第14話 発熱

 アカソの村をあとにすると、一日もせずに街道に出ることが出来た。道は広く、人の往来も多い。

 目指すは北の第二の都市ゾラマダ。途中は宿泊出来る村や町も多く、衛兵も各所にいるので山道よりはモンスターの心配は少ない。

 しかし、それが緊張を緩ませたのか、ゾラマダの街が見えてきたころ、カラルがセンの異変に気づいた。

「セン様、失礼します」

 そう言って手のひらでセンのおでこを触る。

「すごい熱……気づかずに申しわけございません。どこかで休みましょう」

「ゾラマダはもう遠目に見えているんだ、オレが担ぐから街まで行こう」

「ザガン様……わかりました、お願いします」

 ザガンはセンを軽々と抱きかかえると、そのまま苦も無く歩く。カラルは不謹慎に思いながらも、少しザガンが羨ましいと思った。


 ゾラマダに到着すると、すぐに宿に向かいセンをベッドに寝かせた。カラルはいくつかの魔法を使うと、あとは眠るセンを見守ることしか出来ない。魔法といっても万能ではないからだ。

 知識や魔力にもよるが、普通の魔法使いでは治癒魔法は簡単な傷を直す程度だし、大魔法使いや医療魔法使いになれば千切れた手足を治す者もいるが、それでも致命傷を治すことは出来ない。

