第21話 帰城

 ようやく森を抜け、遠くに村が見えて来た。最北の村、そしてカラルの眠る村。

 すでに王の資格を得たセンは、村から支援を受けて王都に向かうことが出来る。村には馬と護衛が用意されているだろう、そこから町を目指し、町からは護衛付き馬車で王都まで送られることになるだろう。

 だから、村につくまでが二人っきりの最後の時間だ。

 二人は自然と手を繋いで歩く。その姿は、まるで兄弟の様な、まるで親子の様な……。

「ねえザガン、ボクが王様になったら、どんな報償が欲しい?」

「何をくれるんだ?」

 ザガンは優しい声で訊き返す。

「うーん、王都に豪邸は?」

「いいねー」

「本当? じゃあ綺麗な衣装に……あっ! かっこいい鎧は?」

「それもいいな」

「それと……剣、ザガンの剣、もっといいものをプレゼントするよ」

「……ああ、頼むよ、あれは特注品なんだ」

「うん!」

 象徴である大剣についてだけは少し引っかかった感じで答えるザガンだった。


「ねえザガン」

「ん?」

「あの……あのね?」

「はは、なんだよ?」

「あの……ボクが王様になったら……伝説みたいに王様の仕事を手伝ってくれない?」

 伝説ではジオの仲間達は王となった後もジオを助け、国を発展させた。

「ははは、それはダメだ」

「どうして?」

 半ば手伝ってくれると思っていたセンは、少し不満そうに訊き返す。

「流浪の民のオレが、大国ソーカサスの偉いさんになったら、他の偉いさんが嫉妬するだろ?」

 そんなセンを諭すようにザガンは答えた。

「あ、そっか」

「王様になったら、ちゃんとそういう所も配慮しないとダメだぞ」

「うん、わかった。ふふ、ザガンは何でも知っているね」

 どこか嬉しそうなセン。


 村の入り口が見えて来た。仲間としての会話が出来るのはあと少し。村に入れば、次期国王と流浪の傭兵の関係に戻る。

「ねえザガン」

「なんだ?」

「あのね……」

「ん?」

「もしまたボクに何かあったら……助けに来てくれる?」

 不安そうにザガンを見上げるセン。見つめ合う二人。

「ああ、助けてやるよ」

 ザガンは笑顔を見せてセンの頭をなでた。

「ありがとう!」

 センは目を輝かせてザガンを見た。


 そして二人の冒険の旅は終わる。


 二人の姿が見えた時から村は盛大な祝いの準備を始めていたが、センはそれを丁寧に断り、真っ直ぐカラルの眠る墓地に向かった。

「カラル、ボク、王の試練をちゃんと終える事ができたよ。カラルのお陰だ」

カラルの墓に向かってセンは話しかける。

「カラル、王都の戻って落ち着いたら、ちゃんとしたお墓を建てにくるよ。だから……」

 センの瞳から涙があふれる。

「ありがとう、カラル……大好きだよ」

 センはそっとつぶやいた。


 慎ましい宴会だけ受けて、翌日には馬で王都に向かう。早馬が出ており、次の村ではすでに馬車と、護衛にエンジェの騎士がいた。そこから王都までモンスターにも刺客にも襲われることなく、行きより遙かに早く王都へ戻ることが出来た。


 王都では道沿いの時点から盛大に歓迎を受けた。元々センは王候補者の中でも人気があったからだ。馬車から顔を覗かせては笑顔で手を振るセンを、ザガンは温かい目で見守った。

 城の前に到着すると、エンジェの騎士を含めて多くの者が迎え入れる。だが、ザガンの前には門番が立ちふさがった。

「武器はこちらでお預かりします」

 ザガンは素直に従い大剣を渡した。その巨大な剣を見て、門番だけでなく周囲の人間全員の目が集まった。

「ずいぶん痛んでいるが、俺の大事な武器だ。丁寧に扱ってくれよ」

 ザガンはさらに身体検査をされて、持っていたナイフや武器になりそうにない小道具なども取り上げられた。前王が暗殺された以上、少しでも危険なものは持ち込めない。センでさえ、愛用していた短剣を預けることになったのだ。

「ごめんね、ザガン」

「いや、当然のことだろ」

「うん……」

 センは申し訳ないという顔をした。


 謁見の間には多くの従者や騎士が待っていた。センの祖父であるカサ王は顔をくしゃくしゃにして、泣きそうな笑顔をしている。カサ王のすぐ側にはエンジェの騎士四名が護衛していた。

「おじいさま!」

「おお、センや」

 カサ王は膝を落としてセンをぎゅっと抱きしめる。

「おじいさま! おじいさま! カラルが……うわああああん」

 長い旅。辛い出来事。色々な思いが交差して、センは泣きじゃくる。

「辛かったな……よく頑張ったな」

 老いた手でセンを抱きしめ、その何度も頭を撫でる。


 ようやくセンが落ち着くと、立ち上がりみなを見渡す。

「見事北の試練を超えた! ここに次期国王はセンである事を認めよう」

 そして冠を脱いでセンに被せた。拍手と歓声が王宮を包む。

「ザザの人、報告は聞いております。センが大変世話になって……」

 優しきカサ王と苦難の旅を終えたセンの感動の対面に、エンジェ騎士団国王護衛隊長グルード以下四名は一瞬気がゆるんでおり、センの恩人とはいえ、正体不明の流浪民を王に近づけさせてしまう。

 莫大な報償を目の前にして裏切るはずがない。

 あるいは鋼鉄の鎧に匹敵する防御魔法をかけていたから。

 確かに油断はあった。

 ――いけない

 護衛のエンジェの騎士達がそう思った時、両手を差し出し握手を求めたカサ王の胸に黒い刃が突き刺さっていた。


 本来、『黒翼騎士』のザガンは武器を必要としない。

 武器などなくても、その肉体だけで敵を倒せるからだ。いや、むしろ動きの制限される武器など不要のものでしかなかった。

 ザザの魔法技術で作られてザガンの体、強靱なザガンの人間離れした腕力から放たれる手刀は並の剣撃を遙かに超える破壊力を持っていた。強靱な防御魔法を貫いて、センの祖父であり、現ソーカサスの国王カサの命を奪った。

 護衛のエンジェの騎士はすぐに腰の剣を抜く。

「待て」

 しかし隊長のグルードは部下を止めた。

「まだセン様が敵の攻撃範囲内だ」


 カサ王は即死だった。その胸からは止めどなく血があふれる。

 センは乞うようにザガンを見上げると、怒りの言葉でも疑問でもなく

「ザガン……助けて」

 そう言った。

「良い……王になってくれ」

 ザガンは悲しげに言うと、窓に向かって走る。駆け寄るエンジェの騎士を振り切り、そのまま窓から飛び出した。普通の人間なら助からない高さだが、ザガンは城の壁を引っ掻いて落下速度を殺すと、そのまま地上に降りたち走り去っていく。

それは人間の動きではない、人間以上の獣の動きであった。


 センは何が起こったのかわからないまま、ただ大好きな祖父を抱きしめ、その胸から血が流れていくのを必死に手でおさえる。

「嘘だ……こんなの嘘だ……うわああああああっ!」

 愛しき母を失い、猛し父を失い、姉弟のように育った従者を失い、守ると決めた異母弟に裏切られ、信頼していたエンジェの騎士に裏切られ、最も尊敬していた剣士に裏切られ、国と自分を守り育ててくれた優しき祖父を失ったセンの、この国の新しき王の泣き叫ぶ声だけが王宮に響いた。

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