第10話 最初の都市ザガード

 そろそろ陽が傾いてきた頃、大きな街が見えて来た。王都から北に向かう最初の都市ザガードだ。大きさは中規模程度だが、北部方面の玄関になっている都市である。


「次に目指すゾラマダまで、大きく分けて三つのルートがあります」

 ザガードの入口に向かいながらカラルがザガンに向けて話す。傭兵として旅慣れているだろうザガンの意見が聞きたかったのだ。

「三つか。どんな道だ?」

「西回りは大きな湖沿いで、北からの物流ルートになっています。北への直進ルートは、次の目標のゾラマダまでの距離は最も近いですが、細い道に別れていて、途中、小さな村が沢山あります」

「なるほど」

「東回りの道は山沿いの少し寂れた道ですね。小さな温泉地があるので、王都からの旅行者はいますが、ゾラマダまでの距離も一番遠く、あまり見通しのよい道ではないです」

「じゃあ、東回りは外しだな」

「はい」

「どっちで行くんだ?」

「予定では北の直進ルートを行こうかと考えていましたが、あんな所でもモンスターが襲ってくるので、比較的道幅が広い西回りを行こうと思います」

 カラルはザガンが倒したコウモリ型のモンスターを思い出しながら言った。

「それがいいな」

 ザガンも同意してうなずく。センは二人の会話を興味深そうに聞いていたが、クートは我関せずで鼻歌を歌っていた。


 大コウモリ以降、モンスターに襲われることもなく北部最初の都市ザガードに到着した。もう夕方だが王都に引けを取らない賑わいを見せている。

 まだ早かったが、センの疲労を考えてカラルはすぐに大きな宿に向かった。実際、センは疲れていたのか食事をとるとすぐに寝床につき、カラルはセンを守るように同じ部屋に泊まる。

 ザガンとクートは近くのレストランで街の荒くれ者たちと酒を楽しんだ。センの側から離れることを非難したカラルだが、『これも情報集めだ』というザガンの言葉に黙るしかなかった。


