第11話 チコの村

「小さな村ですが、温泉が出るので、けっこう立ち寄る旅人も多いのですよ」

 怪我は軽傷だったので、カラルの魔法で治療されると、女性は村への案内を買って出た。

「平和な……小さなモンスターすらほとんど出ない平和な村だったのに、急にあんな大きなモンスターが現れて……」

 女性は涙ぐむ。

「それって王の試練の影響なのか?」

 ザガンはカラルに訊いた。

「わかりません。ただ、その可能性はあります」

「もしそうなら、村人にとってはえらい迷惑だな」

「神獣の加護に払う代償といってしまえばそうですが……」

 カラルは顔を曇らせる。セン王子の忠実な従者とはいえ、庶民出身のカラルは巻き込まれる側の気持ちもわかるのだ。

「大丈夫、ボクたちがきっとやっつけるから」

 幼い王子のはげましに、女性が笑顔を見せた。


「ひどい……」

 チコの村につくと怪我人が収容されている宿に向かい、その様を見てセンは言葉を失う。

モンスターにやられたのだろう、多くの怪我人がいた。そしてその中には女性や子供もいる。数少ない警備兵や村の若者だけでは守り切れなかったのだ。

「セン様、まずは警備兵に話を」

「う、うん、そうだね」

 被害を目の当たりにして、センの元気はなくなっている。ザガンはそんなセンの背中を軽く叩く。

「セン王子、弱気な顔は見せるなよ」

「え? う、うん、わかった」

 ハッと気づいたセンは、パチパチは自分の頬を叩いて気合いを入れた。そして、体中に包帯を巻いた護衛兵のもとへと向かった。

「ボクはセン。王の試練に向かっている者です」

 センの言葉を聞いて一瞬あっけにとられた護衛兵とその周辺の人々は、慌てて姿勢を正そうとする。

「あ、いいよ、そのままで、楽な姿勢でいて」

「しかし王子」

「いいからいいから。それより大型モンスターについて教えて欲しい」

「は、はあ」

 護衛兵は困惑しながらも、話し始めた。

「本当に急に、なんの予兆もなく奴は現れました。体長は大人の三倍はあって、横幅も広く、手の先には鞭のような指が三本はえていました」

「口はラッパの様に尖っていませんでしたか?」

「そうです! そこから液体を吐きかけられて、このざまです」

 カラルの質問に答えると、警備兵は腕の包帯をめくって見せた。それは酷い火傷のようだ。

「溶解液ですね。恐らくモスウェールというモンスターです」

「聞いたことはないな」

 最強の騎士団の一員として多くの知識を持つクートは答える。傭兵として見聞があるであろうザガンも同意してうなずいた。

「とびきり運の悪い冒険家が出会う程度の珍しいモンスターです。本来、こんな場所に来ることなんてあり得ないのですが……」

 カラルは言葉を濁す。やはり王の試練の影響であり、ここにいる多くの怪我人はその巻き添えということになる。センもそれに気づいたようだが、毅然とした顔は崩そうとはしなかった。

「ボクたちがそのモンスターを退治します」

 そしてそこにいるみなに向けてキッパリと宣言した。

「セン王子……」

 護衛兵はまるで眩しいものでも見るように目を細めた。

「ありがとうございます……どうか……どうかご無事で」

 周りの村人もセンに拝むようにした。

「奴はこの村を襲うと、東の森のほうに行きました。でも、いつまた帰ってくるか……」

「わかった。カラル、クート……ザガン、行こう! モンスター退治にっ」

「はい」

 微笑みうなずくカラル。

「ふっ、まかせろ」

 妙に爽やかな笑顔を見せるクート。

「おう」

 そして力強くうなずくザガン。セン王子一行による巨体モンスター・モスウェール狩りの始まりだ。


 モスウェールがいるという森に向かうセン達。

 先頭にはザガンが、続いてセンとセンを守るようにカラル。最後尾をクートが続いた。

 カラルはセンを一番後ろにと思ったが、ザガンの提案でこの並びになっている。

森に深くに入るのなら、モスウェールだけでなく、他のモンスターや野獣にも注意しないといけない。だから先頭と最後尾を剣士二人が守り、常にカラルがセンを見守れるように、この並びにしているのだ。


 森に入ると、すぐにモスウェールの足跡が見つかった。草を踏みしめ、木をなぎ倒しながら足跡は奥へと続いている。道は出来ていたので進みやすかったが、やがて道は開けたが、やけに湿った場所へ出た。

