第12話 初めての野宿
翌朝も村の歓迎は続いていたが、王の試練はまだ始まったばかり。惜しむ村人に別れを告げて、セン達は村を後にした。
「ザガン様、次はゾラマダという街を目指しますが、ザガードに戻らず直接向かおうと思うのですが」
「いいんじゃないか? なにか問題があるのか?」
カラルに相談されて答えるザガン。すっかりザガンを信頼しているようだ。
「少し険しい道で、途中村を寄るにしても何泊かは野宿をすることになりますが、時間を短縮できるルートがあるので、それを使うべきかどうか」
「なるほど……」
二人は振り返ってセンを見る。
「まあ、いいんじゃないか。終盤になるともっと険しい状況になるんだろ?」
「そうですね」
「だったら、いまのうちから慣れさせるのはいいと思うぜ。カラルもそう思っていたんだろ?」
「はい。ただ、私も旅に慣れているわけではないので」
「ならなおさら今の内に慣れておくといいな」
「ザガン様にそう言ってもらえると助かります」
こうして第二の都市ゾラマダへは小さな山を越える、人の往来のほとんどないルートを進むことになった。
最初こそ楽しげだったセンも、慣れない山道に口数が少なくなっていく。だが、弱音を吐くようなことはなく、何度かカラルが休憩を申し出てもそれを断り足を進めた。
「水場があるし、ここで一度休もうか」
そして、小川の側でザガンがそう言うことで、ようやくセンも休むことになった。
「セン様、足を」
疲れ切ったセンは、カラルに逆らうことなく素直に足を出した。カラルはセンのブーツを脱がせると、川の水で足を洗い、回復魔法をかけた。回復魔法は傷などの回復を早めるが、疲労を回復することは出来ない。それでも潰れた足のマメなどを治すことは出来るので、センにとっては十分だった。
「カラル、ありがとう」
「いいえ、こんなことしか出来ませんが……」
「ううん、じゅうぶんだよ」
そう言ってニコリと笑うセン。その笑顔だけでカラルの疲れは癒された。
「チッ、本当にモンスターに襲われやすいんだな」
穏やかな時間を壊すようなクートの声。二人が目を向けると、木々の間から数匹のモンスターが現れてきた。
スクケット。
獣人タイプのモンスターで、体長はザガンと同程度の背丈がある。赤い目に鋭い牙を持っているが、何よりの特徴はその両腕。肘から先が鋭い槍鎌の形になっている。尖った槍と、大鎌を合わせたようなその形状は、人間の体を刺す事も裂く事にも適しており、熟練剣士でも手こずるモンスターだ。
センを後ろから抱きしめ、カラルが防御結界の魔法を張る。その前をザガンが大剣を握り構える。そして先頭をクートが務める形となった。
「クート、大丈夫か?」
ザガンが先頭のクートに声を掛ける。
「大丈夫大丈夫、たまには格好いい所をカラルちゃんに見せておかないとね」
「4、5、6体か」
スクケットの数を数えたクートはニヤリと笑って剣を構えると、ブツブツと呪文を唱える。大国ソーカサス最強の騎士団であるエンジェの騎士は総てが魔法剣士で、剣も魔法も専従の者より使いこなす。
呪文を唱え終えたクートは、先頭の三体のスクケットに斬りかかった。まずは左。スクケットの振るった槍鎌の右手を避けてその腹を切り裂く。そしてそのままクルリと廻って右のスクケットに左手を向けて準備していた魔法を放つ。
手の平から放たれた雷撃を受けて黒こげになるスクケット。だがまだ死んでいない。両手を挙げて襲ってきた真ん中のスクケットの攻撃を避けながら、黒こげの喉を切り裂いてトドメを刺した。
続いて後方にいた三体もクートに襲いかかってくる。用意していた呪文を使い、四方を囲まれたクート。ザガンが手助けに向かおうとした瞬間、今までの動きが嘘かのように素早い動きを見せるクート。左のスクケットが腕を振るうと、その手を切り裂き、そのまま後ろにいたスクケットの頭を真っ二つにする。
そして前方にいたスクケットの両手を切り落としてから首を斬り飛ばす。唯一無傷だった右のスクケットはその攻撃をしゃがんで避けて両膝を切り、倒れてきた所で首を落とす。
