第2話 6月2日

mixiが流行したのは、律子たちの世代だ。

龍樹は本名を伏せていたけれど、誕生日や大学名から特定することは容易であり、律子は龍樹のアカウントを見つけてその日記を読んでいた。

"趣味が似ていてサークルが被っていて、同じように法曹界を目指している女の子が居る。これで可愛かったら運命なのに"

更新された日付は、一昨日の夜だ。律子が2回目に龍樹の家に泊まった日。律子はこの日記をもう20回ほど読んでいる。

「可愛かったら」。

高校3年間、男子の視線や残酷な判断を欠片も受けず、すくすくと育ってきた律子には、自分の顔面偏差値が正確に測れていなかった。もちろん自分が美人ではないということは、中学校で認識していたが、こうもバッサリ見かけで判断されることには全く耐性がなかった。


自分を恋愛対象からさっさと外した男を、絶対好きになったりしない。恋愛経験が少なくたって、茨の道であることくらい認識できる。そんな効率の悪いことしない。

しかしすでに律子は、中学生ぶりに恋をしていることを自覚していた。


落ち込んでいると、男友達から明日カラオケに行かないかとメールがきた。

大学生になってから一度もカラオケに行っていない。人前で歌うのは難しいし、聴く曲がマニアックだから歌えない。いつもなら断るのだけれど、たまにはこういうストレスの発散法も試したほうがいいかもしれないと思って了承した。


翌日男友達と、同じ学科の男子3人でカラオケボックスに行った。妙なメンバーだったけれど、そういう時もある。正直女子校出身だが、浅い関係なら女友達より男友達の方が一緒にいて楽だ。女友達とはどこまで何の話をすればいいのか要領がつかめないが、男友達はどう転んでも律子は最終的に蚊帳の外だから、多少変な発言をしても許される。


そういえば、龍樹はカラオケが好きだと言っていた。高校時代バンドのボーカルを努め、歌が上手な貴方は、練習のためにひとりで来ることもあると。

部屋の入口の前を人が通った。何気なくそれを見て、はたと気づく。慌てて持っていたマイクを放り投げ、誰か歌っていいよーと叫んでドアを開ける。人影は丁度、奥の部屋に入っていくところだった。その横顔は龍樹だった。携帯電話にメールをする。

「今、カラオケボックスにいる?」

「いるよ」

「隣の部屋!」

なんという偶然。

同じ日同じ時間、無数とある新宿のカラオケボックスの中で同じ場所同じ階だなんて。足を見て気付いたた自分は、我ながら怖いけれど。特徴のあるスラックスにかっちりした靴だったんだもん。

mixiもそうだが、無意識のストーカーだったのでは、と自分を疑いそう。

それからしばらくして、龍樹は友達らしき男子と2人で部屋を出て、エレベーターを待っていた。丁度それは律子たちの部屋の前だったから、ドアを開けて顔をのぞかせた。龍樹が一瞬驚いた顔をしたのは、本当に隣の部屋にいたのか、という感想からくるものだっただろう。一緒に居るのが男子だったので、手を振るとすぐドアを閉めた。だのに龍樹はわざわざドアの前まで来て、曇りガラスの隙間から律子たちを覗いた。眉をちょっと上げて、律子を見、去った。

カラオケなんて滅多に行かない、最近は友達ができなくて悩んでる。最近そんな話をしていたのに、じゃあどうしておまえは男とカラオケに来てるんだ、って思われているに違いない。…事実だから仕方ないけれど。嫉妬、なんてしてくれないよね。

それからちょっとだけメールして(当時はLINEがメジャーになる前だった)、呆れられているようだったけれど、彼はちゃんと律子の誕生日を覚えていてくれて、深夜12時をまわると律子の携帯電話にはお祝いメールが届いていた。



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