「まずいな」

 先頭を歩くザガンがつぶやく。

「どうしたの?」

 少し後ろのセンが訊いた。

「足場が悪い」

 湿地帯なのか地面が柔らかく、足が少し沈み込んでいた。

「それに鳥の声が聞こえない。たぶん近いぞ」

 そう言ってザガンは大剣を抜いた。一気に緊張が走り、カラルはセンを守るように結界を張る。クートも剣を抜いて周囲を見渡した。


 しばしの静寂。そして。

 一瞬太陽が隠れたかと思うと、空から巨体が降ってきた。ズシンと重い音と共に、湿った土が舞い上がる。

 どこに隠れていたのか、モスウェールはその巨体に似合わぬ大ジャンプでザガンの前に現れると、右手を振り上げ三本の鞭のように長い指を振り下ろした。

バシンッ

 三本の鞭は同時当たって一つの音を響かせる。ザガンは大剣を盾に防いだが、その圧はザガンの足首まで地面に沈めた。

「お二人さんは下がっていな」

 クートが前に出て素早く呪文を唱えると、モスウェールの顔に向けて火炎弾を放った。だが、魔法の火炎弾は顔面に直撃したが、ほとんど効いていないようだ。

「でかいやつは頑丈だねぇ」

 クートは軽口を叩いたかと思うと、素早く横に飛んだ。するとまさにクートがいた場所に青緑色の液体がかかる。液体は地面にあたると、そこから細い煙をあげた。

「溶解液か」

 ザガンは体勢を立て直しながらつぶやく。モスウェールはその尖った口先から危険な溶解液を飛ばすのだ。

「頑丈な体に鞭のような指。さらには溶解液か。やっかいだな」

 さすがにクートも真剣な表情だ。

「クート、俺が奴の体勢を崩す。あんたは頭を狙ってくれ」

「おうよ」

 ザガンは足下の悪さをものともせずに、モスウェールの左側に回り込みながら近づく。そして、再び右手の鞭を振るうタイミングで一気に足下に潜り込むと左の膝を大剣で薙いだ。

 ズシャ固い壁を切り裂くような音。

 モスウェールの頑丈な体も、ザガンの大剣を防ぐことはできない。モスウェールは倒れ込みながらザガンに向けて溶解液を吐く。ザガンは大剣でそれを防ぎながら距離を空けた。

 ザガンに意識を取られている間にクートは影のように忍び込んで、四つん這いになっているモスウェールの頭部を狙って剣を突き出す。その剣先には雷の魔法がかかっていた。

 バシッバシッ。稲妻が弾ける音と共にクートの長剣がモスウェールのこめかみに深々を突き刺さる。モスウェールは大きな叫び声をあげた瞬間……ザガンが回転しながら大剣を振るった。

 ザグリ

 深い音がしてモスウェールの頭部が落ちていく。モスウェールの巨体が倒れると、頭部の無くなった首元から大量の血液が流れ出た。

「ふぅ、やったな」

 クートが拳を突き出す。

「ああ」

 ザガンはその拳に自分の拳を合わせた。

「すごいすごいすごい!」

 センが顔を輝かせてやってきた。

「すごいよ二人とも! かっこよかった!」

 はしゃぐセンと、さすがに感心顔のカラル。エンジェの騎士であるクートの実力は疑っていないが、それに匹敵以上のザガンの強さに驚きを隠せない。それと同時にあまりに役立たずだった自分に自信を失うカラルだった。


 村に戻りモスウェールを討伐したことを伝えると、村中が湧いた。セン達はまさに英雄として迎えられた。

「なにもないところですが、どうぞ村自慢の温泉に入ってください」

 村なりの豪勢な料理を食べたあと、村長がセン達に勧めた。温泉は男性と女性に別れており、その前でカラルは顔を赤らめてセンに訊いた。

「セ、セン様、ど、どうされます?」

「ボクはザガンと入る!」

「そ、そうですか」

「だったら俺が一緒に入ってやろうか?」

 カラルにいつも以上に厳しく睨まれて、慌てて退散するクートだった。

 温泉は村長が自慢というだけあって湯も設備も良く快適だった。四人とも満足して温泉をあがると、センは早々に眠りにつき、クートは村人の若者と酒を飲んでいた。


 カラルは一人離れた場所で夜風にあたっている。月の光は長いブラウンの髪も、憂いを帯びた赤い瞳も美しく照らしていた。

「はぁ……」

「どうしたんだカラル、若い娘がため息なんて」

「ザガン様……」

 ザガンが声をかけてきた。全身鎧に大剣も背負っている。緩んだ空気の中でも完全装備なのは傭兵だからか、王の試練中だからかはわからない。

「前から気になっていたんだが、オレは雇われだ、様なんか付けなくていいぜ」

「いえ、私はあくまでセン様の従者ですので……」

「そうかい……まあ無理強いはしないけどな」

「……」

「……」

「……あの」

「なんだ?」

「一つお伺いしていいですか?」

「いいけど、まだオレは疑わしいかい?」

 苦笑いするザガン。

「いえ……私のことです」

「カラルの?」

「はい、私ってセン様にとって必要な存在でしょうか?」

「おいおい、何いってんだ。セン王子が一番信頼してるのは、あんただろ?」

「それは……でも、私はセン様にとって良い影響になっているのかわからないのです……」

「なんだよ、それ?」

「この村のこと、私は無視して旅を続けようとしました。

でも、セン様にとっても、そしてたぶん、王の試練にとっても必要なことだったと、今にしてみれば思うのです」

 王の試練とは、ただ神獣に会いに行くだけの旅ではない。その過程こそが大事だということは、カラルもよく理解していたつもりだった。

「ふーん、王の試練のことはよくわからないけど、セン王子にとっては、あんたの言ったことは別に間違いじゃないだろ?」

「え?」

「あの場合、あんたがいなければ、セン王子は最初から村を救いに行こうとしていたんじゃないか?」

「ええ、優しいセン様はきっとそうされます」

「でも、あんたが別の答えを示したことで、セン王子は自ら考え、自ら選んだ。まあ、多少オレの言葉もあったけどな」

「……はい」

「それって大事なことじゃないか? 王様は重要なことを決断する立場にある。それを楽な答えばかり進言する部下より、辛いことをちゃんと言ってくれる部下の方がよほど大事だろ」

「そう……でしょうか?」

「ああ。あんたは本当の意味で良い臣下になるよ」

「……ありがとうございます……ザガン様は不思議な人ですね。傭兵なのに、まるで騎士……いえ、それよりもっと……」

「はは、ちょっと格好つけちまったな」

 ザガンは照れた顔をして誤魔化した。

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