第5話 刺客

 王都を出て北を目指すセン、カラル、クートの三人。

 11歳の王子センは、肩までかかる金髪を一纏めにして、上等な布で作られた衣服に短剣という軽装備をしている。

 センの忠実な従者カラルは長いブラウンの髪と、少しつり目の赤い瞳が特徴的で、赤く染められたローブと、手には魔法の杖。赤いローブの下には、豊かな胸と引き締まった体を隠していた。

 そしてクートは、出会った時と同じ焦げ茶色の服に高そうな長剣を腰にぶら下げていた。センと同じ肩までの金髪は綺麗だが、口元には無精髭が伸びており、とても国内最強の騎士団、エンジェの騎士とは思えなかった。

 そんな三人は、遠目には家路に向かう親子にも見える。しかし実際は王の試練、それも最も厳しい北への試練へ向かっているのだ。


 試練の旅は、魔法移動はもちろん、馬車など乗り物を使うことも禁止されている。神獣に王の資格を認められるまで、移動は船を使う南の試練以外、徒歩と定められていた。

 これも始王ジオの伝説になぞられている。

 ジオはその足で旅をすることによって、色々な人と出会い、別れ、成長した。王の試練に求められているのは、困難を克服する資質と候補者の成長である。


 そんな過酷な試練の旅も、王都から出て間もなくの道はまだ広く、よく整備されていた。人の往来も多く、馬車や馬に乗った人も多い。民家や農家、休憩茶屋なども点在していた。セン王子に気づき、応援の声を掛ける者もいる。まずは向かうは北部最初の都市ザカードだ。


「ねえクート、どうしてそんなにエンジェに戻りたいの?」

 旅の初日ということもあり、旅慣れないセンが疲れないよう、ゆっくりと歩いている。まるでハイキングのような雰囲気の中、センはクートに訊いた。北の試練は全滅することが多い危険な旅だったからだ。

「金のこともあるけど、エンジェの騎士は女の子にモテモテだからな」

 クートは冗談っぽく言った。

「エンジェは高い徳を持った騎士団の筈ですが?」

「カラルちゃん、そんな怖い顔しないでくれよ。もちろん、戻ったらちゃんとするからさ」

 冷たく言い放つカラルに、クートは笑いながら答えた。

「ところで、どんな道のりで行くんだ?」

 クートは話題を変えようと、まだ冷たい視線のカラルに訊いた。

「王都から北には三つの大きな町があります。三つ目の町を越えるまでは、出来るだけ安全な街道沿いを通っていきます」

「なるほどねー、じゃあそれまでは気楽にいけるわけだ」

「とんでもない! 神獣達は例え町中でも、モンスターに襲わせてきます」

 声を荒げてカラルは言った。

「おいおい……それじゃあ町人達にも被害が出るじゃないか」

 クートは少し驚いてカラルに言った。

「それが王の試練です」

「危険度が変わらないなら、被害が少ないように、人の多い所は避けた方がいいんじゃないの?」

「いえ、大きな町は、むしろ試練に慣れています。逆に慣れていない小さな村を通るより、被害は少ないと思いますよ」

「ふーん、そういうことか。王の試練も長く続くと色々あるんだねー」


 そう話していたカラルだったが、王都を出て半日、人通りが多く油断していた。王都と一つ目の大きな町ザカードの間にある村に近づいており、今日はそこに泊まる予定だった。

 日が沈みかけており、ふと気づくと周囲に人気がなくなっている。クートもすでにおかしな雰囲気に気づいて、剣に手をかけ、周りに警戒の目を配っていた。

「おい」

 クートに呼ばれて、センとカラルが目を向けると、木陰から黒装束の男が三人現れた。クートは剣を抜き、カラルは魔法の杖を握り直して戦闘態勢を取った。

「何者ですか!」

 カラルは黒装束の男達に叫ぶように訊いた。一人は背が低く、ナイフを持っており、もう一人は短剣を両手に持っている。そして、真ん中にいるリーダーらしき男は、長剣を片手に握っていた。

「セン王子、その命、貰い受ける!」

 問答無用でリーダーらしき男が言うと、両手に短剣を持った男がクートに向かって行く。

「セン様、お下がりください!」

 カラルはセンに防御魔法をかけると、リーダーと背の低い刺客に火炎魔法を放った。しかし、魔法が到達する前に二人の男は左右に分かれて飛び退く。そして、背の低い方がカラルに向かってナイフを投げてきた。

 カキーン。ナイフはカラルに当たる前に、周囲に張られた魔法の壁に当たって弾かれる。武器も魔法も弾く、強力な魔法の結界だ。

 カラルは反撃に転じようとするが、それを狙ってナイフが投げられる。魔法の結界はそのナイフを総て弾いていたが、カラルはすぐにミスに気づく。カラルの張った魔法の結界は、強力だが解除する時に隙が出来る。今のように狙って攻撃されては動くことができない。

――セン様が危ない!

