第4話 亡国の残党
「ハクア、無事だったんだな!」
少年を出迎えたのは、町人と変わらない服装に腰には剣という男たちだった。屋敷の用心棒に扮したというところだろう。
迎えられた少年もまた、彼らと似たような姿になっていた。
身代わりの茶番劇をこなした少年と魔王の二人は無事、国境を越えカレドニア王国に入っていた。
カレドニア王国の最初の街で、少年は巻き毛を捨てドレスを捨て、装飾品だけを大切に布で包んで懐にしまい――おそらく姫の私物なのだろう――、姫の身代わりの変装を解いていた。
魔王もまた同じようにそこで隻腕の獅子のマントを捨てた。
そうすればカンブリア王国からついてきた追っ手がいたとしても、そこで捲くことができるからだ。
そうして茶番劇を終え、いくつかの街を経由して、二人はカレドニア王国をさらに中心部に向かった先にある都市に来ていた。カレドニアでも屈指の大都市である。
そのカレドニアの大都市で、少年が訪ねたのは通りに同じような屋敷がいくつも建っているうちのひとつだった。
上流階級の住宅と分かる造りの、芸術性と豪華さに富んだ屋敷である。
「遅いから心配したぞ」
広間のような大部屋に通されると、そこにはさらに何人もの男たちがいて、すぐに少年が囲まれる。
次々に、弟にでもするような親しさで少年の頭を叩き、撫で、もみくちゃにしていく。
「それで、他の奴らはどうした? 別行動か?」
男の一人が、少年の後方で突っ立っている魔王のほうをちらりと見て、こんな男いたか?と首をひねりながらも、少年に訊いた。
わずかに魔王の美貌に見惚れた視線を残した男に不敵な笑みを返せば、その場の他の男たちの視線が戸惑いをもって逸れた。
どうやら男たちは、当然の成行きとして魔王をカンブリア宮廷騎士団の一人だと判断したようである。――もっとも、一体誰が、そこにいるのが魔王だと気付けただろうか。
「……――っ」
男の問いに、少年が言葉を失い笑みまでも失って、うつむく。その場の男たちはそれに何かを悟ったようである。同じように笑みを失くして、うめく。
「……――まさか……」
一人がこぼすと、もう誰も何も言わなかった。気まずさに視線さえ交わせない、黙祷を捧げるような沈黙が降り立つ。
ながい沈黙だった。
その沈黙を割るように、突然、奥の扉が開く。
その瞬間に、濁色に沈殿しているようだった空気がかき混ぜられ、その次の瞬間には個体の重みをもって凝固した。
少年の周りにいた男たちが離れ、左右に分かれて整列し、びしっと背筋を伸ばし、右腕を胸前に掲げる。
扉から現れたのは数名の男たちを従えた、三十半ばの
がっちりとした顎が作り出す角ばった顔に、目鼻立ちの彫りの深さ。きっちりと後ろで纏められた長いブロンドの髪に、髪よりわずかに色の濃い少し太めの立派な眉。
美しさとは無縁だが、逞しさに裏打ちされた精悍さは十分に目を惹きつけるものがあった。
みるからに威厳のような威圧感を発していて、他の者たちとは明らかに別種の、ある種の空気を纏っている。なにか完成された存在だった。
魔王は目を眇めてその男を見やった。
少年が見るからに萎縮している。
男は少年を一瞥すると、その視線を魔王に向け、また再び少年に戻した。
魔王に向けられた視線は一瞬だったが、そこに魔王は不審者を見るような鋭さを感じていた。
「無事に戻ったのだな、ハクア」
「はい。――報告します。おとり部隊、生存者一名。オス地方アンスズの山中でおそわれ、……ほぼ全滅しました」
「そう、か」
男が顔色ひとつ変えずに数十人という仲間の死の報告を受ける。
「――……くそっ、オルドビスのやつら……っ」
毒々しい呟きが左右に分かれて並ぶ男たちの中から。憎悪のこもった毒づきだった。
――オルドビス?
魔王はわずかに反応して居並ぶ男たちの顔を見た。誰もがその毒づきに共感しているかのように苦々しい顔をしている。
オルドビス王国はカンブリア王国の北隣にある国で、南西のカレドニア王国とは隣接しない国である。カンブリアに次ぐそれなりの強国で、カンブリアが滅亡した今、実質フサルク大陸一の強国となった国である。
それが、カンブリアの姫を亡き者にするために国境で待ち伏せていた傭兵たちを雇った存在の正体というのか。男たちの呟きと顔はそれを物語っていた。
――ああ、そうか。線引きごっこなのだな。
今まさに目の前で、人間による線引きごっこが展開されているようだ。くだらない。
「鎮まれ。今は悼もう」
凛と響くおだやかな声で男が言う。その声は、その場にひしめいていた様々な負の感情を洗いざらい綺麗に消し去った。今はもう仲間の死を悼む、静粛さしかない。
居心地の悪さにたじろぐ魔王の視線の先で、少年が肩を震わせる。
「ししょぉ……っ、おれ……」
「ご苦労だった。つらい任務だったな、ハクア」
男が少年に対して手を伸ばす。それが許しとなったのか、少年が男の腰にしがみつくようにその腹の部分に顔を押し付けて抱きつく。
男の手がその背を労うようにさすっていた。
魔王はその様子をただ黙って眺め、男を見据えていた。
少年の絶対の信頼を得、この場の男たちの信頼さえも我が物にしている男。
男の腰に巻きつくそれを勇者にするというならば、その男が邪魔な存在になるのは確実だった。
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