雲隠

雲隠れといっても政治家が病気を理由に病院に隠れるわけではない。「源氏物語」全54帖の内最後の十帖を俗に「宇治十帖」と言われていて光源氏の君の子供の薫中将と孫の匂宮が一人の恋人を巡って争う物語である。

その宇治十帖の前に「雲隠」という一帖がありこれは光源氏の君が亡くなったという事を表しているもので本文はないとされている、、、



京都にある古い蔵の整理に訪れたのは東京の大学で日本文学を勉強している女子学生水野薫(かおり)である。この蔵を含む家は祖父母が晩年を暮らした家である。

水野家は元々公家に仕える用人であったと祖母から聞いたことがあった。

公家に武家が使えるとはおかしな話だが大石内蔵助の又従妹である進藤家も近衛家につかえる身であった。嘘か真か内蔵助が江戸に行く際「日野家用人 垣見五郎兵衛」を名乗ったのもその縁であろう。

ともかくも江戸時代から続く水野家の蔵にはお宝が埋まっていると父は話していたが父は経済学部出身で銀行に勤めているためお金にしか興味がなくとりあえず薫に調査して来いと命令された。

「ごほ、ごほ」と薫はマスクをして作業しているがホコリが溜まっている。

薫は彼氏の橋本修一を一緒に連れてきた。

「おい、なんだよこのホコリ」修一も文学部である。

「仕方ないじゃないの、去年おばあちゃんが亡くなってから、、、いやひょっとすると百年以上前からほったらかしだったんだから」

「ってことは、、、百年前のホコリか、、、、、、」

「うん」

「おれ、ちょっと興奮してきた。。。」

「なにによ?」薫は修一が自分をエッチな目で見てきたと思ったが修一の目は蔵の中にあった。

「いや、すげーよ。百年前だぜ。。。いや、もっと前かもしれない、その空気がこの狭い空間に包まれてるんだぜ」


「はぁ?」薫はあきれている。

「あんたの歴史オタクぶりはほんと病気ね、つける薬無いわよ」

そんな色気のない会話をしながら作業は進んでいく。

半日でやっと蔵の半分を整理できた。蔵の中身はたいしたものはあまりなくお膳や借金証文が山のように出てきた。

やがて日は暮れてだいぶ整理が整った時修一は何か見つけた。

「おい、薫見てみろよ。なんかこれすげーぞ」

修一が見つけたのは小さな箱であった。

桐の箱の上に「関白様より拝領」と書かれている。

「え、関白?」薫も声をあげた。


貴族社会の役名は古代中国からそのまま用いられた。たとえば中納言などがそれである。しかし日本だけに作られた役職がある。その代表が「関白」だ。

古い言葉で関は「あずかる」白は「もうす」と読みつなげたのが「あずかりもうす」つまりは関白だ。

まあ、詳しい説明はwikiで調べてもらうとしていわば「公家のトップ」なのだ。


「あ、あけるぞ」修一はゆっくりと箱を開ける。

「ごくっ」と二人とも唾をのむ。

なかには古い木片が入っている。

「え??」二人ともあっけにとられた。

「なんだこれ?燃やしちゃおうぜ」

薫も否定はできなかった。


日が暮れかけたら二人は作業を終えた。

「なんにも出てこなかったな。とりあえず借金証文いらないだろ?燃やしちゃおうぜ」といって借金証文の山に火をつけた。

(本来は条例とかで禁止なのだがご勘弁ください)

火の近くにはホースがあり上から灰は上から土をかけてしまおうという事だ。

「この関白の木いる?」関白の威厳も地に落ちた。orz

「いらない」と薫は即答した。

「じゃ、燃やすか」といって火にくべた。


二人してぼーと燃える火を見ている。なんだか、修一は薫にキスがしたくなってきた。

庭を見ている薫の肩をつかんだが薫は目を見開いていた。

「おい?」

「え?」薫は庭に目をやったままだ。

こうなったらキスだけでも強引にしたい、すでに尻に敷かれているのだ。


「あー肩凝った」という中年のおばさんの声が後ろから聞こえる。

「え?」修一が振り返ると十二単をきた30後半の女性が立っている。

「あー、そういうことね?」とおばさんは二人に話しかけた。

「え?」

「あれでしょ?ふたりしてお楽しみって事でしょ?」

修一は薫の肩から手を放した。

「いやいやいや。」修一は首をぐるんぐるんふった。

「あっそ」とおばさんはつまらなそうだった。



「で?だれ?」と修一と薫は声を合わせた。


「あ?あたし?あー名前ね。紫式部」

「え???」

「だから紫式部」

「いやいやいや」と二人して首を振る。

「今平成だし、まじありえね」と女子校生言葉を使う修一


「ま、いいわ。ところでお腹すいたんですけど。。。」と自称紫式部は大きな声を出した。

「わかりました」と二人返事をした。


例の「関白様より拝領」の紙には続きがあって「関白様より拝領 名香 雲隠」と書かれていた。

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