職業:タカハシ

リュート

タカハシの冒険

高校二年生の俺、『田中』は夏休みを満喫するために自分の部屋でごろごろしていたところで突如異世界に呼び出された。


いや、正確には『おそらく』異世界に呼び出された。

目を開けたら中世風の景色が広がっていただけで、まだ異世界と確定したわけじゃない。


「……こ、ここは?」

「おお!成功じゃ!無事召喚に成功したぞ皆の者!」


突如湧き上がる歓声に思わず耳を塞ぐ。


周りを見渡すと目に映るのは、現代日本ではまず見れないような光景だった。


恐らく広場らしいその場所では、眼前に豪奢な服装をした人間と、数人の騎士がおり、さらにそのはるか向こうに大量の人だかりができている。


一通り歓声が落ち着くと、そのタイミングを見計らったかのように目の前の豪奢な服装の男性――おそらくは王様であろう人から声を掛けられる。


「突然の事態で驚いているだろう少年よ。詳細は王宮の中で説明させてもらう……異世界のものよ、先にそなたの名前だけ聞かせてくれぬか」

「……田中ですけど」

「田中か、良い名前だな!それでは愛すべき国民たちよ!我々はこの者にこの国の状況を説明してくる!」


やっぱり王様だったっぽいそのおっさんに案内されるがまま、遠くに見えている金ぴかの建物の中へと向かって歩く。


うん、『おそらく』じゃなくて『間違いなく』異世界召喚だ!!

ずっと憧れていた大冒険を期待しながら、王宮の中へ入る。

すごい突然だけど、今ここから俺の勇者ストーリーが進んでいくらしい。


ただ一つだけ、気になったのは。


「タッカハシ!!タッカハシ!!」


俺を見守る国民や、おそらくは騎士やら魔法使いやらの職業であろう人々が全員口をそろえて俺を『タカハシ』と呼ぶことだった。


……だから俺の名前、『田中』なんですけど。


***


王宮に入り、王様にこの国の現状をざっと教えてもらった。


要約するとこうだ。


数年前突如現れた魔物や魔人、幻獣で組織された魔王軍。

絶対的な魔力によって緑豊かな大地を一瞬にして焼き払う魔王の率いる魔王軍の手によりこの世界は襲撃を受け、俺が今いる国『カインヘルド』を含めた様々な国が甚大な被害を受けた。


王国軍や多種族との共闘により、ギリギリのところで均衡は保たれているものの、それもそう長くは続かない――そこで、古より受け継がれてきた異世界召喚が行われることになった。


この国――というより世界との共鳴力が強い人間を呼び出すことで、その人間には常軌を逸した力が授けられるようになり、その力を使えば魔王軍を退けられるようになる。


そして呼び出されたのが俺という訳だ。


……王道も王道、どストレートに王道を貫いた、逆に好感の持てる世界観だ。


「今の話からすでに察しているとは思うが、お主にはこの世界を救ってもらいたい。もちろん魔王を倒した後にはこちらも可能な限りの報酬は出させてもらう」

「……具体的には?」

「ここでそのまま暮らしたいのであれば生活は保障する。元の世界に戻りたいのであれば好きなものを持って行ってもらって構わない。おそらく魔道具の類であれば、お主の世界に持って行っても効果は続くじゃろう」

「……それってすごいことじゃないですか?」

「国の命運をたった一人の少年に背負わせるのじゃ、むしろこれでも足りないくらいであろう」

「い、いやそんなことないっすよ。充分すぎます」


まだ魔王軍との話を聞いただけでどんな魔法がこの世界にあるのか何も聞いていないが、どんなものであれ物理法則を無視しているのは間違いないだろう。


そんなものを俺の世界に持っていけるのであれば……妄想が止まらない。


「田中よ、その言い方はつまり……?」

「はい、もともと召喚されたって時点でこうなることは予想してましたから。全身全霊を以って、この世界を救うことを約束いたします」


勇者っぽい言葉遣いを意識しながら、恭しく頭を下げる。

正直慣れていないが、雰囲気つくりというものは大事だ。


「おお!この危険な依頼を受けてくれるか!ありがたい!!では『田中』よ、そなたにこの世界を救うものに与えられる唯一無二の職業を与える!!」

「はい!」


王様がこちらに歩いてくる。その手に持たれているのは金ぴかに輝く聖剣感出しまくりの剣。


王様はその剣を両手に持ち、俺に差し出してくる。


……勇者っぽい!すごい勇者っぽいよ俺!


