第8話泣きっ面に
つらいことや悲しいこと、いらいらすることの後には割とうれしいことや楽しいことが起こったりする。でもそれは、いやなことに対して相対的に良いことであって、よくよく考えてみると大していいことではなかったりする。
そんなことを考えている私は、どちらかといえば幸せになれないタイプの人間なんだろうな、と思ったり。
そしてそんなことを考えている自分は思いのほか嫌なことを引きずっているんだなとか。
いつも以上に悲観的になってしまっているのは、親しい人がそばにいないからかもしれない。
こっちに来てからいろいろな人と接してきたが、そのいずれであっても初対面だった。つまり、深く親しい人がいないわけだ。
基本的に一人なわけだけど、別に一人が苦手なわけじゃない。どちらかといえば好きなほう。
だけど、さすがに2週間近くくだらないことを話す相手すらいないというのは、なかなかにこたえた。次第に一日の口数も減っていき、必要最低限の言葉しか発さなくなりかけていた。
あまりにひどいときは、喫茶店や近くの公園でちょっとだけ仲良くなった町の人や、子供たちと戯れる。でもその時が楽しいかというと、少し違う。
ちょっとだけ切ない。そんな気分。
とても仲のいい友人は大体前いた町のほうにいるので、なかなか会うことはかなわない。加えて今日はあいにくの雨。自分が外に出ない日の雨は割と気分がいいものだけど、こういう日に振られると気分も沈む。無理やりにでも気分を持ち上げるために、新しい傘でも買いに行こうかな。
そんなことを思っていると、不意に玄関の扉が開かれた。
私の体は一瞬にしてこわ張る。前にあの扉を開けて入ってきたのはあの忌まわしき上司だ。もしまたあのような存在がやってきたら。考えただけで寒気がする。
そんな私の視線を一身に浴びた相手は、こちらに背を向けて傘をたたむと、二三雨露を払って振り返った。
「あ、やっぱりここだ。久しぶり、アリス」
その声は、ずいぶん前に聞いたっきりの懐かしいものだった。
胸の奥に、黄色い花が咲いた気がした。
やっぱりいいことって、起こるもんだね。
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