 病気となればもっと難しく、魔法で出来るのは本人の治癒能力を上げるだけで、それは薬や安静に過ごすという当たり前の治療と大差はなかった。


「ここにきて旅の疲れが出たんだろうな」

「まあただの風邪だろ。何日か安静にしていたらすぐによくなる」

 心配でセンにつきっきりのカラルにザガンとクートが声をかける。

「はい……セン様は私が見ていますので、お二人はどうぞご自由に」

 セン達の部屋を出ると、ザガンはクートに話しかけた。

「街中とはいえ、なにがあるかわからない。クート、交代で隣の部屋に待機していよう」

「ええー、マジかよ? これから酒場に行こうと思ってたのに」

「いいよ、いって来い。今日はオレが見ているから」

「わりーな、ザガンさんよ」

 クートは悪びれもせずにさっさと宿を出て行った。


 カラルが心配そうに見つめる中、センは熱でうなされながら夢を見ていた。


 それはまだ幼い頃の記憶。

 母は病でほとんどをベッドで過ごしていた。会いに行けば笑顔を見せてくれたが、その顔色が会うたびに悪くなっていくのが幼いセンにもわかった。

 怖くて不安だった。

 父は。父親のハル王は妻であるライラ王妃も、その息子のセン王子も顧みなかった。

 病弱な母と冷たい父。そんな家族の中で優しかったのは祖父である前王カサだった。

「おじいちゃま!」

 カサがやってくると、センは喜び全力で甘えた。親族で唯一それが許される相手だったからだ。

「おー、よしよし」

 カサもかわいい孫に満面の笑みで応えた。ひとしきりセンをかわいがると、カサは息子であるハル王に苦言をする。

「少しは自分の子供を可愛がったらどうだ?」

「そんな、王になれるかわからぬ者」

「お前は外にも中にも敵を作りすぎておる」

「ふん、望む所ですよ」

「もう少し家族の事を考えてやれ」

 張り詰めた空気がセンを不安にさせるが、そのやりとりが終わると、カサはまたセンと遊んでくれた。


 ずっとうなされながら眠り続けるセンは別の夢……過去の記憶を見ていた。

 母が病で亡くなった時。

 センはみんなの前で泣かなかった。

 幼いながら、やがて王を目指す者としての矜持か。

 猛々しい父親に叱られないためか。

 天国の母親を心配させないためか。

 あるいは、泣いているカラルのためか。

 理由はどれか、それとも全部かもわからない。ただ、その時センは泣いてはいけないと思った。葬儀を終え、ひとりっきりになった時も泣かなかった。

 でも……。

 老王カサがセンの部屋にやってきた。そして

「センと今だけは泣いていいんじゃよ」

 後ろから抱きしめて、優しくそう言った。

「ウウ……ウグッ……ぐす……」

 センは静かに泣いた。カサは何も言わず、センが泣き止むまでずっと抱きしめてくれた。


 そしてまた、別の夢。別の思い出。

 自分より幼い怯えた顔の少年。周りに怯え、自分の守るために大人に媚びる。昔の自分に似ているかも。それが、ヒムを最初に見たときの感想だった。

 ヒムは母親が庶民というだけでなく、その母親の異常な権力欲が敵を作っていた。ハル王は愛人の一人としてしか扱わず、最初は友好的だった貴族達も自分と息子を利用するつもりだと寄せ付けない。

 そんな母親の代わりに、ヒムは大人達に愛想を振りまいていたが、それを見透かされて余計に孤立していった。

 異母とはいえ弟だ。そして、どこか昔の自分を見ているようで、放っておけなかった。

 老王カサが自分にしてくれたように、センはヒムをかわいがった。王族貴族の間でも人気のあったセンのおかげで、ヒムへの悪印象は、少なくとも表面上は収まった。自分が王になれば、もっとちゃんとヒムを守れる。センが本気に王の試練を意識したのはヒムを守ろうと心に誓ったその時だった。


 目覚める前に見た夢は父親であるハル王の死だった。

 それは突然だった。精神的にも肉体的にも強いハルは、ほとんど護衛をつけることはなかった。エンジェの騎士は何度も護衛を名乗り出たが、強き王を名乗る王が護衛をつけるなどできるかと一喝された。

 そんなハル王は、短剣を胸に刺されたままベッドの上で死んでいた。

 ことあるごとに周辺諸国にちょっかいを出し、内政でも沢山の敵を作っていたハル王だ。暗殺を狙う敵はいくらでもいただろう。しかし、直接の護衛はなくとも遠巻きにはエンジェの騎士が守っている。剣も魔法も並の魔法剣士より強いハル王自身も、簡単に暗殺されるほど弱くはない。

 そんなハル王を自室まで潜り込んで短剣で暗殺。さらに未だ犯人は見つかっていない。

 大国ソーカサスは大きく動揺したが、人望のあるカサ老王の復帰により、騒動は一応の収まりを見せた。

 国民はそれで良かったかもしれないが、問題は王室だった。暗殺者は見つからず、カサ王は老齢。代わりの王の資格者はなく、候補者はまだ若い者ばかりだった。

 なにかとセンの面倒を見てくれたカサも、王に復帰するとさすがに会えることも少なくなり、センにとって心を許せる人はカラル一人になった。


 カラル。

 生まれたときからいた従者。いつでも、どんな時でも自分の味方でいてくれる。

 カラル……カラル……。


 記憶と言う名の不安な夢をいくつも見たセンは心寂しく目覚めた。そして、そこにカラルの姿を見て、心から安心できた。

「セン様……良かった、目覚められたのですね」

「カラル……」

 カラルはセンの額に手を置いて、随分熱が下がっている事に安心したようだ。

「セン様、水をとってきますね」

 カラルが立ち上がると、センはその手をつかんだ。

「カラル、もう少しだけ一緒にいて」

「はい」

 カラルは優しく微笑むと、手を握ったままベッド横に椅子に腰を下ろした。

「夢を見ていたんだ。小さかったころの」

「はい」

「母様が亡くなって、父様が亡くなって……とても寂しかった」

「はい」

「でも……カラルがいてくれた」

 センに見つめられて、カラルは思わず頬が熱くなる。

「カラル……ずっとボクの側にいてね」

「はい、もちろんです!」

 もちろん従者としてだとわかっていても、思わず言葉に力が入る。

「ありがとう、カラル」

 センは安心した顔を見せて微笑む。カラルは何度も何度も心に誓った言葉を、また心の中で繰り返す。


――ずっとセン様のおそばに。

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