漏れた不良「太刀川類堂」

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「うるせえ!」


 オドオドとした教師が一応の義理立てとして「どこに行くんだ。待ちなさい」と説得するのを、太刀川は突き放すように拒絶した。本当は今すぐ出ていって欲しいと思っているに決まっている。その表情が証拠だ。

 クラス中が視線を合わせないように、かつ迷惑そうに、チラチラと太刀川の様子を遠巻きに見ている。


 ――どいつもこいつも……馬鹿にしやがって――。


 まだ誰も尻から漏れ出ている違和感に気付いていないようだったが、既に、太刀川が築き上げてきた不良としてのポジション、プライドはガラガラと崩れ落ちようとしていた。さらにもし自分がクソを漏らしたなんて事が皆に知られたら、恐れという一筋の感情のみでギリギリ留まっている不良としての居場所は完全に崩れ、今後一生、嫌悪と侮蔑の視線に晒される事になるだろう。まるでクソを見るような目で――。

 太刀川は焦っていた。


 しかし大股で教室を出て行く訳にいかない。腹に痛みの第二波がやってきているのだ。騒動を起こした恥ずかしさと腹から這い登る悪寒で背中や顔に脂汗が垂れる。太刀川は近づく生徒を(漏らした事がバレないように)警戒しながら、(また漏らさないように)股をきつく締め、(既に漏れてるクソがこぼれ出ないように)ジリジリと足をこするようにして教室の後方まで移動した。


 そこに来てやっと、持ってる鞄の違和感に気付いた。なんだか普段より嵩張っていて、それに重い――。


 鞄に目を向けると、少しファスナーが空いていて中の荷物が顔を覗かせていた。透明な筒のような物に黒い液体が入っていてなにやらゴチャゴチャとした細かいものが付いている。

 不思議に感じ手を伸ばした所で気付いた。カサカサと緑色の虫が鞄の上を這っていた。


 ――虫ケラまで、俺を馬鹿にしているのか――。


 太刀川の苛立ちは最高潮に達し、乱暴に虫を掴むと、腕を振り上げ、沸いた苛立ちをすべてぶつけるようにして床へと叩きつけた。虫は床を跳ね、滑り、机にぶつかってまた足元まで転がってきた。

 尻に力を入れながら、足を少し上げ、そして虫を、踏み潰した。


 足の裏に固い感触を感じる。周囲を見ると、皆がその動作をゾッとした表情で眺めていた。


 ――そうだ。もっと俺を怖がれ。恐れろ――。


 太刀川は周りの生徒に見せつけるように、虫を踏み潰した足をさらにグリグリ捻るように動かして、酷薄な表情を浮かべた。鞄の中身の事など既に忘れてしまっていて、そのまま足の裏を一瞥する事もせず、教室の出口へと向かう。


 扉の前に、足を肩幅程に広げて道を塞ぐように突っ立った少女がいた。

 少女は両方の拳を腰に添え、胸を張って、大きな声で叫んだ。


「虫をいじめる奴は、絶対に許さない!」

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