第10話たった一人の初仕事
上司と同僚がやってくるまで残りあと一週間を切ったときだった。
家の扉を叩く音を聞いて、その戸を開けてみたところ、どう考えてもこの場所に似つかわしくない厳格な感じの老人が佇んでいた。
「あ、あの……」
「特務活動課というのは、ここで合っていますか?」
お茶を出して、お話をしてみると案外物腰柔らかなご老人だった。それでもオーラだけは凄まじく、私は終始緊張して強ばっていた。
「なんというか、事前に声もかけずいきなり来てしまって申し訳ないね」
「いえ、暇でしたので全然」
「見たところ君しかいないように見えるけど、正式に稼働している訳ではないのかな?」
「はい、まだプレといった感じで、上司や同期が来る一週間後に正式に動き出す予定です」
そう言うと、そうかと言って少し考え込む。なんとなく、雰囲気から察するにお仕事の依頼に来たのだろうか。
そのまましばらく考え込んだ彼は、ゆっくりと顔を上げた。
「うむ、それはもしかしたらどちらかと言えば都合が良いのかもしれない」
「え?」
「お嬢さん、ものは一つ相談なのだが、正式オープンの前に一仕事受けてはもらえないだろうか」
真っ直ぐな瞳でそんなことを言われて、私は緊張も相まって固まっていた。そんな私を見て、ご老人ははっと気付いたような表情になって胸ポケットから何か取り出して、私に差し出してきた。
「済まない、名乗るのが遅れてしまった。私はアーバンという。こんどオープンするアーバン魔法研究工房の取締を請け負っている」
名刺を受け取って、アーバンさんという名前と冠する取締という文字を読む。次いで、近々オープンするという魔法研究工房というフレーズに、どこか聞き覚えのようなものを感じる。
「あ……魔法研究工房、あのかなり規模の大きい、しかも精鋭が集まるって言う……」
「まぁ、自分で言うのもなんだが、確かにすごい魔法工房になる予定だよ」
そこまで聞いて、今目の前にいる人がどれだけすごい人なのかを分かってしまう。慌てて姿勢を正したり、ものを整頓する様を見て、アーバンさんは笑っていた。
「君には除幕式に参加して貰い、前日際では警備を、二日間行われるオープンセレモニーでは警備に加えて工房内でレセプションやスタッフとして働いて貰いたい」
「その仕事を私個人に依頼するって言うことですか?」
「もちろん、こちらで用意した他のスタッフもいるし、君はその中で一緒に働いて欲しいという意味でだよ」
仕事の内容は、それほど意外なものでもない。ちょっと規模は大きいけど、やることはそれなりにこの特務活動課として想定していた仕事の範疇だ。だが。
「でも、どうしてアーバンさんみたいな人が家に? 失礼かもしれませんが、もっと大規模なところが協力してくれそうなものですけど」
「勘違いしないで聞いて欲しいのだが、規模の小さい組織の協力も必要なんだ」
そういったアーバンさんの表情は、少しだけ曇った。
「アーバン魔法研究工房はとても立派な魔法工房だ。それはとても良いことだが、同時に多くの敵を作ることになる。そして私は、ある線から聞いた話で、セレモニーを台無しにしてやろうという組織が潜り込んでいることを悟った」
「そ、それは……」
「だがそれが誰なのかは分からない。だからこそ、信頼出来る個人や小規模な組織を多く投入することで、突発的な事件にも対応出来ないかと考えているんだ」
随分きなくさい話になってきた。あれ、これ私のこの部署での初仕事だよね?
「十中八九平和には終わらない。だが止まる訳にも行かない。君を含む面々には、これから起こるであろう事件を未然に防いで欲しいんだ」
平和って言うのは、急にどこかへ行ってしまう。音もなく忍び寄ってきて、やんちゃな非日常といつの間にか入れ替わっている。
それを、今まさに痛感させられている。
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