 そう思ってセンが逃げた方向を見た瞬間、カラルは青ざめた。

「セン様!」

 センは地中から這い上がってきた3体のゴーレムに囲まれていた。

「戦闘用ゴーレム!」

 大人の倍はある巨大な体躯の巨人。魔力によって生み出された戦闘用の土人形である。巨大な体でありながら素早く動き、大木さえへし折るパワーを持っている。

 高度な魔法だ。

 使ったのは刺客のリーダー。ゴーレムはセンの三方を囲み、残りの一方は敵のリーダーが長剣を構えて塞いでいる。

 しかしカラルは動けない。

 結界魔法を解除しようとすると投げられるナイフ。センも多少は剣と魔法の訓練をしているが、とてもプロの暗殺者相手に対抗出来る力はない。

 そんなセンの姿を見た瞬間、カラルは魔法の結界を解いた。

 ザクッ。カラルの左肩にナイフが刺さる。だがカラルは気にもとめず、攻撃魔法を唱えた。無数の魔法の矢がナイフ使いの刺客を襲い、その全身を貫いた。

 しかし今からではセンを助けるには間に合わない。頼みのクートは二刀使いに手間取っており、センにかけた防御魔法も、ゴーレムの破壊力や刺客の長剣を防ぎきることは出来ないだろう。

「セン様!」

 カラルが叫ぶ。

「セン王子よ、死んでもらう」

 刺客のリーダーがセンに斬りかかろうとした瞬間……ガシーン。その目の前に、長さは大人ほど幅は通常の剣より倍はあろうかという大剣が突き刺さった。


 それは傷一つ無く、白銀に輝く真新しい大剣だった。誰もが息を飲みその大剣を見つめる。

 ドスン。

 すると、今度は大剣の隣に黒い塊が落ちてきた。黒い塊は立ち上がり人の形を現す。黒い塊と思われたモノは……黒衣の騎士だった。

 細身の体を黒い革鎧で包み、大剣に見劣りしない長身。黒い短髪に浅黒い顔。そして、凛とした瞳の下には、翼の様な黒い三本線の紋様があった。

 黒衣の騎士は、無言のままその大剣を片手で軽々と抜き取ると、両手で握り直して刺客のリーダーに向けて構える。

「な、何者だ!」

 突然現れた異様な風体の男に、刺客のリーダーは声を荒げた。

「オレの名はザガン。子供一人にゴーレム三体とはやりすぎだぜ」

 意外に良く通る声で、黒衣の騎士はザガンと名乗った。

「クソッ! セン王子もろとも殺せ!」

 刺客のリーダーの命令に、三体のゴーレムが一斉に動き出す。

「子供、しゃがめ!」

 ザガンの言葉に反応して、センはその場にしゃがみ込む。ザガンは振り向きざま大剣を振るうと、左右の二体のゴーレム、その胴体を横一線に切り裂いた。

 そして振り切ったままセンの上を飛び越え奥のゴーレムを下からなぎ払う。腰から肩まで一気に斬られ、最後のゴーレムは土へと戻っていった。ザガンは振り返り、しゃがむセンを挟んで刺客と対峙する。

「子供、後ろに下がっていろ」

「は、はい」

 センは急いでザガンの後ろに回った。素早くカラルがセンに駆け寄り、その身に抱きよせると魔法で結界を張った。


 刺客とザガンが一歩、また一歩と近づいていく。ザガンは右肩に大剣をのせて、いつでも上から振り下ろせる構えだ。

 刺客の方は、真正面に剣を向ける騎士の構え。格好こそ黒覆面の刺客だが、中の者はちゃんとした訓練を積んだ剣士だとカラルは感じた。それはつまり、他の候補者からの刺客……その可能性が高かった。

 剣のリーチではザガンの大剣の方がもちろん上だが、これだけの大剣、最初の一撃を避ければ懐へ簡単に入れる。そうふんだ刺客は一気に駆け出した。

 右肩に掲げた大剣を横に伸ばし、半円を描くように横一線に振るうザガン。剣で受ける事は出来ない竜巻のように激しい斬撃を、刺客は上空一回転でかわして、そのままザガンの頭上へ斬りつけてきた。

 予想外の動きに、並の剣士では反応できない。

 だが、ザガンは並の剣士ではなかった。いや、他と比べるのもおかしい、あり得ない動きであった。

ドンッ!

 斬撃のはずなのに、それはまるで破壊音だった。振り切ったはずの大剣を、上空からの刺客の剣撃が届く前に逆方向に振り返したのだ。

 細身の短剣でのみ可能なそのスピードを大剣でやりとげたザガン。刺客は体を半分に別れさせて、何が起こったのかわからないまま絶命した。

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