第18話 暗闇の閃光

「ご迷惑をおかけしました」

 朝、小さな村の宿屋にある食堂にやってきて、開口一番カラルは謝罪した。

「顔色が悪いぞ。まだ休んでいたほうがいい」

 クートと食事をとっていたザガンは呆れた顔で言う。

「もう時間がありません。セン様を守る魔力はもう回復していますので」

「自分も守れよ」

「……」

「とにかく今日一日は休め」

「……はい」

 ザガンの言葉に逆らう気力もなく、カラルは素直に部屋に戻った。

「カラルちゃんの頑張りにも困ったもんだな」

 クートも呆れている様子だ。

「実際、カラルはどの程度で回復するんだ? クートも魔法を使うからわかるだろ?」

「そうだな、本来、魔法……魔力は普通の人なら100あるとすると、魔法使いなら1000はある。その中から普段は10とか20の魔力を使い、大きな魔法でも100くらいだ。だが、カラルちゃんの使ったあの魔法はたぶん、1000とか2000の魔力を使うのだろう。まともに魔力を回復するには休養に専念して十日以上かかるかもな」

「十日か……さすがに厳しいな」

「これからさらに険しくなるだろうし、ドラゴンレベルがまた襲ってくるかもしれないしな」

 さすがに二人も真剣な表情になる。十分かと思っていた時間的制約が、ここにきて厳しくなっていたからだ。


 そして翌日。まだカラルの回復は不十分だと目に見えていたが、無理をしないという約束で出発することになった。

 だが、最難関である北の試練は甘くはなかった。村から離れ、人の姿がなくなると容赦なくモンスターが襲ってきた。ザガンとクートが活躍したが、いままでのモンスターとは違い、カラルも魔法で攻撃や防御の補助をする必要があった。

次の村に着くまで何度も襲われ、カラルは魔力を回復する暇がなかった。


「カラル、実際のところ、試練の期限はどうなんだ?」

 小さな宿屋の食堂でザガンはカラルに訊いた。

「余裕はみていたつもりですが、もう日数はギリギリです」

「そうか……」

「すみません……私のせいで……」

 けしてカラルのせいではないが落ち込んでいた。

「カラルは頑張っているよっ」

 すかさずセンがフォローする。優しい子だ。

「次の村まではどれくらいあるんだ?」

「三日か四日はかかりますね。それを越えるとまた三日ほどで小さな村がありますが、そこが最後の村になります。その先は神獣の住まう山で、雪と寒さ、そしてモンスターの群れが待っているでしょう……」

 地図をひろげ、指でさしながらカラルは説明した。

「このルートはどうだ? この崖沿いの山道を越えれば一日くらい短縮できるだろ」

「そうですが、もしここでモンスターに襲われたら……」

「ドラゴンのことを考えたら、どこで襲われても同じだろ?」

「それはそうですが……」

 心配ではあったが自分のせいで残り日数が厳しくなったと思っているカラルには、ザガンの提案を受けるしかなかった。


 こうして危険ではあるが崖沿いの道を進むことになった一行。

 一日目はモンスター襲撃もなく、野宿をして二日目。片側は絶壁、片側は谷。いよいよ道は狭く、崖は深くなっていた。

「わぁ……下が暗くて見えないね」

 センは崖を覗き込んでつぶやいた。

「セン様、落ちないように気をつけてくださいね」

 カラルの心配は絶えない。危険と思われていた道だったが、道が狭いことが逆に前後にザガンとクートがいることでモンスターに対処しやすくなっていた。

 そう、思っていた。

「クエエエエエエエ」

 それは陰惨な鳴き声から始まった。

「クソ!」

 思わずクートの口から悪態がもれる。敵は空、いつの間にか空を覆うように大量の鳥形モンスターがいた。

 ハルマート。

 鷲を二回りほど大きくした鳥形のモンスターで、鋭い爪やクチバシだけでなく、口から火炎弾を吐き出すやっかいなモンスターだ。

「チッ、50匹くらいいるな」

 ザガンは大剣を構えたものの、もちろん届かない。陸上の敵ならザガンとクートで対処できるが、空からとなるとカラルに頼らざるを得ない。

「カラル、やれるか?」

「はい! 大丈夫です!」

 カラルは呪文を唱え始める。また強力な魔法だろう。クートも攻撃魔法を飛ばしていたが、ほとんど当たることなく避けられていた。

「クエエエエッ!」

 ハルマートが数匹、口から火炎弾を吐いたが、ザガンが大剣でそれを防ぐ。しかし、いつまでも防ぎきることはどう考えても不可能だった。それを察してクートは防御魔法を使う。カラルのサポートに徹するのだ。