 そして翌日。

「少しお待ちください。何か刺客の情報が入っているかもしれませんので聞いてきます」

 旅の支度を終えて宿を出ると、カラルは街の警備兵の詰め所に向かった。ソーカサスでは治安を守る為の組織があり、刺客については初日宿泊した村で報告をしていたのだ。

「ああ、例の黒ずくめの刺客か、犯人なんて他の候補者しかないだろ?」

 クートはつまらなさそうに言う。

「そう思いますが……ただ、候補者が他の候補者の試練を邪魔すれば、神獣に認められない可能性が高いです。だから、候補者が刺客を送るメリットはあまりありません」

「となると、すでに資格を得ている者が怪しいってことか?」

「はい……」

「ソドはそんなことしないよ!」

 センは叫んだ。

「ソド?」

 事情を知らないザガンが訊いた。

「今回の王の試練で、唯一試練を、2番目に難しい西の試練をクリアーしたかたです。誰かが北の試練に成功しなければ、次期国王はソド様に決まります」

 むくれているセンに代わってカラルが答えた。

「なるほど、そのソドがやっていなくても、取り巻きが刺客を送った可能性はあるが……」

「はい……この状況で一番疑われるソド様が刺客を送られるとは思えません。まして成功者のほとんどいない北の試練ですし……」

「となると他国からという線もあるが、すでに資格を持った人間もいるのにわざわざ試練中の者を狙うのも、それも、あんな大通りで狙うメリットがわからないな」

「もしかしたら、何らかのモンスターに操られて……」

「いや、それはないな」

 クートが口を挟んだ。

「あれだけのレベルの刺客は、そうそういない。モンスターに操られるレベルじゃなかった」

「そうですか」

 ここで議論しても結論は出ないので、カラルは詰め所に向かう。

「では話を聞いてきますので、少しお待ちください」

「あ、ボクも行く」

「ですが……」

 センの言葉に困惑するカラル。もし犯人が身近な者なら……そう思うとはばかれた。

「王様になるなら、どんな結果でも知っておいたほうがいいんじゃないか?」

「ザガンの言う通りだよ」

「……わかりました」

 カラルは渋々認める。ザガンとクートもそのまま一緒に行くことになった。


「なんだ、ずいぶん賑やかだな」

 ザガンはポツリともらした。やけに人が多く慌ただしくしていた。カラルが近くの男に声をかけて話を聞くと、センたちのもとにやってきた。

「北に向か道にモンスターが大量発生したようで、対処に追われているようです」

「試練の影響か?」

「わかりません。ただ湖沿いの西回りルートは大丈夫なようなので、旅に支障はないのが幸いです」

 カラルはザガンの質問に答えた。

「刺客の件は?」

「ソーカサスの人間ではないということくらいしか」

「そうか……刺客に狙われていることがわかっても、護衛を増やすことはできないのか?」

「捜査はできますが、私達を直接守ることは出来ません」

「命を狙われる者、それで命を落とす者に王の資格はないってことか?」

 呆れ声のザガンにカラルは無言でうなずいた。有力な情報も得られず、今後とも刺客の脅威は常につきまとう状況だ。


 四人は慌ただしい詰め所を出ようとすると、血の滲んだ服を着た若い女性が悲痛な顔で入ってきた。

「助けてください!」

 女性が大声で助けをもとめると、周りは静まり女性に視線が集まる。

「私はチコという村の者です。村が……初めて見る大きなモンスターが現れて、村の護衛では歯が立ちません」

 女性の声は震え涙があふれている。よほど追い詰められているのだろう。

「チコの村?」

 ザガンは小声でカラルに訊いた。

「ここから東回りの山沿いにある村です」

「確か寂れたルートのところか」

「はい」

 二人が話していると、大柄の男が女性に近づいて声をかけた。

「すまんな、お嬢ちゃん。北の街道にモンスターの大群が現れて対処しないといけないんだ。それが終わってからか、他の街から救援を呼ぶしかないな」

「そんな……」

 男の言葉に女性の顔に絶望が浮かぶ。

「そんな、誰か数名でも来ていただけませんか?」

「お嬢ちゃんの村にも警備の人間はいるんだろ? それが対処できないモンスターなら、それなりに人数を用意しないとな……」

 大柄の男はバツの悪そうな顔をしている。本心では助けたいが、人通りの多い道と人里離れた村では優先順位が違うのだ。


「セン様、先を急ぎましょう」

 心配顔のセンにカラルが声をかける。

「でも……」

「セン様、村はのちほど誰かが行くでしょう。さあ」

 歩き出すカラルとクートに渋々という表情でついて行くセン。

「セン王子、待て」

 そんなセンをザガンは呼び止めた。

「え?」

 驚いて振り向くセン、それにカラル。

「セン王子は、どんな王様になりたいんだ?」

 ザガンは立ち止まったままセンに訊いた。

「え? ザガン?」

「教えてくれ。セン王子、お前はどんな王様になりたいんだ?」

 ザガンはいつもの陽気な顔ではなく、真剣な、厳しい表情でセンを見つめている。

「ボクは……」

「セン様……ザガン様、どういうつもりですか?」

 カラルはキッと睨んでザガンを攻める口調で問いただす。

「カラル、これは大事なことだ。セン王子、さあ、答えてくれ」

「ボクは……ボクは優しい王様になりたい。みんなが幸せに暮らせるような、そんな優しい王様になりたい!」

 それを聞いてザガンは少し頬を弛め、穏やかな表情になる。

「優しい王様は、モンスターに苦しめられている村があったら、どうしたい?」

 そして、とても優しい声でセンに問いかけた。

「……助けたい。助けたいよ! なんとしても!」

「セン様、でも、それにはまず、王様にならないと」

「それは……」

 一瞬明るい表情を見せたセンだったが、カラルの言葉にまた顔を曇らせる。

「村を救う、王様にもなる、それでいいじゃないか」

 ザガンはそう言って微笑む。

「それは……でも……ボクにはモンスターと戦う力なんて……」

 センは悔しそうに拳をギュッと握る。

「おいおい、何で王様自ら戦うんだよ。セン王子には大魔法使いとエンジェの騎士、それに最強の剣士がついているだろ?」

「ザガン!」

 センは目を輝かせてザガンを見た。

「さあ、セン王子、どうしたい? 言ってみろ」

「うん! ボクはあの人の村を助けたい! 行こう! 助けに!」

「よっし! よく言った」

 ザガンは破顔して頷く。

「ごめんね、カラル」

 申し訳無さそうにセンはカラルに謝る。カラルがセンのことを思ってくれていることは知っているからだ。

「いいえ、本当はすごく嬉しいのです。セン様の優しさがすごく嬉しいのです。ダメですね、なんとしてもセン様に王の試練を超えてもらいたいと思っているのに」

「いいんだ、村を救おう。そして、王の試練もやり遂げよう」

「はい」

「クートもいい?」

「ああ、セン王子が決めたことなら、俺は従うぜ」

 明るい表情のセンは女性のもとへ向かう。

「ボクはセン、王の試練を受けている者です」

「セン……セン王子様!?」

 いきなり現れた美少年が王子と知り驚きを隠せない女性。

「ボクたちが、あなたの村のモンスターを倒します。だから、詳しいことを教えてください」

 その王子一行が小さな村を救ってくれると知り、女性はさらに驚いた。

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