第19話 亜人の勇者

 ハクアと勇者ジュラの前に再び魔族が姿を現した。


 ハクアが息を呑んで身構え、倒れかけていた男がそれを庇うように立ち上がる。


「師匠ッ!」


「下がっていなさい」


 足元にあったハクアの剣を拾って男が構える。勇者ジュラが睨む先に立つ赤を纏う魔族ペルムはゆっくりと伏せていた顔を上げた。


「勇者ジュラ。――我が王。世界を支配する魔王様の命により。貴方を始末します。死になさい。」


 炎の魔人が手の平を広げる。その瞬間、勇者ジュラの足元の影が揺らいだ。その足を別の魔族が捕らえ動きを封じる。

 ペルムの衝撃波は放たれていた。


「師匠! 危ないっ!」


 足が動かぬことに一瞬凍りついた男の前にハクアが飛び出す。

 瞬間、衝撃波の直撃を受けてハクアは弾き飛ばされ、地面を転がった。そのままぐったりと地に倒れ伏す。


「ハクア!」


 呪縛が解けハクアのもとに駆け寄ろうとした勇者ジュラが踏みとどまる。

 ハクアのもとにそれまでいなかったはずの男――魔王がいたからである。


 魔王はそっと子どもの小さな体を抱き起こし気絶しているだけであることを確かめて、さらに少年に眠りを導く魔法をかけた。


 ――計算どおりである。


 あの状況ならばハクアが飛び出すだろうことも計算に入れて、炎の魔人に衝撃波の力加減は指示し、こうなるように導いたのだ。

 勇者ジュラの劇的な死の演出のために。


 魔王は勇者ジュラを一瞥し、炎の魔人に向き直った。

 魔物討伐人の突然の登場に驚いてはいたが、同時に安堵したのか、勇者ジュラが短く息を吐くのが分かった。それが、勇者を冠する自らが殺さなければならない存在――魔王であることも知らず。


 魔王は炎の魔人の前に立った。オッドアイがゆっくりと伏せられ、金の飾りをシャラリと悲しげに鳴らしてペルムがその場に跪く。


「――よくやった。――安らかに眠るがよい」


 剣を抜き払い、顔を上げて見詰めてくる炎の魔人のその首に落とした。その瞬間、ペルムの顔には確かな喜びがあった。

 剣についた血を払い、勇者ジュラを振り返る。ただただ驚きに見開かれているその目に不敵な笑みを見せ、言いようのない嫌悪をもって顰められる眉間に嘲笑う。


「私が怖いか?」


 悠然と近づけば、男が後退る。本能がそうさせたのか。さすがにより鋭い。


「怖いであろうな。その魔族のように殺されはしないかと怯えているのか? それとも同胞を殺されたと憤って? ――血が騒ぐのであろう? 魔族の血が」


「――ッ!?」


 それが四人もの魔族を殺すほどの強さを持ち、最後まで魔王に対する警戒心を解けなかった勇者ジュラの正体である。

 魔王が提示した勇者の条件には見合わぬ、ハクアとは全く正反対の存在。魔族の血の混ざった精霊の守護をもつ魔力の高い、人間。

 人間と、魔族との異種間交配という禁忌によって生まれた、亜人である。


 魔王は初めから気付いていた。魔王は亜人の気配には鋭い。それは亜人もまた魔族同様、魔王が還すべき存在だからである。


「――だがそうではない。その畏れは、お前の半身がを知っているからだ。お前の魔族の部分が私に畏敬の念を示しているのだ」


 おそらく勇者ジュラの正体を知る唯一の人物であるのだろうデボンという猛者もまた、その畏れを魔物討伐人に対して魔族の部分が怯え憤っているのだと思っていたようだったが。


「貴様が、何者だという……ッ」


 目の前に迫り、男の胸前で構えられ向けられていた剣の切っ先を手で退ける。

 手を伸ばし太いその首を掴んだ。そして、目の前で嫣然と微笑み、姿を変えた。


 かつてフサルク大陸の中央にある森の奥深くで永きに渡ってしていた、最も自らの真の姿だと思える――黒く長い髪に光沢のある厚手のマント、纏う強者の気配に引き立てられる美貌と威圧感、重圧感漂う絶対的強者の姿。それに、一目でそれと分かるように、人間と大差ない色の皮膚に黒い文様を走らせ耳を尖らせた魔族の姿である。


 魔王は魔族に姿を変えてみせた。掴んでいた喉から男が息を呑むのが分かり、細かな震えが伝わった。男の喉が鳴る。


「――……っ魔王……。――貴様が、魔王なのか……ッ」


「いかにも。私が魔王だ」


 囁くように、楽しむ色合いをもって肯定すれば、厳めしい男の顔に瞬間の激昂が走った。

 全身の血が肉が、筋肉が湧くような気配。

 魔王は素早く男から離れていた。前後して勇者ジュラの手が動き、剣が魔王がいた空間を薙いだ。


「貴様に滅ぼされた我が祖国の恨み! このカンブリアの勇者ジュラが晴らす! 殺された人々の恨み! 大切なものを奪われた人々の恨み! 思い知るがいい! ――魔王!!」


 勇者ジュラが切り掛かってくる。それを魔力を凝縮した衝撃波で退けて、魔王は大きく跳躍し間合いを取った。

 勇者ジュラの太刀筋には背中の怪我の影響はない。魔族の血が高い治癒力を発揮しているのだろう。


「亜人の勇者とは、人間には過ぎた駒だな。――よかろう。その恨み受けてくれよう」


「……なんだと」


「すべてこの魔王が引き受けよう。さあ、好きに切り刻むがいい。それで死した者の恨みが晴らせるというのならばな。――さあ、やれ」


 腕を広げ魔王は悠然と笑み不動の姿勢をとった。

 罠かと警戒を露にした勇者ジュラが逡巡する。すぐに、好機ではないか、とその目が鋭く光った気がした。

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