 数匹が交互に火炎弾を吐き出し、いよいよ守り切るのが厳しくなってきた、その時。

「いきます!」

 カラルは叫ぶと同時に無数の魔法の矢を天空に放った。放射状に放たれた魔法の矢はハルマートを次々射貫いていく。生き残った数匹もどこかへと逃げていった。

「さすがカラルちゃん、たいしたもんだ」

 クートが声をかけた瞬間、カラルがガクリと膝を落とす。

「カラル!」

 そのカラルへセンが駆け寄ろうとすると、そのセンに黒い影が重なる。崖の上から大きな虎のようなモンスターが飛びかかってきたのだ。

「避けろ!」

 ザガンは叫び声と共に大剣を振るうと、そのモンスターの前と後ろを真っ二つに分ける。クートも素早く反応して上半身の頭部を胴体から切り離した。

 だが。

「セン様!」

 カラルが叫ぶ。飛び避けたセンは足を踏み外し谷に落ちかけている。

「うわあああああ」

 誰もが駆け寄ろうとするが間に合わなかった。カラルは素早く魔法を唱えると、センの体を光りの球体が包んだ。

 体力も魔力も使い切ったカラルだが、残ったわずかな魔力を使ってセンに防御魔法をかけたのだ。これで谷底に落ちてもセンの体は無事だ。

 とはいえ、すぐにその魔法も消えるだろう。

「はなしてっ!」

 すぐに谷底に向かうカラルをクートが腕を掴んで止める。

「カラルちゃん、顔色が悪いぜ。もう魔力も残ってないんだろ?」

「そんなこと関係ありません!」

 クートの手を振り解こうとするカラルだが、それすらも弱々しくて見ていられない。

「カラル、落ち着け。セン王子は俺に任せろ」

 ザガンはカラルを落ち着かせるように言った。

「でもっ!」

「セン王子を救いたいんだろ?」

「……はい」

 諭されたカラルは、本当に魔力を絞り出してザガンに魔法をかける。センにかけた魔法より少し高度で、ゆっくりとザガンは谷底に落ちていく。

「次の村で待っていろ! 必ずセン王子は俺が連れて行く!」

 その声が聞こえた頃には、もうザガンを包む光の球体は小さくなっていた。


 深い深い谷の底、センはすぐに見つかった。気絶はしていたが、外傷はなかったのでザガンは安堵の息を漏らす。

 谷底は深い霧に包まれ、太陽の光もほとんど届いていない。松明を用意しようとしたザガンは、その手を止めた。深い霧の中を黒い影がうごめく。

「ググググ」

 泡でも吹き出しそうな声を漏らしながら、大きな一つ目を真っ赤に光らせた大猿の様なモンスターが無数に近づいてくる。ただ猿と違うのはその一つ目だけでなく、まるで鎧のような外骨格、大鉈のような三本のかぎ爪。

 ドラゴンに匹敵する危険なモンスター、ゴートゴートだ。

 堅い外皮は剣を通さず、鉈の様な爪は鎧を切り裂く。体長は長身のザガンより頭二つ高く、それでいて猿のように俊敏に動き、その力は人間の体など簡単に引き千切る。さらにその大きな赤い目は魔力を持っていて、じっと見つめられると知性のある人間などは段々と体が痺れてくる麻痺の効果を持っていた。

 一体でも騎士団が出動するモンスター。それが二十体以上いる。

 ザガンは谷の上を見上げる。霧に包まれているとはいえ、上からは見られるかもしれない。

「仕方がない」

 つぶやくなり、ザガンの両の瞳が赤く輝く。その異様な雰囲気に、ゴートゴートは警戒を強める。

 ザガンは口を大きく開いた。その口をゴートゴート達に向けると、口内が光り始める。

 異様な雰囲気を感じて、ゴートゴートの足が止まる。しかしもう遅い、カッという音と共にザガンの口から光りが放たれる。光は延びてゴートゴート達を左から右に薙いだ。

ッゴオオオオオオ

 一瞬の間の後、ゴートゴート達は炎に包まれる。ザガンの口から放たれた魔法のエネルギーは、辺り一面を火の海に変えたのだ。カラルが使う大魔法に匹敵する威力だ。長い詠唱の末ようやく使える強大な魔法に匹敵する力をザガンは詠唱もなしに一瞬のうちにやってのけた。

