第22話 黒翼騎士
ザザは海沿いにある、小さいが温暖で豊かな国だった。
ザザの港が欲しい近隣の大国と何度も政治的交渉と小競り合いを繰り返していた。
今から100数十年前、ついに大国の侵攻が始まった。ザザが普通の小国なら戦争も起こらずに併合されていたはずだが、魔法技術が他国より進んでいたザザは何度も侵攻を退け、泥沼の戦争になっていく。
それでも大国と小国だ、徐々にザザは厳しくなっていく。
追い詰められたザザは、ついに禁呪に手をだす。
人間のゴーレム化。人間そっくりに作り上げたゴーレムの体に、生きた人間の魂を移す禁断の魔法だ。強靱なゴーレムの体と人間の知性を持った無敵の戦士を生み出す魔法だが、ザザの魔法技術を持ってしても9割以上は失敗に終わる。それ故禁断の魔法となったが、長引く戦争で再びこの魔術は行われた。
選ばれたのは精鋭100名の騎士。そして。
「ザガン、なぜあなたが……」
王妃ササラは弟であるザガンが100名の騎士と一緒に禁呪を受けることに憂いを示した。
「姉上、部下にだけ危険を冒させるわけにはいきません。むしろ王族から一人は参加しないわけにはいかないでしょう」
「それは……」
長引く戦争に、苦しい状況。その責任はササラの夫である王の責任である。
「ザガンおじちゃん……」
まだ幼いササラの娘、ザガンにとっては姪のハムラも心配そうな顔をしている。
「大丈夫だよ、ハムラ。お兄ちゃんが絶対守ってやるからな」
ザガンは優しい笑顔を見せてハムラの頭を撫でた。
精鋭騎士100人と王族でありながら近衛騎士団の団長であるザガン。総勢101名で行われた禁呪だが、成功したのはザガンを含めて6名だけだった。
「見た目は人間と変わらないな」
目覚めたザガンは自分の体を鏡に映して感想を漏らした。浅黒い肌も、髪も目も、人間だった時と同じに見える。
「魂が入っているので、魔法使いでも見抜くことはできませんよ。ただ、それ故に人の形を保っていないと、心を失うか、命さえ失いかねません」
魔術をおこなった老齢の魔術師が説明する。
「手足程度なら斬られても問題ありませんが、頭なら一撃、胴体も大きなダメージを受けると、そうですね、命を失います」
「そういうものか?」
「味は感じられませんが食事もとれますし、酒も飲めます。ゴーレムというより頑丈な人間。そういう認識のほうがいいかもしれません」
「わかった……黒い革鎧を用意してくれ」
ザガンは従者に命令する。
「しかし黒は……」
従者は困惑した顔を見せた。ザザにとって黒は宗教レベルで不吉な色だからだ。
「だからこそだ」
ザガンと生き残った5人のゴーレム戦士はおそろいの黒い革鎧を着た。そしてザガンは魔法で羽根の紋様を顔に彫らせた。その紋様も不吉な黒だ。
黒い羽根の紋様と全身黒い革鎧。
黒翼騎士。
ザガンは自分たちをそう命名した。
ザガンと部下の黒翼騎士5人の初陣。迫る大軍にたった6人で突っ込み、暴れ回った。人外の身体能力。素手で剣を折り鎧を突き破る戦闘力。詠唱なしで撃ち出す強力な魔導砲。敵は混乱し、敗走するも、無限とさえ思われる体力でしつこく追撃して壊滅に追い込んだ。
久々の快勝にザザ国は大いに盛り上がった。そして次も、次の次の戦いも黒翼騎士は勝利した。しかし、あまりにも強い力はより強い力を呼び込み、ザザと隣国の戦争は激しさを増していく。
無敵を誇った黒翼騎士も、ついに一人が仕留められる。さらにザガンと2名の部下が戦いに赴いている時に、残った黒翼騎士2名によるクーデターが起きた。王が殺され、王妃ササラとその娘ハムラは幽閉される。
「なぜ超人である我々が従わねばならない!」
それは強靱な体と人間の意志を持つが故に起きたことだった。
敵国とは一時休戦をもぎ取ったザガンと2人の部下によってクーデターを起こした黒翼騎士は倒され、国は王妃ササラの元に戻る。だが、ザガンの部下も一人殺され、黒翼騎士はザガンともう一人だけになった。
ザガンと最後の部下は再びクーデターが起こらないように。そして、その心配をササラ達にさせないように自ら封印をされ、必要な時に条件をつけて解放されるようになる。
しかし、それも10年20年と続く戦争を繰り返すうちに、ザガンは国の終わりを感じる。そして。
「ザガン叔父様……」
