第6話 ザザの傭兵ザガン

「片づいたようだな」

 いつの間にか双剣の刺客を倒していたクートが、セン達のもとへやってきた。

「こいつら並の剣士じゃない、相当の手練れだ」

 疲れた様子もなくそう言ったクートだが、エンジェの騎士を多少なりとも足止めしたことが、刺客の実力を示している。

「な、あ、助けて頂いてありがとうございます」

 しばし放心していたセンは、我に返って立ち上がり、ザガンに頭を下げた。カラルは斬り飛ばされた刺客のリーダーの死体に目を向け、そして怪しむ表情を隠さずにザガンを見た。

「ははは、気にするな」

 ザガンは豪快に笑いながら、大剣を背中に納める。大きすぎる剣は腰に収める事が出来ず、斜めに背負っているからだ。

「何者ですか?」

 カラルは再びセンを抱きしめ、警戒したままザガンに訊いた。

「オレはザガン。大剣のザガン。傭兵だ」

「あなたが傭兵……ですか?」

 カラルは怪しむ口調のまま、ザガンに問いかける。ザガンは黒い革鎧に包まれている。指先まである手甲も黒く、ブーツも黒い、いかにも怪しげな格好だ。

「まあ俺の事より、まずはあんたの肩の怪我を治療した方がいいんじゃないのか?」

 ザガンに言われてセンが見上げると、まだカラルの左肩には刺客の投げたナイフが刺さったままになっていた。

「カラル!」

 驚きの声を上げるセン。

「ごめんね……ボクのために……ごめん」

「大丈夫です、セン様」

 何度も謝るセンに、ザガンに向けたものとは違う、優しい声でカラルは答えた。

「ごめん……ごめんね……」

「セン様、この程度の傷、すぐに治りますから、どうか涙をお拭きください」

 それでも謝るセンに、カラルは微笑みを見せた。

「……グスッ、うん、ごめん……」

 センは手の甲で涙を拭きながら、それでもまだ謝っていた。


 クートがカラルの左肩に傷薬を塗って布で巻くと、あとはカラル自身が治療魔法を使って自分の体を治癒する。深々とナイフが刺さっていたが、カラルの魔力なら2~3日で傷は治ると知って、ようやくセンは安心した顔になった。


「ザガン様、お待たせしました。早速お伺いしたいのですが、その顔の紋様……ザザの民ですね?」

 治療を終えたカラルは、今までのセンとの会話とはうって変わって、毅然とした口調でずっと待っていたザガンに問いかけた。

「カラル、そんな言い方……。申し訳ありません、ボクはセン、この者はボクの従者カラル。そっちはエンジェ騎士クートです」

 センは二人の間に立って仲間を紹介した。

「ははは、気にするな」

 だが、ザガンは気にした様子もなく明るく笑う。怪しげな見た目とは似合わない声だ。

「それで、あの、本当にザザの?」

 おずおずとセンが訊いた。

 ザガンはクートより少し上、30歳前後に見える精悍な顔立ちで、背は長身のクートより高いが、筋肉太りはしていない。硬そうな短い髪は黒く、肌も浅黒い。そして、何より目を引いたのは、黒い瞳の下にある特徴的な紋様。

 白く縁取られた黒い線を目の下から大中小と三本、見ようによっては黒い翼に見える紋様が描かれていた。


 浅黒い肌、目元の紋様。それらの特徴は、100年前に滅びたザザ王国の民である事を示していた。

 ザザ王国は大陸の南部に位置する小規模の国だった。大陸随一と言われた程の魔法大国だったが、長年に渡る近隣諸国との戦争に敗れ、100年前に滅びた。ザザは国としては滅びたが、ザザの国民は流浪民族になり、大陸中に広がっている。特徴的な見た目からどこでも目立ち、高い知性と才能で、商人や魔法使いとして大成している者も多い。

 国が滅びて100年経った今でも、元気に生き延びている民族だった。


「見たとおり、オレはザザの流民だ」

 自分の顔をマジマジと見ている二人に、ザガンは笑って答えた。

「あ、すみません」

 好奇の目で見たことをセンが謝る。

「失礼しました」

 カラルも頭を下げた。

「なるほど、ザザの傭兵さんか。たいした強さだな」

 クートは土の山になったゴーレムの死体を見て感心している。魔法ならともかく、戦闘用ゴーレムを剣で倒すのは簡単なことではない。それを大剣の圧倒的破壊力で、一瞬のうちに三体も倒し、尚かつ刺客の剣士すら一撃のもとに倒してみせたのだ。

「そりゃあ、強くなくっちゃ傭兵は食っていけないからな」

「ふーん、なるほど、その黒い衣装や大剣は傭兵だからか」

 クートは納得という顔で頷く。

「え? クート、それってどういうこと?」

 センは不思議そうにクートに訊いた。

「傭兵としてのインパクトだよ」

 クートの代わりにザガンが答えた。

「インパクト?」

「そう、オレみたいな傭兵や用心棒の仕事は、腕前よりインパクトが大事なんだ」

「どうして?」

「戦争でもなきゃあ、傭兵を雇う仕事なんて、たかがしれている。用心棒やら行商の護衛とか、その程度のもんださ。まあ、せいぜいが、山賊かしょぼいモンスターを相手にする程度さ」

「うんうん」

 センは興味深そうに頷きながら話に聞き入る。

「だったら傭兵の腕前なんてそこそこありゃあいい。誰も最強の傭兵なんて探していないさ」

「そうだね」

「となりゃあ、そうだな、クートだっけか? 彼がエンジェの騎士じゃなかったとして、少年、あんたが商人だったら俺とクート、どっちを傭兵として雇う?」

「うーん……」

 センは頭を悩ませて、クートとザガンを見比べる。

「はは、そうだな、見た目だけならどっちが強そうだ?」

「それは……ザガンかなあ?」

 黒ずくめの長身に大剣を持ったザガンと、無精髭はあるものの、スラリとした好青年のクートを比べると答えは簡単だった。

「つまり、そういうことさ」

「あっ、そうか、強そうな人の方が雇われやすいのか」

 聡明なセンは、ザガンが言いたかった事を理解した。

「そう、まあ、これも食っていく為の努力ってやつさ」

「いやいや、あんた、腕前もたいしたものじゃないか」

 クートはザガンの肩を叩いてニヤリと笑う。

「まあな」

 ザガンも満更ではないという顔で答えた。

「あんたなら、そんな格好をしなくても、食っていけそうだが?」

「そうでもないさ、ここんとこ平和だろ? 腕っ節があっても、雇われなきゃ意味がないさ」

 そう言ってザガンは苦笑いする。

 センの父、猛きハル王の時代には何度も隣国と諍いを起こしていたが、ハル王が暗殺され、センの祖父、カサ王が復帰すると穏やかなカサ王のもと、隣国との関係は改善されて平和な時代が続いていた。


「セン様を救って頂いたのに、数々の無礼な発言、失礼しました」

 ザガンの正体がわかると、カラルは改めて深々と頭を下げた。

「ははは、気にすんな、俺みたいな格好してりゃ、怪しんで当然だ」

 また豪快に笑うザガン。怪しげな見た目に比べて、本人は陽気な人物のようだ。

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