 残されたのは燃え尽きたゴートゴートの死骸だけだった。


「うっ……」

「お、目覚めたか」

 センはザガンの背中で目覚めた。

「ここは?」

「谷底だ。カラルが咄嗟に防御魔法をかけたから助かったんだよ」

「そっか……」

「もう少し背中で寝ていろ」

「ううん、ボクも歩くよ」

「そうか」

 ザガンはセンを降ろした。まだ霧の深い谷底で、ザガンの持つ松明だけが頼りだ。

「この谷をずっと行けばいずれ開けたところに出る。そこから次の村まではすぐだから、それまで頑張れ」

「うん……」

 うなずいたものの、センの声は弱い。暗い谷底と、そしてカラルがいないことが不安にさせているのだ。


 最初こそとりとめのない会話を交わしていた二人だが、やがて会話もなくなる。そうしてしばらくすると、ザガンの後ろで嗚咽が聞こえてきた。

「うっ……うっ……」

 ザガンが足を止めて振り返ると、センは目元を拭っていた。

「うう……カラル……」

「セン王子、男だろ? 泣くなよ」

「でも……ウッウッ」

 センは不安で仕方なかった。ザガンのことは信頼しているが、それでも生まれた時からずっと側にいてくれたカラルがいない。助けに来るほど魔力がないことはわかっているが、それでも不安で仕方がなかった。

「セン王子」

 ザガンは片膝を突いて、センに目線を合わせる。

「王様がそんなに泣いてちゃ、民が不安がるぞ」

 そして、優しい声で諭した。

「うん……ッ」

 センは必死に嗚咽を堪えた。

「ふふ、偉いぞ」

 ザガンは無骨な手でセンの頭を撫でた。


 こうして落ち着きを取り戻したセンを連れて二人きりの道のりは続く。落ち込んでいたセンも、やがて元気を取り戻していく。

 そして夜、野宿するころにはすっかりいつものセンに戻っていた。

「その歳で、なかなかたいしたもんだな」

 まだ11歳の少年のたくましさにザガンは素直に感心した。

「そうかな?」

「ああ、本当はもっと泣きじゃくるかと思ってたぞ」

「ふふふ」

 センは泣いていたことを思い出して照れ笑いする。

「ねえザガン、ザガンは怖くないの?」

「怖い? なにがだ?」

「だってこんな谷底、ボクを助けるためだって、従者のカラルや王国騎士のクートならわかるけど、傭兵のザガンがわざわざ来るなんて」

「カラルは魔力が尽きていたし、サバイバルならクートより俺のほうが得意だからな。単純な消去法だ」

「でも、魔法も使えないのにこんな危険な場所に、すごいよ!」

「そりゃあレッドドラゴンまで倒してここまで来たんだ、いまさら報償を逃せるかよ」

「ふふふ、そうだね」

 それだけじゃない。それだけでこんな場所にまで助けにきてくれない。今のセンにはそれがわかっていた。


 こうしてモンスターに襲われることもなく二人は谷底を抜け、二度の野宿の果てにようやく待ち合わせの村が見えて来た。

「セン王子、泣いていたのは黙っていてやるから、最高の笑顔でカラルを安心させろ」

「うん」

「そして、今日一日はいっぱい甘えてやれ」

「甘える?」

「ああ、そうしてやったほうがカラルの気持ちが楽になるからな」

「わかったよ」

 間もなく村の入口と、そしてカラルとクートの姿が見えた。

「セン様!」

 カラルは駆けてくると、そのままセンを抱きしめる。

「セン様! セン様!」

「カラル!」

 抱き合う二人。ザガンは温かい目でそれを見ていた。


 村の宿屋に行くと、ザガンの助言半分、本心半分でカラルに甘えた。

「今日はカラルの作った料理が食べたいな」

「はい! お任せください!」

 カラルもほとんど寝ていないだろうに、それでも嬉しそうにセンに尽くした。ザガンは二人を温かい目で見守っている。

「おいおい、セン王子、随分甘えているな」

 そのザガンのもとにクートがやってきた。

「はは、まあいいじゃないか」

「ああ、まあ……それより、あの谷の底で何があった?」

「何が、とは?」

「落ちて間もなくの大きな光、あれは何だ?」

「ザザ民の秘術さ」

「ふーん」

 クートは疑いの目をザガンに向ける。だが、それ以上は追及しなかった。

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