いまは亡きササラの娘で子供の頃からずっと兄のように父親のように接していたハムラは、美しい女性になり、結婚をして子供を産んでいた。ハムラとその娘、まだ小さいカハラがザガンを見送る。
「降伏してもいいし、オレ達を使ってもいい。この国をどうするかは、ハムラ、お前が決めるんだ」
「でも……」
「お前の決めたことに、少なくともオレは従う」
「叔父様……」
そしてザガンは長い眠りについた。
どれだけ時が経ったのだろう。
「おはよう、黒翼騎士のザガン殿」
目の前にはローブを羽織った見知らぬ老人がいた。老人ではあるが眼力鋭く力がみなぎっている。
「何者ダ?」
「私はダム教ソーカサス支部の司祭、アブドと申します」
「ソーカサス……東の大国ダナ」
「そう、この度は黒翼騎士のザガン殿にご助力を願いにきた」
「ナゼ? ワタシはザザの兵器ダ。ソーカサスのモノではナイ」
「ザザという国は、もう100年も昔に滅びたよ」
「そう……カ……」
ザガンが封印されたのはザザが滅びる前だった。すでに終局だった事もあり、滅びる覚悟は出来ていた。100年前ならザガンが最後に封印された頃だ。それでも最後に自分を使わなかったハムラの優しさにザガンは胸の奥が熱くなる。自分を使わなかった選択に、その気持ちを大切にしたかった。
「ならバ、ワタシはこのまま滅びヨウ」
封印されたザガンにも拒否する権利がある。あくまで魂は人間なのだ。
「まあそう言う前に聞きなさい。なぜ私がここに来たのかを」
解放の拒否は出来ても耳を塞ぐことは出来ない。ザガンはアブドの戯れ言を聞くしかなかった。
しかし、想像通り下らない権力闘争の話しでしかなかった。
懇意にしていた王妃ライラが死に、それまで王妃のために触れなかったダム教をハル王は調査するが、いくつもの不正が見つかり潰そうとする。
「愚かなるハル王は、国教たる我が教団を潰そうとした。国教をなくし、信仰の自由などと言い出した。だから暗殺してやったのだ!」
アブドはツバを飛ばし熱弁する。
「そして現王カサも、年老いてとち狂ったのか、愚かなハル王と同じことを言い出した。ずっと我が教団と蜜月の時を過ごしていたというのに」
「力を持っタ宗教は暴走スル」
「ふんっ、我々の神の前に総ては正しいのだ!」
もはや聞く耳はもっていないようだ。
「遠い国、それにすでに滅びた国の兵器たる私には関係のないことダ。私は、眠らせるか壊すかしてくレ」
ザガンは呆れ気味に答えた。
「ふふふ、これを見てもそう言ってられるかな?」
今までの凶人ぶりから一転、アブドは不敵な笑みを漏らす。
「なんダ?」
「ザザ国は滅びた。しかしザザの民は生き残り、全国に散らばっている。その中には王家の血筋の者も含まれており、彼らは生き残り、逃げ、隠れ、100年経った今、この世に一人だけ生き残った」
アブドは懐から水晶玉を取り出す。
「父親は子供が生まれて間もなく死に、王家の血筋なのに生きる為に体まで売った王妃だったが、それも2年前に病気になって死んだよ」
「……」
「ふふふ、そう怖い顔をするな。まだ7歳か8歳か、この娘は生きている。生きているが……ほら、この水晶を覗いてみろ」
「なんダ? コレは?」
「滅びたザザの魔法技術だよ。この水晶を瞳に見立てて、見た光景を記録することができる。それをこうしてホラ、見ることが出来るんだ」
ザガンが水晶を覗くと……。ハムラの子供の頃? それともハムラの娘カハラか? しかし服がぼろい布きれであり、体も薄汚れている。とても王族には見えない、まるで浮浪児のようだ、
しかし、水晶を覗き込んでいる姿は、ハムラやカハラによく似ており、目元の赤い紋様は、間違いなく王家のものだった。
「けなげな子でね、普段は枯れ木を集めて小銭を手に入れているけど、それだけではなかなか生活出来ないようでね」
水晶の中の映像が変わり薄暗くなる。夕暮れ時、小太りの男があばら屋に向かっていく。
「その男は、近所に住んでいるモンゼという男だ。妻子持ちだけど、歪んだ性癖を持っている」
映像はゆっくりとあばら屋に近づき隙間から中を覗く。薄暗い室内では、小太りの男がニヤニヤと笑いながらコインを少女に渡す。少女はボロボロの服を脱いで……。
「ウオオオオオオッ!」