厳かな雰囲気を感じ取ったのか、衣擦れの音すら起こらなくなり、王宮の広場は完全な無音に支配される。


さあ、みんな見ててくれ。ここから俺の勇者ストーリーが――


「田中よ!お主の職業は今日から『タカハシ』じゃ!」

「人名じゃねえか!!」


――ここから俺のタカハシストーリーが始まっていくのだった。


***


旅には俺一人だけで行くことになった。なんでも『タカハシの力は強力すぎて、この国の人間では一緒に行っても邪魔になるだけ』とのことらしい。


チート性能にチートバフをかけまくったような仕様の力は確かに他者の助けなど必要とせず、魔物討伐は何の問題もなく進んでいった。


けれど、旅そのものが順調だったわけではなく……。


***


例えばそれは、王宮のあった首都『クレマト』からほど近い、温泉街『ガフィレッチ』での話。


「タ、タカハシが、タカハシが来てくれたぞ!これであの魔物たちとおさらば出来る!!歓迎しますよ五代目タカハシ!!」

「ちょっと待って領主さん!タカハシって俺の前に四人もいたの!?」

「魔王も何十年かくらいの周期で出てきますから、それに合わせてタカハシもホイホイと」

「ホイホイと!?」

「それはさておき、ささ、どうぞこちらに。前タカハシも気に入ったと言われる『野球拳』の準備ができていますので」

「前タカハシなにしてんだよ!!」


***


例えばそれは、人間にも魔王軍にも属さないエルフの住まう国『デタノイア』での話。


「なにをしに来たタカハシ!!」

「え、えっと、エルフ姫。あなたが魔王城への行き方を示す魔道具を持ってるって聞いたんで……あとついでにエルフをいろんな意味で喰らう魔人を倒していこうと……」

「よくも抜け抜けと……!その名を背負うものはこの国に入ることを禁止されているはずであろう!!まさか……貴様が我らにしたことを知らないわけではあるまいな!」

「す、すいません。そのあたり何も聞かされてなくて……」

「なに?……いや賢明な判断か。なにせタカハシは『カインヘルド』や『デタノイア』だけでなく、この世全ての在り方を変える危険すらあるからのう……」

「タカハシどんだけやばいの!?明らかに救世主ポジションじゃないよねそれ!!」

「ふん、タカハシの秘密を知りたければ魔王と戦うことだ。……せいぜい、タカハシの弱点であるスライムには気を付けることだな」

「なんでタカハシの弱点そんな微妙なんだよ!!」


***


例えばそれは、人が放棄した国に魔物が作った魔境『ゴグ』での話。


「ひいいいいい!聞いてねえぞ!!タカハシはアカシックレコードが改変された影響で全世界から『存在したこと』そのものを抹消されたんじゃねえのかよ!!なのになんで……なんで五代目なんてのが!!」

「おいちょっと待て!!いろいろ聞きたいことはあるが、まずお前ビビりすぎだろ!四天王の中でも最強の『炎のカリュヒルデ』!!王国最強の騎士団長を相手にした時もすら余裕の態度を崩さなかったって聞いてすげえ覚悟してきたんだけど!!」

「王国の騎士団長がなんだってんだ!あんなもん強いって言ったところで生き物の理の中だけでの話だろうが!!」

「じゃあタカハシってなに!?理から外れてるの!?」

「あれを語るときに、理なんてもんは小さすぎるんだよ……。た、頼むよ五代目!!俺のことはどうしたってかまわない!!だから……だから、俺の部下に『地獄のケツバット』だけはやめてくれ!!」

「しょぼいなおい!」


***


旅を進めれば進めるほど、タカハシという職業への不信感が強まっていく。


あるところでは称えられ、あるところでは嫌われ、そしてあるところでは異常なほどビビられ……だというのに、誰もタカハシについて教えてくれない。

頑なに教えようとしないのだ。


「タカハシって、何なんだよ……」


そうつぶやきながら、王様に授けられた聖剣を一振り。


それだけで3つの国を滅ぼした、神の力を使うドラゴンの首をいともたやすく切断する。


「くっ。我がまさか、このような小僧に……いやタカハシであるのなら仕方ないか……」

「な、なあ……タカハシっていったい」

「いいだろう話してやる。タカハシとは――ぐああ!こ、これは……俺に流れる神の力がこれ以上話すなと警告してきている!」

「ついに神様が干渉し始めた!」

「どうやらさすがの我もこれ以上は話せないようだ……。最後に一つだけ、お前に……いやタカハシに言いたいことがある……」

「……なんだよ」

「初代タカハシの作った卵焼き、おいしかった……ぞ……」

「タカハシなにしてんだあああああ!!!」


首だけになっても割と元気に会話をしていたドラゴンが、その一言を告げた途端光の粒子となって消えていく。


お前もおかしいだろ!なんで最後の最後でそれなんだよ!他に言うタイミングいくらでもあったろ!!