残った右手の無いスクケットはそれでも闘争心を失っておらず、飛び上がって襲いかかってくる。しかしクートはいつの間にか準備していた魔法を放つ。巨大な炎で顔面を焼かれて暴れる最後のスクケット。その攻撃を軽くかわしながらその残りの腕を、そして首を切り落とした。
傷一つ負わなかったクートは、剣を鞘に収めると、金色の髪を掻き上げながら戻ってくる。
「さすが……エンジェの騎士ですね」
出会った時からチャラチャラしていたクートの真の実力に、カラルも驚きを隠せなかった。
「惚れた?」
「いえ、それは全然」
カラルの即答に、ガクッと肩を落とすクート。またいつもの陽気な男に戻っていた。
その後はモンスターに襲われることもなく、夕暮れまで道を進んだ。
「今日はこの辺に野宿だな」
ザガンの言葉にみんなうなずく。見晴らしがよく、近くに水場のある場所だった。
「ふぅ、さすがに疲れたぜ」
クートは早速岩に腰を落として背伸びをする。戦闘の疲れというより、歩き疲れのようだ。
「オレは焚き火用の木を集めてくる。カラルは食事と寝床の準備を頼む」
「あ、はい、ありがとうございます」
疲れも見せないザガンにお礼を言うと、カラルは早速野宿の準備を始める。センは疲れ切っているのか、無言で座り込んでいた。
初めての野宿の準備を終えた頃には、すっかり周りは暗くなっていた。簡素な食事を終えると、センはもう眠る寸前。クートも大きな岩に背中を預けて、すっかり休む準備が出来ていた。
「カラルも疲れているだろ、見張りは俺がするから先に休め」
「でも」
「オレは傭兵生活で何日も寝ないことには慣れているから気にするな」
「今日は頑張ったから、俺はお言葉に甘えさせてもらうぜ」
そう言ってクートは腕を組んで目を閉じる。
「セン様、こちらへ」
カラルはセンを抱きしめると魔法の結界を作った。
「ザガン様、いつでも見張りを交代しますので、お声をかけてください」
「ああ、わかったよ。カラルも早く休め」
「はい」
カラルは岩に背中を預け、センに膝枕をした状態で眠りについた。
焚き火のパチパチという音だけが聞こえる。焚き火を見つめるザガンの黒い瞳には、赤い炎が映っていた。そうしてしばらく時間が経ったころ。
「よぉ、ザガンさんよ」
クートが声をかけてきた。
「なんだ、クート、まだ起きていたのか?」
「謎の剣士に心許すほどエンジェの騎士は甘くないぜ」
「ふふ、そうだな」
ザガンは不敵な笑みを浮かべる。クートは密かにザガンの様子を伺っていたのだ。
「ザガンさんよ、あんたの本当の目的はなんだ?」
「まだ疑っているのか?」
「そういうわけじゃないが、どうにもあんたが傭兵というのが信じられなくてね」
「ザザの流民なんて、こんなもんさ」
「そうかい? 戦闘力はともかく、チコの村の件でセン王子を説得するあんたは、とても傭兵とは思えなくてな。もっとストレートに言うと……カサ王の関係者じゃねーのかなって」
「カサ王? オレが現国王の関係者だって?」
ザガンは鼻で笑った。
「カサ王はセン王子に肩入れしていたからな、ありえない話じゃないぜ」
「カラル以外の仲間は自力で見つけないといけないんだろ?」
「それは建前……いや、候補者自身に認識がなければ問題ない」
「だったらオレよりエンジェの騎士であるクートのほうが可能性があんじゃないのか?」
「ははは、まあそうなんだが、残念ながら俺がただの不良騎士なのは調べればすぐにわかる。ましてカサ王が俺に依頼することはねーよ」
「ほう……まあオレもカサ王の使いなんてことはありえないな。そもそも王都で仲間が揃っていたかもしれないし、刺客から救ったときも傭兵なんて仲間に誘うとは限らないからな」
「まあな。まあでも、ぶっちゃけあんたがカサ王の使いでもなんでも危険じゃなければいいんだけどな」
「そういうことだ」
クートはザガンがただの傭兵というのを疑っていたが、敵とは思っていないようだった。
こうして会話が途切れると、今度は眠ったのかクートは話さなくなった。そしてそのまま朝を迎える。結局ザガンがひとりで朝まで見張りをしたのだった。
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