第13話 初めての戦い
「うーん」
「セン様、体の調子は大丈夫ですか?」
大きく伸びをするセンにカラルは声をかけた。
「うん、大丈夫だよ。カラルのほうこそ大丈夫?」
「魔法の瞑想で似たようなことをよくやっていましたので、私は大丈夫ですよ」
「そっか、良かった」
笑顔のセンを見て、カラルも微笑みを返した。だが、センの顔に疲れが残っているのが見えたので内心は心配している。
「ザガン様、結局ずっと見張りをしていただいて、申しわけありません」
「気にするな。見張りながら休むのには慣れているから、体力も回復しているよ」
「へー、やっぱりザガンはすごいなーっ」
すっかりザガンがお気に入りのセン。
「おいおい、昨日一番頑張ったのは俺だぜ?」
「あはは、クートもすごかったよ」
センはなだめるように言った。
初めての野宿を無事に過ごし、セン達は旅を続ける。次の都市ゾラマダを目指す一行は、山小屋を借り、野宿をして、小さな村に泊まり、歩き続けた。
「今日はアカソという村まで行きましょう。そこで一泊して、明日一日歩けば街道に出られます。そこまで行けば、ゾラマダはすぐですよ」
「そっかー、良かった-」
さすがに険しい道行きに疲れていたのか、センは心からの声がもれた。道は険しかったが、モンスターは大狐が一匹襲ってきただけで、それも苦労もなくザガンが倒した。
そろそろまたモンスターが襲ってくるかも。そんな緊張を持ちながら川沿いを歩いていると、センが声をあげた。
「誰か流れている!」
センの指さす先には木片を必死に掴んでいる人……子供がいた。
「カラル!」
「はい」
カラルが呪文を唱えると、流されている子供を光が包み、ふわりと浮かび上がった。
「ほう、浮遊魔法か」
ザガンは感心した声を漏らす。他人を浮かべるのはなかなかに難易度が高い魔法だが、カラルは苦も無くやってのけたから。
カラルの魔法の杖の動きに合わせて、光に包まれた子供はセン達も所に運ばれてくる。そしてセンの目の前で降ろすと光は消えた。
「キミ、大丈夫?」
センはキョトンとしている男の子に声をかけた。センより幼い、まだ5歳か6歳といったところだ。
少しの間のあと子供は泣き出し、泣きながらひとりで遊んでいたら川に落ちて流されたことを説明した。どうやら男の子はこれから向かうアカソの村の子供のようだ。
「キミの名前は?」
「ケイミー」
ずっと男の子を慰め、元気づけていたセンをすっかり信頼して、ケイミーは笑顔で答えた。
「じゃあボクたちと一緒に村に戻ろう?」
「うんっ」
ケイミーはセンの伸ばした手を掴んだ。ケイミーはかなり流されたらしく、村につくにはまだ数刻かかりそうだった。
「ねえねえセンお兄ちゃんはどこに向かってるの?」
「北だよ。ずーっと北の方だよ」
「えー、北って雪がいっぱいあって寒いよ?」
「そうだねー。でもボクは行かなきゃ」
「どうして?」
「王様になるためだよ」
「わあ、すごーい!」
すっかり仲良しの二人を大人達は優しい目で見ている。センより幼いケイミーに配慮してゆっくり歩いていたが、さすがに疲れてきたようだ。
川沿いを歩いていると、ちょうど少し開けた岩場についた。休憩しようかと話していると、ザガンとクートが剣を抜いた。
「嫌な感じだな」
ザガンは森のほうを睨む。
「近づいてきてるな」
クートはすでに攻撃呪文を準備して迎撃態勢を取っている。カラルもすぐに魔法が使えるように杖を構えている。どんな敵でどんな状況になるかわからないから、見極めるまでは安易に魔法は使わない。カラルも実戦に対して少し成長したのだ。
「セン王子」
ふと、ザガンがセンに顔を向ける。
「お前がその子を守るんだ。出来るな?」
「はい!」
センは腰の短剣を抜いて、ケイミーの前に立って構えた。センは嬉しかった、こんな自分でも頼りにされる事が。
その間にもカサカサとした音が無数近づいてくる。そして。
「来るぞ」
ザガンの言葉が合図かのように、森から一斉にそのモンスターは現れた。
スグロ。
中型犬ほどの体長の鼠に似たモンスターだが、頭に三本のツノがあるのが特徴だ。動きも単調で遅く、さして脅威ではない。が。
「一匹一匹は弱いが、いかんせん数が多いな」
前線で戦うザガンとクートはスグロを難なく倒してはいるが、その数に辟易していた。倒しても倒しても森から出てくる。
「カラルちゃん、魔法で一掃してくれ」
たまらずクートはカラルに助けを求めた。
「はい」
カラルは呪文を唱える。すでにこうなることを予想して呪文の準備はしていた。
「セン様、しばらくここを離れますのでご注意を。ザガン様、セン様たちをお願いします」
カラルが魔法を唱え始めると、クートが前に出てスグロを牽制し、ザガンが戻ってセンとケイミーを守る。カラルは空中に浮かび上がる。ケイミーを川から救った時の浮遊魔法だ。カラルほどの使い手になると自分を浮遊させながら他の魔法を使うことも容易い。
「クート様、結界魔法を」
「おう」
魔法剣士であるクートは手慣れたもので、自分を守るように小さな結界を張った。それを確認すると、カラルは空中から準備していた魔法を放った。
スグロに向かって無数の魔法は矢が飛んでいく。範囲は広く、クートごと魔法の矢の雨はその一帯に降り注いだ。
