2 リーエンリッテのお婿様
娶った妻の嫁入り道具は、うつくしい色彩の少年人魚と、彼を飼うための猫足のバスタブだけだった。
「宝石もドレスも持参金も断って、これだけを持って参りました」
そう言って、笑みをほころばせた花嫁に、私はどう言葉を返したものか、正直よく憶えていない。
年の離れた義妹はすぐに妻と、人魚の少年に懐いたが、私は彼女らの間で深まる親愛の和に、困惑するばかりだった。
いずれ公爵家を継ぐ義妹と、実家から追い出されるようにして嫁いできた妻と、義妹が立派な淑女に育ち、いずれ優秀な花婿を迎えるまでの中継ぎにと、分家から入った養子でしかない私と、そして妻が飼い慣らす人魚姫。家の内側に形作られた人間関係はいびつな物であったけれど、決して不出来な関係性ではなかった、と思う。
妻が飼う少年は人魚であるし、我々の結婚は白い契約であるし、義妹は人魚に懐いているし。妻の人魚飼いも、ならばまあ別にいいか、と投げやりな態度で許したのは、そういう次第だった。
妻と人魚は、この公爵家でなかなか幸せな日々を送っていたらしい。らしいというのは、私と妻が婚姻関係にあった頃、私達の間には心うちを明かすような交流がなかったためだ。我々の間に築かれたのは、打算と計算と、日々更新され続ける、財産に関する取り決めのための、契約書類の山だけだった。
その事が――つまり白い結婚を貫き通した事が、公爵家にとっては幸いした、と、今となっては口にしていいのか悪いのか。
妻が用意したバスタブに、人魚はもういない。妻もいない。あの浴室はもはやからっぽだ。しいていうならば、陽当たりのいい午後などに、時々あひるの姿を見かける程度。
なにせ聖堂に狩り出された人魚は二度と、この屋敷には戻らない。私も妻を……いや、三年も前に離縁した、妻だった令嬢を修道院から、わざわざ取り戻そうとは思わない。していられるか、そんなばかばかしい事。
そもそも、我々はお互いに、生家より厄介払いをされた果ての婚姻であったし、私たちの間には、親愛の情も恋愛感情も、特に必要ないものなので。
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