緑の幽灯「コガネムシ(緑)」

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 乱。

 グリーンは荒れ狂う鞄の上で、鉤爪を懸命に布地に引っ掛けて耐えていた。過去に一度、嵐の中を飛翔した事があったがそれよりも凄まじい混乱が襲う。


 ――クッ! 爪の刺さりピックポイントが弱い……。このままじゃ、抜ける!――。


 ナイロン生地で頑丈に作られた学校指定の鞄。ボストンバッグタイプのそれは表面の凹凸が細かすぎた。グリーンは右前脚の鉤爪だけをなんとか引っ掛けて体を支えていたが、それも限界に近づいていた。


 グリーンは暴れる視界の隅に、ジジジッと僅かずつではあるが鈍色のファスナーが動いて鞄の入り口を広げているのを発見した。あそこに入り込めれば……。グリーンは決死の思いで、残りの脚を伸ばす。

 あと少し……。あと少しで脚が入り口に届く――。


 突然の浮遊感。人間が鞄を放り投げたのだ。

 体が浮いて制御を失い、鉤爪が、離れた。しまった――。


 落下すると覚悟した直後、鞄はなにかにぶつかり軌道を変え、自らグリーンに近づいて来た。瞬間、グリーンは伸ばした五本の脚でしっかりと鞄につかまった。

 縦に揺れる衝撃。……グリーンを乗せた鞄はドサリと音を立て、床に着地した。


「――グリーン! 無事か? グリーン!」

 混乱で途切れていた虫伝信が復活し、不安げなシルバー隊長の声が聞こえた。

「ふう……焦ったあ……。いやあ、危なかったっすよお、シルバー隊長。なんとか無事っす」

 本当は安堵の気持ちで泣き出してしまいそうな程だったが、隊長を心配させまいと、グリーンは軽い調子で答えた。

「もうすぐ充填チャージも終わるんで飛翔もできそうっす。後方の窓に隙間があるのを発見したんで、なんとかそこから外に出れそうですね。隊長も――!」


 グリーンは伝信の途中で鞄がまた持ち上がった事に気付いた。慌ててしがみつくが、その動きはゆっくりで、しかも教室後方へとゆっくり移動していた。「ウルセエ」と上方から声がする。どうやらグリーンたちが逃げ出すキッカケを作った人間が、鞄を運んでいるらしい。

 もしかしたらコイツは俺たちの味方なのかもしれない……。外への出口までの直線距離が近づき、これをチャンスだと捉えたグリーンは、後翅バックウィングの確認を急いだ。

 隊長への伝信は後だ。まずは外へと出てしまおう……と、飛翔しようとしたその時。


 上から覆いかぶさるようにして、肉厚で巨大な人間の手がグリーンの体を掴んだ。

 しまった、と思う間もなく体は持ち上げられ、そして勢い良く、床に叩きつけられる。


 胴体ボディ損傷。右後脚抜け落ちロスト。途切れそうになる意識の中、グリーンはボンヤリと上を見上げた。真っ黒い影。人間の靴の裏が迫ってくる。


 ――ああ、シルバー隊長すいません……。俺……俺……。


 ダンッ!


 教室に、靴底を叩きつける音が、響いた。

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