スグロ達は悲鳴を上げて次々倒れていく。攻撃魔法を終えると、ほとんどのスグロは地に伏していた。
だが、まだ生き延びているものも少しいる。王の試練の影響を受けているのか、まだまだ好戦的な目をして近づいてきていた。
カラルはそのまま空中にとどまる。大きな魔法を使ったばかりで疲弊しており、下手に地上に下りるよりは安全だからだ。
「あとは俺らに任せろって」
そう言ってクートがスグロの生き残りを始末していく。取り逃がしたのはザガンが難なく倒した。
もうあと三匹。クートが面倒そうに倒していると、そのうちの一匹がセンのもとへ向かう。怪我、いや、瀕死といっていい状態で動きは鈍い。
二人を守るザガンが退治する。誰もがそう思っていた。
しかしザガンは動かない。手負いのスグロはケイミーの前で短剣を構えるセンの前まできた。
「セン王子、お前が倒せ」
「は、はい!」
センもいずれくる試練のために、幼い頃から剣と魔法の勉強はしてきた。それでも初めての実戦は不格好で必死だった。
「うわああああああっ」
叫び声とともに短剣を突き立てる。スグロは避ける力ものなく、センの攻撃をまともに受ける。防御も駆け引きもないセンの攻撃は難なくスグロの命を奪った。
「はぁ……はぁ……」
荒く息を吐き出し呆然とするセン。
「気を抜くな!」
「は、はい!」
ザガンの叱責に、センは再び短剣を構える。その剣先は小刻みに震えていた。
「よく覚えておけ、それが他の命を奪うという事だ」
「はい……」
センは血にまみれた短剣を見て、深くうなずいた。
センがスグロ一匹を倒す間に、クートが残りを退治していた。地上に下りていたカラルは駆け寄ってくると。
バチンッ!
ザガンの頬を打った。
「あなたは何なのですか? セン様をモンスターと戦わせるなど!」
カラルは涙を浮かべながら叫んだ。
「わ、悪い、つい熱くなっちまって……」
「セン様がおっしゃるのなら、私はどんな危険な命令でも従います。でも、セン様を危険な目に合わせることには絶対に賛同しません!」
「カラル、あんたの言う通りだ」
「次期国王になろう方だ、無茶はやめてくれよ?」
クートも珍しく険しい顔でそう言った。
「ああ、気をつけるよ」
気まずい空気のままアカソの村に向かう。センはケイミーの手を引いて歩き、カラルはそんな二人を守るように側につく。クートが先頭を歩いて、ザガンは一番後ろを物静かに歩いた。
そのままアカソの村まではトラブルもなくつく。
「あ、ママッ!」
村ではケイミーを探して大騒ぎになっていたが、母親を見つけて駆け寄るケイミーを見てみんな集まってきた。
「センお兄ちゃんありがとう!」
ケイミーとその母親、そして村の人々から感謝されて、四人は歓迎の宴をうけた。
そして夜。
カラルの隣で寝ていたセンは、こっそりと部屋を抜け出すと、村の外れで一人飲んでいたザガンを見つけて駆け寄っていった。
「ザガン」
「おう、セン王子、まだ寝てなかったのか?」
「うん。カラルが寝るまで寝たふりをしたいたんだ」
「そっか」
センはザガンの隣に腰を下ろす。
「セン王子、昼間は悪かったな」
ザガンはバツが悪そうな顔をして言った。
「ううん、カラルが心配するから言えなかったけど……ありがとう」
「え?」
「ボクはずっと守られるだけだったけど、初めて誰かを守る事が出来た。それがボクには嬉しかったんだ」
「そうか、まあ、気をつけないと、またカラルに怒られるからな」
「カラルもボクを心配してのことだから、許してあげて」
「ああ、わかってるよ」
しばしの静寂。二人はボーッと暗い森を見ていた。
「あの子、ヒムに似ていたんだ」
センはポツリとつぶやくように言った。
「ヒム?」
「ボクの……異母兄弟だよ」
「そっか」
「初めて出会ったのは5年前。大人はみんな言い争っていたんだ。ヒムの母親が庶民だからって拒絶する人と、父様……王様の子供だからって利用しようとする人。大人はみんなヒムの敵だと思った。だからボクが守らなきゃって思ったんだ」
「もしかして北の試練を受けるのも、その辺に理由があったのか?」
「うん……誰かが北の試練をクリアーして王様を確定しないと、ヒムがこの北の試練を受けさせられるんだ」
「そういうことか」
「だから……ケイミーを守れたことが、きっとヒムを守れる自信になった。それがボクはうれしかったんだ」
そう言って満面の笑みを浮かべる。影からそれを見ていたカラルは、そっと涙を拭った。
翌朝。ザガンの前にきたカラルは大きく深呼吸をすると、頭を下げた。
「昨日は失礼しました」
「カラルが俺に謝ることなんてないだろ?」
「感情にまかせてザガン様の頬を叩いてしまいました」
「あんなのカラルの立場なら当然のことだ、気にするな。
それより俺も悪かった。どんな事故があるかわからないのに、あれは不適切だった」
ザガンも頭をさげる。
「まっ、お互い頭を下げたところで、仲良く旅を続けようぜ」
クートはお気楽な口調でいった。二人にとってもセンにとっても、今はそれがありがたかった。
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