怯える少女「小和刈穂乃香」

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 小和刈は、ただただ恐ろしくて、その場から動けずにいた。

 急に目の前の男子が半狂乱になって鞄を振り回しだしたり、しかもそれが傍で転んでいた男子のコメカミにヒットしたり。まるで悪夢のように感じていた。


「なめてんのか、テメエ」


 立ち上がった男子が憤怒の形相を浮かべながら、今にも襲いかかりそうな雰囲気を出している。ウンコ漏らしているのに。

 小和刈の体が恐怖で小刻みに震えだした。

 周りの生徒はその男子を中心にして、避けるように席から立ち上がり大きな輪を作っている。小和刈も今すぐ席から離れその輪の中に飛び込みたかったが、足がすくんでしまっていた。


 ――かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ、合わせてぴょこぴょこ……。


 気を落ち着かせる為に早口言葉を唱えてみるが一向に体の震えは止まらない。それどころか、まるで電動マッサージチェアに座った人みたいに、ガクガクとその勢いは増していた。


 小和刈はポロポロと涙を流した。怖かったからじゃない。自分が情けなくなったのだ。蛇に睨まれた蛙のように身を縮めているだけの自分に、誰かに助けを求めようにも話しかける勇気が無い自分に、腹が立ったのだ。


 ―かえるぴょこぴょこ……。かえるぴょこ――。


 教師が止めるのも聞かず、恐ろしい男子は周囲を睨み回しながら出口へと向かおうとした。教室中が静まり返る。少しでも口を開けば飛びかかってきそうな気配を感じたからだ。まるで狂った犬みたいに、近づけば噛み殺すぞ、といった雰囲気を出して、ゆっくり、ゆっくりと、襲撃を警戒するようにすり足で歩を進める。

 小和刈は気付いた。――あの歩き方はきっと、お尻の力を緩めないようにしているんだ。何故ならウンコをまた漏らしてしまうから――。気付いて、より一層その男子を恐ろしく感じた。


 突然、肩をポンポンと叩かれた。小和刈は「ぴょこっ!」とビックリして叫んでしまった。恐る恐る後ろを振り向いて見ると、目の前にスッとハンカチが出される。後ろの席に座っていた斎藤さんが不安げな顔をして、小和刈を見ていた。

 差し出されたハンカチには小さな紙切れが付いていて、そこに綺麗な文字で「大丈夫?」とだけ書かれていた。

 小和刈がコクンコクンと頷くと、斎藤さんは小和刈の手を取り、窓際まで引っ張っていってくれた。


「あ……ありがとう……!」


 小和刈が、まるで喉から力づくで引っ張り出すようにしてお礼を言うと、斎藤さんは、「どういたしまして」と優しく微笑んだ。

 またポロポロと涙が流れた。

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