きている。それを捕獲箱に閉じ込めて、挙句の果てには……。


 教室の後方で、一生懸命に飛び跳ねていた七門だったが、ズリズリと近寄ってくる男にふと視線が向いた。そしてその男が、緑の虫を乱暴に掴み、床に叩きつけ、踏み潰すのを目撃した。

 その瞬間、顔を焼くように怒りがこみ上げた。けれども、元はといえば自分が教室に虫を持ってきたから……。七門は怒りと後悔の狭間で打ちのめされ、あえぎ、口をパクパクとわななかせた。


 ――後で弁当箱の中に残った虫さんも逃してあげよう。そして……。


 意を決した七門は男の前に立ちはだかった。


「虫をいじめる奴は、絶対に許さない!」


 それは男への怒りと、自分の罪への叱責の咆哮。

 七門は胸を張った体勢から少し腰を屈め、両腕を胸の前で交差させる。

 右腕に懺悔の祈りを込めて、左腕に仇への怒りを込めて。七門は跳ねるように、バッタのように、床を蹴り、飛んだ。


「フライングクロスチョップ!」


 いつだったか、何かのキッカケで偶然見た英雄ミル・マスカラス。七門はその昔の映像を見て、なんだかトノサマバッタみたいでカッコイイなと思っていた。だから彼の得意技を真似した。


 体が男にぶち当たる。

 クロスさせた両腕の肘が鎖骨外側、少し下にあるツボ「中附」を貫く。七門はそこを押せば効果的にダメージを与えられる事をよく知っていた。いつもバストアップの為にツボマッサージをしていたから。

 バツの形になっている手刀は男の喉仏に直撃する。以前から自分にはないその喉仏が、なんだかコロコロとした生き物みたいで羨ましく思っていた。それを遠慮なく、押し込んだ。


 男の体は衝撃でドタドタとよろめき、窓の近くまで体を後退させると、ついに大の字のような形でドサリと倒れた。ビチチッ!

 その余波で手に持っていた鞄はポーンと宙を飛び、中から何かの装置のようなものを飛び出させながら、ガラス窓へと激突する。

 ガシャンと凄まじい音を立て、ガラス窓を突き破った鞄と何かの装置は、尚も曲線を描いて宙を舞っていた――その直後。

 装置に付けられていたのであろう風船が急速に膨らみ、そして――破裂した。


 ◇


 教室中が狂ったように騒がしくなっている中、七門はそれを気にも留めず、別の事を考えていた。


 ――虫さんのお墓、作ってあげなきゃ……。蛍光灯の上にいた方の虫さんも無事かな……。私を許してくれるかな……。あれ?――


 七門は男にぶつかった後、技の勢いで転んでしまっていたが、ムクリと体を起こして、犠牲になった虫さんへと目を向けた。


 しかし、そこにあったのは、表面が汚れで黒ずんだ、四角い消しゴムだった。

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