第4話名前の知らない楽器

3,4階は改修中だけど、屋上には問題なく行けるということについ最近気付いた私は、だいたい夜の八時くらいになるとその屋上へ行って、夜の帳が降りる町並みを静かに眺める。


そこそこ明るいので、星はそれほど綺麗には見えない。それでも、今日という一日を終えた街を見るのはなんとなく癒やされる。仕事を終えた大人達や、買い物帰りの親子、偉い人が乗ってそうな車、誰かを待っている美人、この街はそういった多くの人達によって、輝いている。そんな気にさえなる。


センチメンタルな気持ちになるというのは、人に言うと恥ずかしいけど、自分の中でなら美しい宝箱だと私は思う。


夜風に私の髪が拭かれて、ちょっと顔がくすぐったい。でも、見てくれだけは夜に酔いしれているいい女になっていれば良いな、なんて思う。これも、おセンチな気持ちの産物かな。


そんなことを思っていると、ふと心地の良い音色が聞こえてきた。音の方を見ると、小さな公園のブランコで、若い青年が何か楽器を奏でていた。あれは何だったかな、


ぽろんぽろんという音は、まるで子猫が転がるかのように音階を弾ませる。


その楽器の名前を思い出そうとして必死になっているとき、頭の中に急にある言葉が響く。


「この世界はきっと――」


最近、ことあるごとにこのフレーズが頭の中にこだまする。この言葉に続きがある訳でもなく、この言葉自体に聞き覚えがある訳でもない。


でもなんだか、少し寂しい気持ちになる言葉だ。そう感じた。


取り敢えず今日は、あのぽろんぽろんとなる楽器に酔いしれようかな、そう思って私は手すりに体を預けた。


この街は案外、私に合っているのかも。


ちょっとだけ、気持ちも弾んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る