その光景を見てザガンは叫ぶ。
「ウオッ! ウオッ!」
しかし封印された体は動けない。
「まだ体が小さいからソレだけで済んでいるが、いずれは一線を越えるだろうねえ」
アブドは勝ち誇った顔で言う。
「うおおおおお!!! お前が誰でもいイ! 神でも悪魔でもいい、オレを解放してくレ!!」
「もちろん、そのつもりでここに来ている。だけど、その前にやってもらいたいことがあるんだよ」
「ヤル、何でもやるから、すぐにオレを解放しろ!」
「ザガン殿、慌てなさんな、自由になるのはまずは私の願いを叶えてからだ」
「姫を救えば何でも言うことを聞く! だから!」
「大丈夫、すぐには傷物にならんよ。私の部下が見張っているからね。それより落ちついて話しを聞かないと、時間が無駄に経つだけだよ?」
「何だ? 願いを言え! 何でもお前の言う通りにする。だからすぐにオレを解放してくれ」
感情露わなザガンと冷静なアブド。ゴーレムであるザガンと人間であるアブドがまるで逆のようだ。
「ならば契約を始めよう。さあ、黒翼騎士のザガンよ、次に示す条件の下、契約を果たせば、そなたの自由を認めよう。
一つ、ソーカサスのカサ王を殺せ。
一つ、私を攻撃することは出来ない。
一つ、私との契約は誰にも話せない。
一つ、暗殺が成功するまでアサラの元へは向かえない」
「わかった。その総ての条件を果たそう」
「よし、契約は成立だ」
ザガンを封印していた魔法の鎖が消える。簡単にやったように見えるが、アブドという男がかなりの魔法使いだとザガンにはわかった。ザガンもすでに冷静な判断が出来るほど回復しているのだ。
「今からすぐに暗殺に向かう」
「ククク、慌てるでない。今はエンジェの騎士が王を厳重に守っているのに、お前みたいな怪しい者が王に近づけるはずがなかろう?」
「エンジェの騎士か」
100年前ですら、その名を聞いたことがあった。一人一人が魔導兵器と化した黒翼騎士に匹敵する力を持っているという、大国ソーカサス最強の騎士団だ。
焦る気持ちはあるが魔導兵器としての冷静さをもって、はやる気持ちを抑える。
「心配するな、作戦は考えてある」
「作戦とは?」
「間もなくソーカサスでは王の試練が始まる。その中に優秀だがまだ子供の候補者が参加する。お前はその子供の仲間になれ」
「仲間に? どうやって?」
「それはこちらで手配する。そして試練を超えれば王に謁見できる」
「謁見できた所で、魔導兵器のオレは近づけないだろう。仮にゴーレムだとバレなくても、全身兵器のオレを近づけはすまい」
「そこでこの大剣だ」
アブドは足下に置いていた大剣を見せた。
「これだけ目立つ武器を持っていれば、他の戦闘力には目がいかないからな。エンジェに守護されていようとも、王の数歩前まで近づければ殺せよう」
「そう都合良くいくか?」
「どのみちモンスターを相手するなら大型武器は必要だ。魔導砲を使うわけにはいかないだろ?」
「うむ……しかしそれで神獣に認められるのか?」
「問題ない、前例はある。ようするに候補者自身が不正の認識があるかどうかが問題なだけだ」
ザザのこと、黒翼騎士のこと、そしてソーカサスの試練のこと。アブドはかなり調べ上げている。
ただ者ではない。いや、そんなレベルではない。色々な意味において実力者であった。
「城にも我が手の者はいる。細かいことは気にせずに、正体がバレぬように試験をクリアーすればいい」
「……いいだろう。だが、王の殺害後は自由にさせてもらうぞ?」
「もちろんだ。この計画と私のことを話さなければ好きにすればいい」
含みのある笑顔でアブドは答えた。
はたしてアブドの目論見通りことを成したザガンは、自由になったその身で姫アサラの元へと向かう。
もう少し、あと少しでザザ王国最後の姫がいる村の外れに到着する。あの崖を越えれば……そこでザガンは足を止めた。
白を基調とした鎧で身をくるんだ騎士が待ち構えていたからだ。
軍事大国としても名を轟かしているソーカサスにおいて、最強と名高いエンジェ騎士団。一人が他国の百の騎士と同等の力を持つとされている。その騎士が四人、ザガンの前に立ちふさがった。
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