第7話バッドデイ
今日はなぜか、私の家でもあるこのオフィスに前の職場の上司がやってきた。なんでも、ちゃんと実地調査やら何やらをやっているのかを確認しに来たのだという。暇もいいところだ。
その時私が何をしていたかというと、絶賛自由を満喫していた。テーブルに突っ伏して、お気に入りのラジオを聞いて、ハーブティーの香りに癒されていた。
だから急に何の前触れもなく扉が開け放たれ、見覚えのある顔が見えたときは、それはもういざという時の防犯グッズである、インスタント駆動器を使ってしまおうかとさえ思った。
インスタント駆動器とは、あらかじめマルファクションと言ってリミッターの外れた誤作動を起こすように設計された駆動器で、一回限りの使用権ではあるものの、自分の身を守るにはあまりある魔法の一撃を備えた画期的な道具である。そんなものがあれば、悪しき組織が集めてしまいそうなものだが、これはとても高価であり、しっかりと行政に申請を通さないと手に入らない代物なのである。私はとある行政勤めの友人に融通してもらって安く手に入れたのだけど。
とまぁ、そんなこんなで私はこっぴどく叱られ、挙句の果てにはあと2週間したらやってくる新しい上司にも報告しておくなんて言ってきた。これには温厚な私もさすがに頭にきて、踵を返した上司の後頭部に小型端末をまるで座礁する船のように無様に叩きつけてやろうかとさえ思った。
叱られているうちにお気に入りのラジオは終わってしまうし、せっかくの晴れた一日も気分が悪いまま終わってしまいそうだ。
これではやってられないと、そう思った私はすでに日が落ちた外に繰り出してみることにした。
やっぱりこんな時期でも夜は結構涼しい。どこからか、弦楽器の優しい音色が聞こえてくる。魔法を動力にした、最近いくつかの業種や富裕層で利用され始めた「車」というものも、こんな時間でもせこせこと走っている。ライトがきらびやかで、さっと目の前を過ぎ去ってしまったが、少しだけ見えた車内はとてもきれいだった。
街灯の集まる公園のベンチに腰を落とすと、また少し違った景色が見える。ちょっと大き目な一軒家の庭先で、剣術の練習をする少年。腕の時計を気にしながらせわしなく歩いている老人、店内にいるであろう知人と仲良さそうに話しながら、暖簾を外す女性、本当に様々だ。
そんな彼らを見ていると、ちょっとだけ自分に起きた今日の悪いことが、大したことじゃなかったように思える。でも、そういうことを考えると、少し考えこんでやっぱり大したことだった、と腹が立つのである。
そんな難しい心情にさせられるのも、全部あの害悪上司が悪い。確かに私にも悪いところはあったが、私だっていろいろ考えて、これからは町の人と仲良くなることが大事だと思えば、積極的にお話をしに行ったり、よくおしゃべりな人たちが集まりそうな喫茶店を巡ったり、いろいろしているのだ。
たまたま、都合の悪い時に来られただけ。そう考えると、あいつは何で今日来たんだとまた腹が立つ。
そんなことがバカバカしくなって、日付が変わるか変わらないかくらいになってようやく「まぁいっか」となるのだ。
まぁいっか、は、いいことにも悪いことにもひと段落付けられる、素敵な言葉だ。
それじゃあ、いつかこれを読み返す自分や、もしかしたら今これを読んでいるほかの人へ、
いいことも、悪いことも一度、ひと段落です。
「まぁいっか」
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