「ま、まあいい。これでこいつの持っていた魔王城のカギは手に入ったしな」


エルフ姫の話が正しければ魔王はいろいろ教えてくれるっぽいし、それだけ期待していこう。


スライム相手にだけは本当に苦戦したし、信憑性は高いとみて問題ないだろう。……なんか納得いかないけど。


***


そしてようやく魔王城の中へ足を踏み入れる。

城の中で待ち受けていた様々な強敵……だったはずの敵をたやすく蹴散らしながら、魔王のいる広場への扉を開ける。


「くはははは!!!よく来たなタカハシ田中!!待ちわびたぞ!!」

「職業と俺の名前繋げるな」

「それは置いといて……ふん、人間も愚かなものよ。またもやタカハシという職業を異世界の存在に授けるとは……その行為自体が魔王を作り出しているというのに……」

「お?実は人間が悪者でしたパターン?いったいタカハシにどんな秘密が――」

「どの口が悪者などとほざくか!!すべてを知った今……貴様だけは絶対に消さねばならぬのだタカハシィィィィィ!!」

「キレるのが急すぎるんだよ!!もうちょっと説明してからキレてくれよぉぉぉ!!!」


四天王やら側近やら暗黒騎士やらはビビりまくって会話にならねえし、魔王は急にキレるし!!もうちょっと会話を楽しめよ!!


「うおおおおおおおお!!!」


とんでもなく濃い闇の瘴気を放出させ、真の力を前振りもなく解放した魔王。

そんな相手に対し俺も全力で立ち向かう。


どちらも世界を脅かす(らしい)力の持ち主。

驚くことに、魔王はタカハシの力をもってしても圧倒はできず、かなりの苦戦を強いられる。


だが、一瞬の隙を突き俺の剣が魔王の胸を深々と切り裂いた。

スライム以来の苦戦だったが、これで俺の……勝ちだ!!


「ぐはっ……。こ、今回のタカハシは俺よりも強いか……。だがそれでも……ふっ、やはり貴様もタカハシだな。……『ツッコみマシーン』の異名を持つにふさわしい……」

「なんで『ツッコみマシーン』なんて異名持ってんだよタカハシ!もうちょっと強そうなの付けてやれよ!!」

「タカハシよ……貴様も後世にタカハシ田中として語り継がれていく身だ。これだけは覚えておけ……」

「つ、ついになにか手がかりを……!」

「俺は……太ももフェチだ……」

「なんの話だあああああ!!」


確かに俺も太ももフェチだけど!!それ命振り絞ってまで言うことじゃねえだろ!!


「これで……ようやく死ぬことができる……タカハシの呪いから解放される……」

「タカハシの呪いって何!?死ぬ間際でタカハシの謎増やすのやめてくれよ!」

「さらばだタカハシ田中……お前は、割といい方のタカハシだったな……がくり」

「割とって何だぁぁああああ!!」


姿を塵に変え、風もないのにどこかに飛んで行った魔王の残骸を見つめる。


世界を救ったのに、俺の悩みだけは何一つ解消されなかった。


***


俺を召喚した国王のいる国『カインヘルド』に戻り、俺は魔王討伐の成功を伝えた。


王様や国民は大層喜び、凱旋のパレードや俺の冒険譚の記録などが、休む間もなく続いた。


国民全員に称えられ、いろんな女性に言い寄られるといういいこと尽くしの数日が続き、ようやく国全体が少しだけ落ち着きを取り戻したころ、その儀式は行われた。


それは、俺の元の世界へ戻すための儀式だ。


「……王様。魔王討伐の報酬として、元の世界に帰る前に一つだけどうしても知りたいことがあるんです」

「ほう、なんじゃ。申してみよ」

「タカハシっていったいなんで――」

「よし皆の者!タカハシ帰還の儀式じゃ!!直ちに始めよ!!」

「もう隠してるってこと隠す気ねえなお前!!ふざけんなよ!!世界のためっていうかタカハシのこと知るために魔王倒したのに、あいつの性的嗜好しか分からなかったぞ!!」

「そう騒ぐでないタカハシよ。お主のこともタカハシの中に組み込んでおく」

「組み込む!?や、やっぱりタカハシってのは人の命を犠牲に力を得る的な――」

「これまで通り、魔王を倒す使命を果たしたものの名前を職業名に組み込む!もしも6代目が呼ばれることがあれば、その者の職業名は『タカハシタ』である!」

「そっちの組み込むか!!っていうか『タカハシ』って人名じゃなくて頭文字だったのかよ!!」

「タカハシ田中!歴代の『タリスマン』『カリギュラ』『ハーマイオニー』『死神』にも劣らぬ最強の戦士よ!!元の世界でも達者でな!!」

「達者にできるかああああああ!!!!」


明らかに俺とは次元の違いそうな歴代の名前をこのタイミングで出され、思わず絶叫してしまう。


だが、俺が叫んでいる間に元の世界へのゲートへ放り込まれてしまい、俺は強制的に異世界から元の世界に戻されてしまった。


「だからタカハシってなんなんだよ!!」


くそっ。このまま元の世界で悠々と過ごせるか!!

持って帰った聖剣や魔道具の力、それに残ったままらしいタカハシの力を全て使って、タカハシの謎を暴きにここに戻って来てやる!!


例え魔王になってでも!!

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